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さよならのプラットホーム  作者: 青田 絲
第一章 然れども僕にあるまじ
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迷い箸すら払われて

 むしろ、ただ一人――転校生一人しか残っていないのは好都合だった。

 自己満足のために偽善を行うことが、僕の良心を少しばかり痛めていたのは確かだ。彼女に確認をとるということにどの程度の意味があるのか分からないけれど、それでもなにか義務であるように感じた。

 彼女はどこを見ているわけでもないのだろう。膝の上で結んだ両手をひたすら見つめている。

「少しいい?」

 彼女が顔を上げる。彼女の左の頬には夕日が当たっていて、ほのかにオレンジ色を漂わせている。ただそれが照れや羞恥からくるものではないのは、彼女の無表情から読み取れる。

「さっきの話、聞いてた?」

 回りくどいのも面倒なので、率直に聞く。

 彼女は縦に首を振った。

 そして、そんなことしなくていいのに、と口にした。

 彼女の本音を隠すことない物言いに、僕だって苛立ちを隠せない。

 それでも僕はやるんだ。別に君の為でもない、ボランティアだから気にしないでよ。

 そんなことを一方的に告げて、僕は阪井と委員長の元へ戻る。

 僕は背中に刺さる視線に、僕は振り向かないでいた。


 帰宅して自室でくつろいでいると、電話がかかってきたと父親に呼ばれた。

 階段を降りて最近ではそんなところにあるのも旧時代的ーーあるいは機器自体が旧時代的だからそう思うのか、玄関近くの黒電話をとる。

「もしもし?」

「もしもし」

 聞き慣れない声だ。僕宛だろうか?父親の嫌がらせか?

 そんな思いと裏腹に、相手は自分が誰かを告げてきた。

「転校生?どうしたの?っていうかどうやって僕の家の番号を」

「番号は先生に聞いた」

 先生も無責任なものだ。個人情報を簡単に教えるとは、公務員としていかがなものか。公務員でなくても罰せられるというのに。

「別に……どうしても聞きたいことがあるからって頼んだらあっさり教えてくれたの。そんなことより」

 そんなことではないだろう。だからと言って食い下がるつもりはない。本題も気になるのだ。

「君、必要ないことはしなくていいから。そんな気にしてもらわなくても――」

 と言ったところで僕が遮る。

「別に、君の為じゃない。僕の自己満足だって、学校でも言ったろう?」

 受話器の向こうから息遣いが聞こえる。

「他に用事は?」

「特には……ない、けど」

 僕にも用事はない。

 僕は決まり文句のように、また明日と挨拶をして電話を切った。

 ふと、彼女の受話器を握っている様子を思い浮かべた。

 なぜだろうか、彼女が電話ボックスの中に居るビジョンが思い浮かんだ。

 内心、首を傾げていると、父親が夕飯の用意ができたとの旨を伝えてきた。

 食卓に座ると父親と対面する形になる。

 いただきます、と言うと僕は箸を迷わせる。

 なにから手をつけるべきか。

 迷い箸なるものが無作法だと言うことは、食事後、自室でネットサーフィンしている時に目にするのだった。


 翌日、とは言えども日は東の地平線からひょっこりと頭を出しかけているだけだが、そんな朝焼け空を見ながら僕は歩いていた。

 珍しく早朝五時に目を覚ました僕は、準備をするも時間が余ってしまい、手持ち無沙汰のまま近所を散歩することにした。

 散歩自体が目的あってのことではないので、することもなく歩き回っているだけだ。ただ、家でなにもしないでいるよりは格段に有意義だと思った。

 まだ日が昇り始めたばかりで気温の低い清々しい朝の空気を吸い込む。

 委員長との打ち合わせによれば、誤解を解くのは今日になる。

 勢いよく息を吐くと身体を伸ばした。そうして、もう一度深呼吸する。

 曲がり角を曲がると、もう家だ。


 委員長と阪井は一緒に教室に入ってきた。

 なんと言うことか、阪井も委員長も容姿が優れているので並ぶと様になる。

 感嘆の息を漏らしていると、委員長が大丈夫かと聞いてきたのでびっくりとして息を止めた。

 ふぐっ、と詰まったような音を聞いて二人は笑った。

「どうした?喉になにか詰まったのか?」

 阪井が茶化してくる。詰まっていないのはわかっているはずだ。

「詰まってないさ。ただ君たちがお似合いなものだから、僕にとってはつまらないなって」

 僕の精一杯の反撃。

 これには委員長までもが目を丸くして僕の方を見た。

 そして、

「お似合いというなら俺たち二人よりも、お前ら二人じゃないのか?」

 と阪井が言った。

 すぐに僕と転校生の彼女のことであると気づいた。けれど、あえてとぼける。

「僕と誰のこと?そんなことより、最後の打ち合わせをしようよ」

 分かっていることをわざと知らないふりをすることは難しいなと思った。声が震えてないか心配になった。さらに、打ち合わせをするほどの計画でもなければ、そもそも計画として成り立っていないのだから打ち合わせなんて、そんな時間稼ぎにもならない言い訳しか思いつかない、自分の力量不足に絶望するのだった。

 けれども、そんなことは何処吹く風で、阪井と委員長は大まかな流れを相談していた。どうやら時間稼ぎにもならない、ということでもなかったようだ。

 そうして待つこと数分後、朝のホームルーム前に決行ということになった。委員長に丸投げ状態となっているので、僕と阪井は自分の席に座った。

 徐々に人が集まってくる。

 ある程度人が集まり、委員長が話し始めると、小声の批判は多々あったが、それでもみんなは最低限の納得をしてくれたようだ。クラスメイトの女子には不満そうな顔をして、阪井の様子を伺うものもいた。そんな人でもやはり、委員長が話し終える頃には十分でないが納得はしてくれたようだった。

 彼女の席を伺うと彼女の姿はなかった。好都合ではあったけれど、教室に来た彼女がクラスメイトの変貌を見て発狂してしまわないかどうかが心配ではあった。

 僕の心配は案外無駄なものだった。そして、むしろ驚いたのは僕たちのほうだった。

 先生と共に教室に入ってきた彼女は僕らにこんなことを言った。

「あなたたちと友達のようになるつもりはないです。だから私に、構わないでください」

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