しがない田舎町のちょっとした平和を守るだけが仕事のローカルヒーローだけど、どうやら、俺たちの中にひとり、敵の組織のスパイがいるらしい。
豊かな森と山々を守る!熱き魂――サトヤマ・レッドっっ!
澄んだ海と河川の色は美しい心の表れ――サトウミ・ブルー!!
人と人とが生み出す大地の科学技術――サトチ・イエロー!!
すべては『争い』のない平和な社会を目指すため――。
立ち上がった男、それが俺たちッ!
エス!
ディー!
ジーズ!
SDGs!!!
ピッチピチのヒーロースーツで颯爽と現れ、山と海とに囲まれたこの田舎町の平和を守る。それが、俺たち、ローカルヒーローの仕事だ。
持ち前の正義感で突っ走る俺と違い、どんなときでも冷静沈着なブルーは頭もいい。一応、養成学校では『同期』だったのだが、なぜ親友になれたのかも不思議なくらい、よく出来た奴だった。俺はもちろんダメダメだ。この仕事だって、なかなか就職が決まらなくて、逃げ帰るようにやってきた地元でなんとか『採用』の通知をもらったのがこの組織だったからだ。
そう。つまり、俺たちが働くこの町とは、俺の生まれ育ってきた地元。大好きなふるさとである。ちなみに、ブルーとイエローにとっては、何のゆかりもない。
ブルーとは旧知の仲であるが、イエローとの馴れ初めはまた別だ。
地元に帰ってきて、ヒーローの仕事を始めたばかりのころ、道を歩いていたら偶然出会った。
道端にうずくまっているひとりの少年――それが、のちのイエローだった。
少年は泣いていた。
聞けば、「友達だと思っていた少年たちから仲間外れにされて泣いていた」という。俺はこの少年をかわいそうに思った。どうにかして慰めてやりたいとも思った。
考えた末に、俺は「俺たちの仲間にならないか」と誘った。
「いいの!?」
「……もちろんだ。君が心優しい少年なのは、見ていてもわかる。俺たちの組織は、そういった、優しい心を持った人間を必要としているんだよ」
こうして、イエローは俺たちの『仲間』になった。
ブルーには最後まで反対されたけれど……。
なんだかんだで、いま、こうして3人一緒に活動しているのだから、少しは認めてくれたのではないかと思っている。
三人寄ればナントカ――とは言うけれど、まさにそのとおりだ。
俺たち3人が集まれば、なんでもできる。
この世界を平和に導くことだって、無理な話じゃないと思うのだ。
森林を守り。
海と川を守り。
そして、土地を耕し、インフラを整備し、ひいては人々の幸せを守る。
まさか、そこに立ちはばかる壁が存在するなどとは思ってもみなかった。
奴らは『地球破滅に追い込む悪の組織』だと名乗った。
この小さな田舎町の平和を脅かし、ゆくゆくは、世界を征服して地球全体を滅亡に追い込もうと考えているのだ、と。
なんてことだ。
それはいけない。
「そんなことさせるかっ!この町は、俺たちのものだ!!」
愛するふるさとを守るため。愛する地球を守るため。俺たちは、いままで以上に、戦力を強化した。
ブルーはロングソードを携え、剣術の訓練に勤しんだ。イエローは、ライトマシンガンを片手に、射撃の訓練をした。俺は……全身の筋肉を鍛え、懸命に拳を振るった。
ところが、である。
敵の組織に俺たちの情報が洩れている――という疑惑が持ち上がった。
悪の組織撃退のため、それぞれに戦力を強化していることも、すべて筒抜けだという。きっと、あちらのほうでも何かしら対策を打ってくるだろう。もしかしたら、ものすごい武器を用意してくるかも。それこそ核兵器とか。
上司からは「とりあえず、いまは様子を見守ろう。それまでは各自戦力の強化に励むように」と言われている。
でも俺は、いったい誰がこのようなことをしたのかと不思議でならなかった。
俺たちが<打倒!悪の組織!>を目指して戦力を強化しようとしていることは、俺たち組織の人間しか知らないはずだ。敵に筒抜けになるような、見覚えのない監視カメラなども存在しない。だったら、いったい誰が?
上司のはずがない。
もちろん、俺でもない。
残るは、戦線には立たない事務員たちと、ブルー、イエローだけだが……俺はその誰も疑いたくはなかった。
疑いたくはないけれども、あえて、怪しいと考えるのならブルーだ。
ブルーは頭がいい。
敵を欺きながら、味方を味方とも思わせない行動なんて朝飯前だろう。マー○ルにだって内定をもらっていたくらいなのだ。いや、そもそも、なんでこんな縁もゆかりもない田舎に就職しようと思ったのか?もしかして、それはスパイ活動のためでは……?
その点、イエローには疑いの余地もない。
初めて会ったときだって、仲の良かった友達に裏切られて泣いていたくらいなのだ。いや、あのときはまだほんの子どもだったけれど。
そんなイエローが、大の大人を簡単に欺けるほど狡猾なはずがない。
それからの俺は、事あるごとにブルーを観察しはじめた。
出勤してくる姿。職務中。休憩中。訓練に勤しむ姿もバッチリ確認した。退勤して、帰路につくあいだも、俺は不審な様子がないか逐一見張っていた。
だが、なにもなかった。
ほんとになにもないのか?なにかの間違いじゃないか?
俺は辛抱強く観察した。
奴ほどの実力の持ち主なら、俺たちを出し抜いていてもおかしくはないという思いと、いままで共に闘ってきて裏切られたくないという思いとが交差する。
そうだ、このまま何もなければ――。
この日もいつものように、朝、出勤してすぐ控え室に向かっていた。
何かが違うと気付いたのは、扉の向こうで、バコッ、という何かと何かがぶつかり合うような音が聞こえたからだ。
不思議に思いながらもドアを開けると、そこには、半泣きのイエローの身体に馬乗りになってボコボコに殴りつけているブルーの姿があった。
ブルーの目は笑っていない。
ただただ、イエローの姿を見下ろして、一心不乱に殴りつけている。
「どしたん話聞こか?」
常に感情のおもむくままに動く俺とは違い、ブルーは、物事を冷静な視点で見られる男だ。そもそも感情をあらわにするということが少ない。暴力で解決しようとするタイプではないし、どちらかといえば、理論的に言い聞かせて相手を納得させるタイプでもある。
いつものブルーではない、と思った。
何かがおかしい。これは本当に、俺の親友のブルーなのか?
「……こいつだ」
ブルーは、イエローのほうを見据えたまま、短くそう言った。
「は?」
「うちの組織に、敵のスパイがいるかもしれないという話があっただろう?そのスパイが、こいつなんだ」
一瞬、意味がわからなかった。
「……やはり気付いていなかったんだな。私達が必死になって探していた裏切り者は、ここにいる、イエローだったんだよ」
「はっっ!??」
思わず、イエローのほうを見る。まさか……!?
「例のスパイの話が持ち上がってから、私はずっと、独自に調査をしていたんだ。そして、いま、やっと見つけたよ。奴が――イエローが、我々の情報を敵に横流ししているという証拠を、な」
なんだって。あの泣き虫なイエローが……?実は、俺たちを裏切っていた、だって?
「で、でもっ、泣いてるじゃないか。いまだって、そう、どんなに殴られたって抵抗ひとつしない。なあ、ブルー、おまえはそういう奴だったか?自分より弱い者を平気で痛みつけられるような、そんな奴だったか?」
俺はまだ信じたくなかった。
なんたって、イエローを仲間にしたのはこの俺なのだ。それに『仲間になろう』と呼びかけたときの、奴の嬉しそうな顔が忘れられない。あの笑顔も、涙も、全部嘘だった……と?
「イエローも、黙ってないでなんとか言ってくれよ。僕はやってないって、そう言ってくれよ!!そうだろ!?おまえはやってないんだろ、ほんとは!?」
イエローのもとに駆け寄って、身体を揺さぶる。
ゆらゆら。ゆらゆら。
それでも、イエローは何も言ってはくれなかった。
「……もうあきらめろ。最初から、こういうやつだったんだ、こいつは」
イエローがもし、本当に裏切り者だとするなら、ブルーの行動の意味もまた変わってくる。単に気に食わないから殴っているわけじゃない。自らの正義に反する行為への怒り。そして、それに巻き込まれた人たちを守りたいという想い。
すなわち――『愛』だ。
「やはり、ここに就職しておいて正解だった。おまえひとりだったら、裏切り者を見つけることも、排除することもできないまま終わっていただろう」
ブルーの、俺を見る目は優しかった。
「どうし……て」
「おまえは、昔っからそうだ。向こう見ずで、考えなしで、そこにどんな罠が仕掛けられていようともまっすぐ突き進む。時に羨ましくなるような性格だが、見ていてヒヤヒヤさせられる。放っておけないんだよ、おまえは」
マー○ルの内定を蹴ったのも、そんな俺が心配だったからだという。俺が、どこにも内定をもらえなくて地元に帰ると言ったから。
「じゃ、じゃあ……おまえは……俺のために……?」
「当たり前だ。じゃなきゃ、どうしてこんな縁もゆかりもないクソ田舎、好き好んで行くか!!」
……そこまで言わなくてもいいと思うけど。
「まあ、それは冗談としても、私は、おまえには返しきれないほどの恩があるんだよ」
恩?
「そうだ」
ブルーは頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「覚えてるか?私達が初めて会った日のこと……」
もちろん覚えている。忘れるわけがない。だって、こいつは……。
養成学校に入った当初から成績優秀で、周りからは一目置かれていたブルー。かくいう俺も、初めのころは、近寄りがたい存在だと思っていた。
それが少し変わったのは、ブルーが、いつも昼休みになると誰もいない裏庭まで歩いて行って、ひとりきりで弁当を食べていることを知ってしまったからだ。
こいつ、どうしていつもひとりでいるんだ……?
ひとりが好きな人間なんていない。
いや、たまにはひとりになりたいときだってあるだろうけれど、それにしても、こいつのひとりでいる回数は多すぎる。もしかして、仲間に入りたいけれど、そう言えないだけなんじゃないか……?
そう思った俺は、勇気を出して、その『雲の上』の人に声をかけてみた。無邪気に缶コーヒーなんか差し出したりして。
「あのさ。もしよかったらだけど、俺も一緒に飯、いいかな?」
あの日のことを思い出しながら、ブルーは、はにかんだように言う。
「勉強は得意だけれど、友達付き合いが苦手で、いつも孤独だった。本当は寂しいくせに、その気持ちに蓋をして、私には勉強という友がいるんだから、なんて言い訳を考えたりもしていた――初めてだったんだよ、そんな風に声をかけてもらえたのは」
あの出来事がきっかけで、俺たちは唯一無二の親友になった。
「おまえがあのとき、声をかけてくれていなかったら、私は、いまでもガリベンの根暗野郎のままだったと思う。おまえのおかげで、私は変われたんだ。友達付き合いするのも悪くない、ここから一歩踏み出してみようって、そう思えるようになったんだよ」
知らなかった。まさか、そんなことまで考えていたなんて……。
「で……イエローの処遇だけど、どうする?」
急に話題がイエローの話に戻ったので、俺は面食らった。そうだな……。
「いいんじゃないか?また一緒に戦おうぜ」
ブルーを、そして、イエローのほうを見ながら言う。ふたりとも目を丸くしていた。
「正気か?奴は、私達の情報を敵に売っていた裏切り者だぞ?」
「そうだよ……!僕……ずっと君たちを騙していたのに……!」
ふたりの反応は当然だと思う。でも俺は、3人で力を合わせて戦っていたときの『熱い気持ち』を忘れてはいなかった。
「イエローが裏切ったとか、そうじゃないとか、正直、俺にはどうだっていいんだ。俺はいつだって、イエローのこと、もちろんブルーのことも、大切な『仲間』だと思っている。俺たち3人なら、この先、どんな敵だって倒せるんじゃないかって、そう自負しているんだよ」
特製のスマイルで笑いかけてみせると、ブルーとイエローの目に、涙があふれたのが見えた。
「レッド……やっぱり、おまえはおまえなんだな」
「信じられない。僕のこと、まだ『仲間』だって思ってくれてるの……?」
「当たり前じゃないか。初めて会ったときに感じた。君は、本当は心優しい人間なんだよ」
「全部、嘘なのに」
「それがなんだっていうんだ。俺は、俺の心が感じたものを大事にしているんだ。それとも、イエロー、おまえは、3人で力を合わせて戦ったあのときの気持ちも全部嘘だったというのか!?」
少し考えたあとで、イエローは、嘘じゃない、と言った。
「僕も、君たちと一緒に戦ってきて、すごく楽しかった。それは嘘じゃない。嘘じゃない、けれど……」
「けど、なんなんだ?」
「……僕は、心優しい人間なんかじゃない。ずるくて、臆病な、他人の顔色を窺うだけの卑怯者だ。そのためにはどんな嘘だって吐く。嘘泣きだって。でも、だけど」
イエローは小さな声で、変わったんだ、と続ける。
「君と出会って、そんな気持ちがほんの少しだけ変わってきた。君が、あまりにもまっすぐで正直だから。君の前では、僕も、正直でいなきゃっていう気持ちになったんだ」
だから言わせてもらう。そう言って背筋を伸ばしたイエローは、その場で大きく息を吸い込んだ。
「そうだよ。僕は敵の一味のスパイだ。いや――スパイだった。その事実は否定しない。当たり前だ。じゃなきゃ、どうしてこんな縁もゆかりもないクソ田舎、好き好んで行くか!!」
「え。えぇえーーー!?」
ひどい。なにもそこまで言わなくても……。
「ま、確かに特別な理由がなかったら、わざわざこんなクソ田舎に行こうとは考えないよな」
ブルーまでなにを言っているんだ。クソ田舎、クソ田舎、って。その豊かな自然を守るのが俺たちの仕事だろう!?
「そうそう。こんなクソ田舎に、ね」
おい。だからクソ田舎って言うな!!
「でも、まあ、そんなクソ田舎の平和を守るのが、私達の仕事だからな」
「なかなかやりがいのある仕事だよ。クソ田舎の平和を守る、ってのも」
うるさい。さっきから、ふたりとも、俺の反応を見て楽しんでいないか!?
「クソ田舎に生まれ育って、クソ田舎を愛する親友のことが、私はたまらなく好きなんだよなあ」
「クソ田舎のことしか考えていないまっすぐな人間だからこそ、これからも『仲間』でありつづけたいって思えるんだよなあ」
なんだよそれ。
そんなん、反則だろ。
それで、どうなったかって?
もちろん悪の組織は倒したさ。
イエローお得意の『裏切り』で、筒抜けになっていた情報を見事ひっくり返して、俺たちの仕掛けた罠にまんまと引っかかった敵のボスをコテンパンにしてやった。作戦を考えたのはブルーだ。やっぱりブルーは頭がいい。
俺?俺は……。
「知らなかったよ。こんな1時間に1本しか電車が来ないようなクソ田舎、あってもなくても変わらないって思っていた。高いビルもマンションもない、デパートやショッピングビルだってない。いっそのこと、隣町に吸収されてしまえば、もっと大きくなって住みやすくなるって、そう思い込んでいたんだ。でも、それが間違いだったな。山があって海がある。豊かな自然に囲まれて、人々が平和に暮らしていけること――それ以上の幸せなんてないんだな」
ボスの瞳から、ツーッと一筋の涙が伝う。
「どうか、私を、貴様らの仲間に入れてはくれまいか」
俺は、もちろん、満面の笑みで頷いた。
「名前は?」
「……ノワール。私の名は、ノワールだ」
「それじゃあ、ノワール、これからもよろしくな」
ボス――改めノワールと俺は手と手を握り合い、熱い抱擁を交わした。
そんな俺たちを見ながら、ブルーがぽつりと言う。
「でも、4人ってなんかバランス悪いな……」
4。偶数。割り切れる数。確かに、ポージングのときなどは、2対2でバッサリ分かれてしまう。4というのがまた、日本語では『死』に直結する音というのがよろしくない。
「じゃあ、やっぱり今のナシで」
俺が言うと、当のノワールが思いっきり突っ込んだ。
「なんなんだよ!!」
ふむ。なかなかのキレのあるツッコミだ。俺たち3人だけだった『仲間』に、新しいスパイスが加わって、これはこれで楽しい毎日が送れそうである。
ノワール……もちろん、ブルーとイエローも。
これからもよろしくな。