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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第二章 約束破りの臆病者
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カンカク不全

 立ち話、というか奥様方の繰り広げる井戸端会議というものは、風景としては悪くない、と僕は思っている。きっとこの主張に同意を示す人はこの日本はおろか、世界各国どこへ行ってもごくごく少数だろう。世界各国に井戸端会議なるものが存在し得るかは僕の知ったところではないが。

 さて、これは僕の主観に基づく第三者としての立場からの見解だ。

 僕が井戸端会議の主催者もしくは参加者となると……風景としては悪くないが自身が見れないようでは意味がない。つまり、主催もしくは参加は断じて断りたいところなのだ。

 という話を琴乃にしたわけではないけれど。

 立ち話もなんだから喫茶店にでも、と提案するに至る以前に考えたものだ。一時間も待たされたので、自分でも理解し難いことを考えてしまったのかもしれない。

 喫茶店へ入るや否や、店員さんが席の案内へやってくる。

 喫煙なさりますか、と問われて、そんな歳に見えますかと答える勇気はない。大人しく、いいえと答える。

 禁煙席に案内して注文方法の確認をすると店員は立ち去る。

 僕は琴乃の正面に座る。二人席だから正面しか選択肢はなかった。

「それで、ご用件は?」

 彼女が席に座ると、僕は即座に問いかけた。

 彼女はメニューに手をやろうとしていたけれど、突然声をかけられて面食らったような顔をした。そのあと思い至ったような顔をして、伸ばしていた手を降ろした。

「用件ってほどのことでも、ないんだけど」

 彼女はなぜだか返答を渋っている。

「それなら帰るけど」

 僕は本心からの一言を彼女に浴びせるた。

「まっ、てください。ちゃんと言いますから…」

 当然、本当に帰るつもりはない。

 いつもと比べると、彼女はおどおどとしている。

 いつもと比べるだなんて、まるでいつもを知っているかの口ぶりだけれど。

 彼女は何度か口を開こうとして――また閉じて、を繰り返した。

 三回ほどの後に、一度深呼吸をして僕のほうを見据えた。

「頼みたいことがあるのです。詳しくは頼んでからでいいですかっ」

 早口でそうまくしたてると、言葉足らずに気づいてか、メニューを指差した。

 咄嗟には言っていることが理解できなかった僕も、あぁ、と得心がいった。


 僕も彼女もコーヒーを頼む。

 コーヒーがくるまでの間、話をまとめていたのか、彼女は口を噤んでいた。

「私の父は今家にいません」

 コーヒーカップに手を置いてからそう話し始めた。

 今日は平日、なにを当然のことを、と僕は言った。

「あ、いえ仕事とか外出とか、そういうものでは、なく」

 ぐっ、と口元へ運ぼうとしたカップが止まる。

「父はいなくなりました。星になったと言いましょうか、蒸発したと言いましょうか」

 彼女の声は震えている。

 それはつまり、そういうことだろうか。

 僕は彼女の顔を見ることができない。顔を上げることすらままならない。

 溜息のような深呼吸が聞こえる。

「私が学校に行っていた間に、なんですかね。知らない間にいなくなっていました。律儀に書き置きなんて残して」

 さっきまでうるさかった店内が遠ざかる。音が、彼女の声だけになった気がした。

「父がいなくなったことで、なにかがおかしくなっただなんて、そんなことはありませんでした。……少なくとも、私には」

 僕の顔はカップの中のコーヒーに映る自分と向き合ったままだ。

「私にはもちろん、母がいます」

 僕は一瞬、息苦しくなった。

 顔から血の気が引いたような感覚というのか。胸がきつく押さえられているようだ。

「父がいなくなったのは、母が夕食のための買い物へ行っている少しの間だったそうです。父がいなくなったとはいえ、いつもと変わらない生活を続けざるを得ませんよね。でも、稼ぎ手がいなくなって、貯金が底を尽きていたのでしょう、私たちは母がたの祖父母の家に越しました」

 彼女の稼ぎ手、という言い方に、父親に対する思いが伺えるような気がした。少し、厳しい言い方で、よろしくない言い方だ。

 そうして、今に至るわけだ。

 自分の心情を表す言葉が、思い当たらない。

 同情なのか、保身なのか。心配は自分へのものか、彼女へのものか。

 よくわからない。

 僕は黙ってしまっている。

 彼女もこちらの様子を伺ってか、口を閉ざしたままでいる。

 空気が重い。

「あの、さ」

 今は彼女の相談を聞いているのだ。自分の悩みの解決を図る時間ではない。

「簡単に心中お察ししますだなんて、言えないけれど、僕にできることがあるんだよね?」

 彼女からの『用件』があるはずだ。

「ここまで聞かされて、はいさよならじゃない、と思うから」

 人助けなんてものは、僕には無縁だった。助けられてからの僕は、助けることを恐れている。

 それなのに今は彼女を助けないといけないと思っている。

 なぜだろうか。

 分からない。けれど僕はそうせずにはいられない。

 いや、もしかすると、自分のことを聞き出されるのが怖かっただけかもしれない。

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