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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第二章 約束破りの臆病者
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疑問と疑問と羞恥と

 彼女が僕のほうを向き直る。

「申し訳ないけど、僕から君に話せるストーリーはないよ」

 と僕は苦笑しながら言った。

 いや、苦笑なんてものではなくて、自らに対する嘲笑、だったのかもしれない。

 彼女は少し気まずそうに笑った。

 変な感じだ。彼女とこうして話していることが心地よいようで、それでいて僅かばかりの悲哀も僕の中にある。

 ――人に自分のことを知られている、ということが原因だろうか。確かに今までの僕には、全くなかった経験ではある。だからこそ結論として位置づけることは無理だった。

 原因はともあれ。

 彼女との関係は、こういった、互いを知ることから始まったような気がした。

 僕は彼女を、彼女自身の境遇を知ることで。琴乃は僕の、僕自身の――。

 疑問符が浮かんだ。

 琴乃は僕のことをどうして頼っているのかだろうか。

 それと同時に、僕が彼女を手伝いたい理由にも。

「大丈夫?体調悪い?」

 突然声をかけられて勢いよく顔を上げる。

 琴乃が心配した顔で僕のほうを見ていた。

「いや、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだよ」

「ふーん、そっか。ごめんね、私だけ昔の話をしたりして」

 そう言って彼女はカップを置いた。

「全然気にしてないよ」と僕は必死に否定しておいた。

「むしろ、黙り込んでごめん。話を戻そう。いつから探し始める?」

 僕が一人で思案にふける時間はいくらでもある。けど彼女とこうして話している時間はそう無い。雑談はここまでにしておこうと思った。

「すぐにでも始たいけど……、今からはちょっと………。明日から、でどうかな」

「構わないよ。じゃあ明日からってことで」


 解散して家に帰っても父親はいないようだった。

 一人、軽い家事――洗濯物を取り込んだりする。

 思い返してみれば、彼女の言い方、僕の言い方、どちらも僕が彼女を手伝う形で話が進んでいたけれど。

 彼女の家に、僕が足を踏み入れて、さらに家捜しと言っては語弊があるが、それに近いことをするのだろうか?

 これはとんでもないことになった気がしてならなかった。

 部屋に戻って、ベッドへ転がる。

 何か、喫茶店で考えていたような気がする。気になったことがあった気がする。

 思い出そうにも、霧がかかったように不鮮明だ。

 時折誰もが襲われるのであろうか、所謂ど忘れを起こしたようだ。

 ど忘れしたからにはどうしようもない。そんなことより今は、彼女に確認することがある。

 本当に僕が家へ上がるのか、だ。

 翌日までには彼女に確認をとることにして、まずはこちらからメールを送る。

 返信を待つ体制に入って、ネットサーフィンで時間を潰して。待つこと約三時間、寝る準備まで終えてしまったではないか。

 その後も待てど暮らせど彼女からの連絡がないまま、今日――昨日の僕が言うところの翌日になってしまった。

 携帯電話を握って連絡を待っていた体制で目覚めた。

 画面を確認しても、新着メールもなければ不在着信もない。

 さてどうしたものかと頭を抱えてみても、答えがでることもなく、仕方がないので決意を固めて御宅訪問することにした。

 支度をしてから、誰からの返事もないのに、いってきます、と言って家を出た。

 結局昨日も父親は帰ってこなかった。とはいえ、一日程度家を空けることはままあることだった。あまり気にしたところで無意味だろう。

 それよりも、今気にすべきはこの事態だ。

 僕は琴乃宅の前に立っていた。

 女子の家の敷居をまたぐことは初めてではない。でも小学生のころの自分とはわけが違う。

 琴乃からメールで送られてきた住所を調べてここまで来たけれど、ここから家の中へ入っていく勇気はなかった。

 チャイムを鳴らそうにも身体が抵抗する。

 葛藤を続けていたら、近所のおば様方の視線が徐々に僕へ突き刺さるようになってきた。

「家の前に棒立ちで、どうしたの?」

 左側面からの声に身体が大きく反応する。

「いっいえ、なにもしてません、ただここの家の方に御用がありましてっ……」

 つい大声、早口で事実を言ってしまった。ただなにもしていなかったわけではなく、必死に葛藤をしていたことだけは言わなかった。

 恐る恐る左側を確認すると、立っていたのは琴乃だった。

 彼女は失笑を隠すことができないようだった。口から短い息が漏れ、漏れ、漏れて、ついには控えめに声で笑い出した。

 すると途端に恐怖は羞恥へと変わった。

 ここまで恥ずかしい思いをしたのはいつ振りだっただろうか。

 きっと数年単位でご無沙汰していた感情で、僕は顔を真っ赤にした。

 ただ、阪井ほど、琴乃が派手に笑わないことが唯一の救いだった。

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