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第二章 紅に染まる手 その一

【極秘資料:東日本連合軍・技術開発局事後報告書】

 日付、二〇四〇年四月

 案件、人造人間『死・サイボーグ』(通称死ボーグ)素体確保および移植実験について

 担当官特務大佐、風馬蒼蝉ふうまそうぜん


 概要


 本計画は、死亡した人間の脳髄を摘出し、全身を機械化した戦闘用ボディへ換装・再利用するものである。


 死ボーグシステムの安定的稼働には大きな課題が存在した。その実現には素体となる脳髄が生前に抱いた強烈な情動エネルギー、即ち死の瞬間に脳内でスパークする爆発的な『念』が不可欠なのだ。


 過去の臨床実験において、平穏な精神状態あるいは薬物による鎮静下で摘出された脳髄を移植したケースでは、例外なく術後七十二時間以内に重篤な解離性障害および急性ストレス障害を発症した。自分が一度死亡した事実、機械化された現実を受け入れられず、脳幹レベルでの自己シャットダウン(自ら生命活動を停止させる現象)を引き起こし全実験体が廃棄処分となっている。


 この拒絶反応を克服するため本日実施された最終適性試験において検体九号『個体名、夜行半月』は、特定対象『個体名、伊藤楓』の殺害を通じ、我々の想定する理論値を遥かに凌駕する異常な精神数値を記録した。


 処置


 脳神経が情動のピークに達した瞬間を狙い、軍刀にて即時斬首。鮮度を保ったまま脳髄を摘出し、試作機『孤月コゲツ』への移植を完了した。

 結論

 移植は成功。脳波と機体の同調率は百パーセント、まさに最高傑作の誕生である。



**********



 夜行半月という人間が殺されて四年の歳月が流れた。東日本連合と西日本共同体の戦争は休戦という形で終わっていた。


 視界の中で、木々の合間を九つの影が走る。


 その日は冷たい霧雨が降っていた。


 だが今の半月は何も感じない。肌を凍てつかせた痛みも、泥の不快感も、肉体を震えさせる寒さもなかった。それらは今の半月にとっては単なる環境データに過ぎない。


 そう、首を斬られ殺されたはずの夜行半月はある意味では生きていた。だが自身のメモリ領域にアクセスして確認できる自己データにはかつての不良少年の面影など欠片もない。


【東日本連合軍所属、人造人間『死・サイボーグ』(通称死ボーグ)】

【全高、百七十センチメートル。重量、百八十キログラム】

【機体コード、孤月】


 半月は死人の脳を機械の体に移植して作ったサイボーグ兵士、『孤月』となって蘇ったのだ。


 視界の端に映る自身の腕は闇を切り取ったかのような艶消しの漆黒だ。光を一切反射しないその複合装甲は夜の闇に溶け込むためだけに設計されている。骨格を模したチタンフレームと収縮する人工筋肉は生物としての柔らかさが完全に欠落していた。


 顔があるべき場所にも感覚がない。


 呼吸をするための鼻も、言葉を発する口も、もはや存在しないのだ。のっぺりとしたフェイスプレート越しに埋め込まれた単眼カメラが、周囲の情報をデータとして淡々と処理している。


 風圧センサーが首に巻かれたボロボロの布の揺らめきを検知する。紅のマフラーだけが無機質な黒い視界の中で自らの血の名残を主張していた。


『東日本連合軍特務情報部、隠密機動隊・影兵の死ボーグ十名、作戦領域に到達。対象集落を確認』


 孤月の脳に無機質なシステム音声が響く。孤月の視界にあるヘッドアップディスプレイに小さな寒村の構造が緑色のワイヤーフレームとなってあじけなく投影された。


 濡れた腐葉土を踏みしめるたび、自重で沈み込む鋼鉄の足から微かな駆動音が漏れる。


 頭上を覆うのは杉林だ。黒々とした枝葉が空を遮っているが、東の空が白み始めているのを視覚センサーは捉えていた。奇襲に最も適した夜と朝の境界の時間だ。


 視界を白く濁らせているのはまとわりつくような濃い霧だった。湿度センサーが高い数値を出している。生身の人間ならば不快さに顔をしかめるであろうその湿気も、孤月達にとっては姿を隠すための天然のカモフラージュに過ぎない。準備は万端だった。


 杉林が切れ、眼前に広大な湖が現れた。


 事前情報によれば湖には豊富な魚が生息しており、湖畔の村人はその恩恵で暮らしているという。孤月の電子眼が湖の縁にへばりつくように点在する数軒の民家をズームインした。情報通りだ。平和な営みがそこにあった。


『任務内容を再確認。反乱分子の薄翅蜉蝣衆ウスバカゲロウシュウの殲滅、および軍離反者の抹殺』


 視界の端にターゲットの顔写真がポップアップする。四年前より少し白髪が増え、やつれた顔をしているが見間違えるはずもない。かつて孤月を地獄へ突き落とした男、元東日本連合軍特務大佐であり、現在は軍を離反して死ボーグの技術を不正に流すことで反政府組織に加担している風馬蒼蝉だ。


 孤月はこの男に復讐するため、軍で従順に汚れ仕事を引き受け続けてきたのだ。


「……」


 ターゲットを認識した瞬間、孤月の胸部に埋め込まれた動力炉が唸りを上げた。脳髄の奥底にこびりついた殺意がシステムを通じて電力へと変換される。機械仕掛けの体がチリチリと熱を帯びた。


「円陣を組むぞ」


 孤月は喉に埋め込まれたスピーカーから無機質な音を出して喋った。共に作戦を行う仲間の死ボーグ九人に、いつもと同じように話す。


「暗殺は後ろから、戦闘はできる限り間合いを離してやれ。目と目が合うような状況を作らず殺せ」

「応」


 九名が同時に発声して応える。


 これは隊員がちゃんと人を仕留められるように誘導するためであり、更にはその隊員自身の心を守るための行動だ。


 人の心を捨てた孤月には無縁の感覚だが、通常人間は同じ人間を殺害することに極めて強い抵抗を示す。そして殺人を犯した者は心を蝕まれる。だからそれを軽減するための措置が必要なのだ。それが分からない阿呆は狂って死ぬ。


 孤月は心を病んでうつ状態になり、念を失い、使い物にならなくなった死ボーグを何人も見て来た。


「残虐であることを誇りに思え。残酷であり続けろ。男も女も、老いぼれも赤ん坊も、皆殺しだ。暴力は美しい」

「応」


 これも孤月が良く口にする言辞だ。これは一種の性質の悪い洗脳であるが、ある意味で本質を得ていた。強く残虐な男は野生的であり、官能的であり、自身でも気づかないくらいに雄としての色気を放っている。そうすると自然に多くの女が寄ってくるのだ。これに気を悪くする男は少ない。自分に自信を持たせることは心を強く保つことに一役買う。


「この戦闘が終わったら、話を聞かせろ。期待している」

「応」


 孤月は仲間内での自慢を推奨している。……否、自慢を強要していると言うべきか。いかに自分が勇敢に戦ったか、残虐に振舞ったかを自慢させることで、自分達の行為がいかに正しいかを仲間内で再認識させてやる。


 洗脳という魔法はかけ続けていなければいつか解けてしまうのだ。洗脳が解ければ罪の意識で心が崩壊してしまうかも知れない。


 皆がそれに気付いた時、絶望するだろうか? それとも憎悪するだろうか? それはまだ分からない。それでも今は、孤月はこうする他に術を知らなかった。


「では、始め!」


 己の迷いを吹っ切るように高らかに任務の開始を宣言する。


「散ッ!」


 死ボーグ達は円陣を力強く解き放つ。それぞれの役割を果たすため散開する。


 湖の前には見張りの村人が二人いた。忍者の装束のようなものを着て、顔や体を隠している。松明を持ち、背中に旧式のライフル銃を背負って立っていた。二人とも湖畔に置かれたかがり火の近くで暖を取りつつ、見張りの任務に就いていた。


 孤月は重力を無視するように跳躍した。上手く義体を制御して、着地の衝撃音も小さく抑えた。孤月は風のように木々や岩などの障害物をすり抜ける。そのまま孤月は二人の内の一人の見張りに音もなく接近できた。


 孤月はそのまま見張りの背後に回り込み、左手で口を押さえた。腰に格納されている脇差を右手で抜いて相手の腎臓を一刺し、次に喉を切り裂いて見張りを躯にした。


「……子供か」


 孤月は今殺した人間に目を落とすと、頭巾が少し脱げて顔が見えた。十五歳かそのくらいの少女だった。


「……」

「孤月隊長、どうかしましたか?」


 そしてもう一人の見張りも死ボーグの仲間『紫電改しでんかい』が葬っていた。接触から二秒程度、中々の手腕である。


「……いや、何でもない。作戦を続行する」


 孤月は感情制御回路の出力を上げ、僅かに生じたノイズ、かつての人間らしい躊躇いを強制的にねじ伏せた。


「予定通りだ。殲滅戦を開始する。一匹たりとも逃がすな」

「了解!」


 短い承諾と共に、孤月を含めた十人の死ボーグが霧の立ち込める湖畔の広場へと雪崩れ込む。


 カンカンカンと早鐘のような警鐘が鳴り響いた。


「敵襲ッ! 敵襲だッ!」


 静まり返っていた民家から、敵兵が次々と飛び出してくる。


 だが現れた兵士達の姿は孤月のカメラ越しに見てもあまりに異様だった。身の丈に合わない旧式の小銃を抱え、恐怖に歪んだ顔をしている。先ほど殺した見張りと同じ、十代と思われる少年少女達がほとんどだった。


 風馬は子供を兵隊に仕立て上げていた。


 だが死ボーグ達に慈悲はない。孤月が「残虐であれ」と教え込んだ通り、彼らは忠実にそして愉悦すら交えて殺戮を開始した。


「ヒャハハハ! 遅い、遅いぞ!」


 死ボーグの仲間『紫電改』が震える手で銃を構えようとした少年の懐へ滑り込む。そして紫電改は楽しそうに鋼鉄の腕を振る。


 グシャリという湿った破砕音。


 少年の頭部は熟れた果実のように容易く弾け飛び、首から下が泥水の中へ崩れ落ちる。


「うわ、あ、あああああ!」


 それを見た別の少女兵が悲鳴を上げて背を向けた。


 逃がすはずがない。別の死ボーグがその華奢な背中に追いすがる。刀が妖しく光り、斜めに振り下ろされた。少女の体は走り出した勢いのまま、上半身と下半身が泣き別れになり、内臓をぶちまけて地面を転がった。


「ひィイイっ、化け物……!」

「お母ちゃぁぁあん!」


 少年少女兵達が放つ旧式のライフルの銃弾は、死ボーグの重装甲の前では豆鉄砲ほどの意味も成さない。カンと乾いた音を立てて弾かれる弾丸を嘲笑うかのように、死ボーグ達は子供達の手足をへし折り、喉を引き裂き、あるいは得物で顔面を陥没させていく。


 それは戦闘ではなかった。単なる処理であり、一方的な蹂躙だった。泥と雨にまみれた地面が瞬く間に幼い血で紅に染め上げられていく。


「焼き払え」


 孤月は冷徹な命令を下す。


「隠れているネズミを炙り出す。家屋を一軒残らず燃やせ」

「了解!」


 紫電改が右腕に内蔵された火炎放射器の弁を開いた。


 ゴォォォォと音を立てて炎が雨を蒸発させながら噴き出す。民家を舐めるように燃やしていく。霧雨が降っていても、古びた木造建築は火の回りは早かった。一軒、また一軒と民家が燃え上がる。


「熱い! 熱いよぉ!」

「助けて! 誰か!」


 炎に包まれた家の中から、逃げ遅れた者達が火だるまになりながら出てきて踊るようにのたうち回る。


 死ボーグ達は笑っていた。


「すごい火力だ! 見ろ、汚物が消毒されていく!」


(皆狂っている)


 孤月は燃え盛る炎を静かに見つめていた。


 部下達は完全に正気を失うことで辛うじて精神の均衡を保っている。子供を殺して生きたまま人を焼くという罪悪感から逃れるために、暴力という快楽に溺れているのだ。


 その光景は凄惨を極めていた。


 充満する焼ける肉の匂い、止まらない断末魔の叫び、折り重なる焼死体の山。


 だが孤月の胸の動力炉はこの惨劇を前にして、より一層激しく脈動していた。


 それは怒りか、悲しみか、それともこの破壊への渇望か、どれも違う気がするが今の自分にはよく分からない。ただこの火の海のどこかに潜む仇、風馬への殺意だけは本物で、それが明確に孤月を動かしていた。


(……出てこい、風馬蒼蝉)


 孤月は燃え盛る湖畔の広場の中心へ、悠然と歩を進めた。


 黒い装甲が炎の照り返しで不吉な橙色に揺らめいていた。

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