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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第一章 然れども僕にあるまじ
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不安にご留意ください

 衝撃を受けるとはこのことだろうか。

 阪井は昼休みに僕の席へやってくるとそんなことを言った。

 朝のホームルームのことだ。

 僕たち二人と委員長を含めた三人での計画、のような行為――僕にとっては偽善的で自慰的なものだ。転校生は、彼女は実行前から確かに、無駄だと、そんなことはする必要はないと、僕たちに――いや、僕にそう言っていた。彼女の言葉に含まれた棘がそう物語っていた。僕は彼女の意図を理解していた。だからこそ偽善的とも、自慰的とも表したのだ。

 彼女はそれに対し、僕たちクラスメイト全員に対し、明確に公言した。そんなものはいらないと。必要ではないと。それも、先生の目の前で。

 今朝の一連の出来事を思えば、彼女の行動自体は、たとえ一般的に不可解だと言われようとも理解できる。

ただ――、

「先生同伴って、先生もどういつもりなんだろうな……」

 阪井の言葉に僕も頷く。

 先生がなによりイレギュラーなのだ。一般的に不可解な転校生だけでなく、それ以上に先生が。

 先生の立ち位置が、状況をさらに難解にしている。そしてそれは、僕になにか得体の知れない不安を抱えさせている。

「考えたって仕方ないさ。早く弁当を食べよう?」

 甘い提案に、僕は考えを放棄する。

 正直やっていられない。窓からのぞく空はこんなにも青いのだし。待ちに待った夏休みも、姿が見えるほど間近なのだ。

 うつつに悩みを置いて、僕は阪井と、夏休みへ思いを馳せる。


 長い長い始業式が終わり、ホームルームの時間がやってきた。

 大会だとかの壮行会や校長先生の話で順調に時間延長された始業式の後、しかもこれが終われば夏休みとあって、教室の騒がしさはピークに達している。

 僕も例外ではないかと言えば、確かに例外ではない。しかし、どうしても心の奥底には払拭されない不安があって素直に喧騒に参加できなかった。

 一度投げ出したことで僕の思考回路が完全に不安から切り離されるか、と言われれば否だ。

 それどころか、時間が経つごとに意識はそちらへ無意識に向いてしまう。時間が解決してくれる、なんて幻想か。

 教卓の前には先生が立っている。

 彼はいつも通りだ。確かにいつも通りだ。

 ただ僕には余計なものが見える。幻覚などではない。厳密に言えば、余計なものがあるように思えるということだ。

 一息吐くと、その息の熱さに驚く。そうして、冬場でもないのに手を口元へ運び、口内を広くして温かい息を吐きつける。

 手は当然、熱を帯びる。

 そちらへ意識を向けたかったのだけれど、努力の甲斐なく、不安はやはり頭から離れないのだった。

 問題を解決してくれない時間は、ただそれでも放っておけば過ぎるものだ。

 先生の解散の号令を聞くや否や、生徒諸氏は夏休みに吸い込まれていく。


 昼頃には帰宅する。

 予定だったのだが、帰ったところでその後の予定を持たないので、僕は阪井に誘われてお昼を共にすることにした。

 近場のファーストフード店へ向かう。

 夏休みに入って即時、さらに学校付近ということもあり、全国チェーンのファーストフード店は休日同然の賑わいだ。もちろん、学生の姿が主だ。

 席を確保するのに一苦労した後、注文をして席に座る。

 僕と阪井は夏休みの予定を確認し合う。特に遊ぼうとか、旅行へ行こうとか、予定を確認したところで予定を立てたりはしないのではあるが。

 僕はハンバーガーを平らげて、フライドポテトを頬張りながら、

「阪井は青春したい?」

 と、唐突にもほどがあることを聞いてみた。

 質問主の僕すらも、なぜこんなことを聞いたのかよく分からない。

 当然、阪井は、「突然どうした?」と僕の顔をマジマジと眺めた。

「というか、青春する、とは恋とかそういうことか?」

「ええと、まぁそうだね。恋とか、今しかできないことをするとか」

 阪井は小さく唸りをあげる。

 そして、「どうだろうな」と、顔をしかめて言った。

「俺はそういう願望はないんだ。俗人的と言うと何様だと言われるが、まぁ…俗人的なものが絶対ではないし。俺としては、それ以上にしたいこともあるしな」

 阪井に対してこんなことを聞くのは初めてだった。阪井がはっきりと自分を持った人だとは思っていた。ここまで自分を持っているとは、それでも意外だった。

 暫時、僕は目を座らせていた。

 少しばかり考え事をした。恋をしたり、友情を育んだり、今しかできない青春を、僕はどう扱うのか。それが僕を取り巻く不安やなにかをなくしてくれるのだろうか。

 阪井と僕の間にある違いはなんだろうか。


 ファーストフード店を出ると、阪井の提案でゲームセンターを向かう。

 僕はあまり好きではないところだ。阪井に合わせたいわけではないが、前述通り、僕に予定というものはないので、今日のところは付き合うことにした。

 騒々しい店内には、やはりここも学生の姿ばかりだ。

 格闘ゲームの前に座った阪井に、僕は勝負を仕掛けてみる。

 常連であるらしい阪井に、当然僕が勝てるはずもなく、格闘ゲームで連敗した。

 負けっぱなしは気に食わないのでレースゲームで勝負をしかけ、乗り気ではない阪井を乗せるために賭けをして見事惨敗してジュースを奢って今に至る。

「俺、そんなに強くないんだがな」

 阪井が笑みを浮かばせながら僕に言う。

 ――僕だってそんなに弱いつもりはなかったよ。

 経験の差とは悔しいが力量差を露呈させるのを痛感した。

 ジュース一本は安い授業料だと思い直す。

「どうだ、少しは元気出たか?」

「え?」

「お前、気にしすぎだよ。俺にも分かるくらいだ」

 どうやら僕が解消できない不安に気を取られていることを心配してくれていたようだ。

「阪井、ありがとう」

 自然と感謝の言葉が出る。阪井には感謝してばかりだ。

 ただ僕は、気にしないことはできない。

 留意点は、まだ彼女に、意図的に留めてある。

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