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5.1927 フォークロア・後[4/4]

[5-4/4]

 銀二の腹から、天狗丸は発見されなかった。

 旦影は、踏み入った狗堂家の居間で、寄り添いあい震える姉弟を見る。真っ赤な目で、それでもきっと旦影を睨む姉は胸に祖父の首を抱き、弟は姉の背後に隠れるようにして静かに泣いている。自分たちの家だというのに壁際で身を縮めている二人は、淡々と作業を続ける忍天狗たちの様子をただ、眺めていた。

 旦影は姉弟にいよいよ近づいた。姉の方がそれに気づき、顔を強張らせる。

「おまえは狗堂灯里だな。後ろにいるのは、弟か」

「……はい」

 毅然と灯里は居住まいを正した。なるほど、どこかあの女に似ている。

 家探しをさせているが、おそらく天狗丸は出てこないだろう。姉弟のどちらかが持っているはずだ。そして旦影にそれを渡す気もないらしい。

 実のところ、旦影はこの姉弟を殺すつもりは最初からなかった。旦影にも子はいるが女子で、旦影がもし死ねば二人のうちどちらかが後を継ぐ可能性もある。もっとも守るべきは己の治世だが、一族の存続も当然ながら旦影の目的の一つでもある。

「顔を見せい」

 姉の方ではない、弟に命じた。弟は肩をぴくりとしたが、おずおずと顔を上げる。片目は包帯で覆われていた。

 旦影は直感する。

 こちらだ。

「わしが何者か、分かるか」

「いいえ……」

「焔村旦影じゃ。二十一代目忍天狗、いわばおまえたちの大頭よ」

 正式に襲名したわけではないが、いずれそういうことになるのだ。姉弟は二人とも緊張した面持ちになった。まだ、殺されるという警戒が抜けないのだろう。旦影は重ねて告げた。

「おまえたちの祖父、幹久は規律を破った結果死んだ。おまえたちはそんなことをするまいな? ……狗堂の名、始末役を継ぐのは孫のおまえじゃ。娘よ、おまえはその人質じゃ。裏切りさえせねば、学校にも行かせてやるし、普通の社会生活も営める」

「そんな、せめて役回りを逆にしてください!」

「ならん。どのみち、おまえの弟は人の道に戻れぬ身であろう」

 幹久の孫が、鹿代宝治朗を殺めたという報告は聞いている。そのことを指すと灯里は一瞬黙り、しかしかぶりを振る。

「いいえ、お願いです、焔村様。わたしの身はどうなっても構いません、どうか弟は……」

「いやか? なら、二人ともここで死ぬことになるぞ」

 わざと見えるよう刀に手をやる。すると、灯里の前に庇うように伸びる手があった。

 弟の手であった。少年は包帯に隠れておらぬ方の目で旦影を睨み付け、片膝をついていた―――返し構えの姿勢だ。

 その目を見返しながら、旦影はふつふつと、腹の底に怒りが沸き立つのを感じた。

 同じだ。やはり、この子はあれの息子なのだ。あの、憎き白子の。

 旦影は少年の顔面を掴むと、乱暴に床に叩きつけた。不意打ちは避けきれぬかったらしい、唖然としていた灯里が悲鳴に近い声を上げる。

「おやめください!」

 旦影が手を放すと、弟はすぐ姉の後ろに隠れた。震える肩と嗚咽の声に、旦影は嘲りの息をつく。所詮は子供か。

 だがやはり、幹久は良い後継者を育てていたらしい。それが例えば旦影を殺すための手段のつもりだったとしたら、皮肉な結果だが。

 旦影は満足して立ち上がった。なかなかいい結末だ。

 旦影の足元には忍天狗が跪いている。どうやら家探しは終わったようだ。

「旦影様、天狗丸は……」

「ああ、いい。見つかったよ、ここにある」

 言いながら、旦影は懐から鉛の球を取り出した。幹久が寄越した物である。よく見れば別物と分かるが、旦影はそれをひょいと呑み込んだ。

 忍天狗たちから感嘆の声が上がる。姉弟は目を瞠っていた。その二人を振り返り、旦影は告げた。

「よいな、規則を守る限り、輪の中に置いてやろう。……すべてはわしの手のうちじゃ。それをゆめゆめ忘れるな」

 

「ようちゃん、今日も来ねえなあ」

 ねぐらの外を覗き覗き、幸男は呟いた。雨が降っているせいですだれが冷たい。けして広いわけではないねぐらが、今にも浸水しそうだ。

「ふ、ふ、フサが手紙、盗ったせいじゃあねえか」

「なんだよ、あたいのせいにしないどくれよ」

 祐作の言葉に、フサがぷいと素知らぬ方を向く。相変わらずの様子に、幸男はため息をついた。

 幸男だって、あのおかしな男から助けてもらった礼を煬介に言いたいのだ。やっぱりようちゃんはすごいんだ、と思う。けど、あれから無事に逃げ切れたのだろうか。それだけでも、無事だということだけでも教えに来てほしい。

「ようちゃんが来たら、ちゃんと謝れよ」

「わ……分かってるよう」

 さすがのフサも反省しているらしく、しゅんと肩を下げる。

 幸男はもう一度すだれの外を覗いた。

「まだかな……」

 雨はしとしとと、降り続いている。


「これから、あなたには見習い始末役としておつとめをしていただきます」

 立派な板の間で向かい合うのは、姉とそう齢の変わらない青年だ。

 煬介は虚ろな目で彼をじっと見返していた。その視線に、青年は無表情のままこう返してくる。

「自己紹介をしておきましょうか。わたしは猿國(さるくに)夜彦、これからあなたの連絡役を務めます。ああ、あなたのことは粗方聞いていますので、結構ですよ」

 先代の連絡役とよく雰囲気の似た男だ。どういう間柄かを訊く気は起こらないが。

「まず、あなたが忍天狗の意向を裏切るようなことをした場合、あなたの“人質”が殺されるかそれに等しい状況になります。これは大頭次第と言ってもいい匙加減ですが、おつとめを忠実に果たしている限り、問題になることではないので、安心してください」

 灯里とは既に引き離された。彼女がどこに連れて行かれてしまったのか、煬介には分からない。

「一人前と認められるまで、他の始末役の仕事の補助に付いて下さい。詳しいことはまた追って通達しますが……あ、そうそう。人質の方はもとより、これからわたしを介さない一切の他人との手紙のやり取りが禁止されます。今のうちに、親しい方に出しておきたい手紙などはありますか?」

 煬介は伏雁村の実家に置いてきた、紫の手紙のことを思い出した。

 だが彼女の住所は幹久しか知らなかったし、そもそも今さら何を書けと言うのだろう。さよなら、もうこれから会うことも手紙を受け取ることもできません、くらいだろうか?

 だから、煬介はかぶりを振った。灯里にだって、手紙に書く言葉は見つからない。

 夜彦は特に何も思わないようで、事務的な話に戻っていった。

「……、ではこれから、よろしくお願いします、狗堂さん」

「……はい」

 夜彦に差し出された手を、煬介は握り返した。


[第一部 了]


これにて一部・了です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


二部からが実質本編になります、近々別枠で連載予定です。

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