普通で異様なアルバムの
琴乃に促されるまま、家の中へ。
外見通り、内装も一般家庭のそれと変わらなかった。
祖父母の家であるはずなのだけれど、そんな様子は小指の先ほどもない。
「ここ、お爺さんとお婆さんの家だよね?」
「うん。ただ建てたのが私が生まれたくらいだから、思ってたよりも綺麗でしょ」
見透かされていたようだ。とはいえ、そう思っていたのは確かだ。
「本当は二世帯で住むつもりで立て替えたんだってさ。でも、お父さんとお母さんが二世帯だと気を遣わせるからいやだって言ったんだって。すごく仲が良すぎて迷惑にならないか心配だったらしいけど」
彼女はクスクスと笑った。そうしてその後、愁色の浮かんだ表情になった。
「なのに今は……」
そういって琴乃は口を閉ざした。
僕は何も言えなかった。そんな自分がとても情けなくて嫌になった。
琴乃に連れられた先は居間のようだった。
大き目のテレビの前のソファーに座るように言われた。
少し躊躇したけれど、勧めを断るのも無礼かと思い座った。
「コーヒーでいい?」
台所から声をかけられる。
うん、と返事をしてから、内心、さながら新婚のようだと思い、恥ずかしくなった。そんな事実はどこにもないのが残念だ。
てっきり、ホットコーヒーが出てくるものだと思って待っていると、意外にもアイスコーヒーが出てきた。
何故かと聞いてみたところ、喫茶店ではないから、だそうだ。
なるほど、確かに彼女としては、夏場にホットコーヒーを飲む理由は父親との思い出からでしかない。家でどんな思い出があるのかは知らないけれど、アイスコーヒーが出てくる辺り、コーヒーにまつわる過去は持っていないようだった。
コーヒーを飲んでいると琴乃は一冊のアルバムを持ってきた。
「これ、お父さんのアルバム」
そう言って差し出されたアルバムをめくる。入っている写真は、三十代ほどの見慣れない男性の写真ばかりだった。所々に琴乃や彼女の母親と思しき姿もあるが、どうやら、お父さんの写真が入ったアルバム、ということらしい。
「これが私のお父さん。見たことある?」
どの写真を見ても、見慣れない人だった。
「ないよ。どこかで見たこともないし、知り合いにもこういう人はいない、と思う」
僕が正直に答えると、彼女は「そっか」と残念そうに呟いた。
ちょっと待ってて、と彼女は席を立った。
しばらくアルバムを見ながらコーヒーを飲んで待っていると、二冊のアルバムを持った彼女が現れた。
「これでお父さんのアルバムは全部」
少し重そうにテーブルの上にアルバムを置く。
初めの一冊を置いて、一番上にあった一冊を手にとる。さっきより古い写真が入っている。
一枚の写真の端に、小さく刻まれている日付を見ると、僕たちが生まれてから五年ほど、つまりは僕たちが五歳のときの写真だ。
五歳のとき。小学校に入学した年。このときには、僕の母は交通事故で亡くなっている。当然、入学式には父親しか参加しなかった。
二冊目、三冊目とアルバムに目を通していく。
中身は徐々に古くなり、写真の色調もどことなく褐色を帯びている。
三冊目のアルバムの写真は僕たちの小学校入学前のものだった。二冊目は他の二冊よりも薄く、内容的には幼稚園卒園から入学までの期間のもの。さほど長くはない期間なのに、それだけの写真を撮ってあった。一冊目は三冊目と同じくらいの厚さだ。一冊目は大体、入学から二年生の秋までにかけての写真が入っていた。三冊目の初めには、赤ん坊の彼女の姿が写っている。
これ、と三冊目を彼女に見せる。
「他の二冊に比べて写真を撮った期間が長いね。他の二冊が短すぎるようにも思えるけど」
「私のお母さん、写真家なの。と言っても、今は休業中だけどね。だから撮影期間が短いのも納得できると思うよ」
確かに、写真家であれば撮ることが本業であるから撮影期間の短さにも頷ける。
だからこそ。三冊目だけに、空白の期間があることが異様に思えてならなかった。