1章 希望の光
ここから本編が始まります。
第1章では、主人公ノアの誕生から幼少期を描きます。
家族や使用人に囲まれ、温かな時間を過ごすノア――その姿はやがて来る試練との対比となっていきます。
リュヴェール家に新たな命が誕生した。
それは春の訪れを告げる柔らかな風が、セリダールの地を撫でた朝のこと。
領主館に響き渡った産声は、長年待ち望まれていた未来への希望そのものだった。
医師「無事に……無事に生まれました!」
侍女「男の子です! とても元気な赤ちゃんです!」
その言葉に、館の中にいた者たちは歓声を上げ、涙を流した。
リュヴェール家では長らく子が生まれなかった。
当主ユリウスと妻エレーナは、幾度もの喪失と絶望を乗り越えて、ようやくこの日を迎えたのだ。
ユリウス「……ありがとう。ありがとう、エレーナ……」
エレーナ「この子が、私たちの希望……」
エレーナの腕に抱かれた赤子は、すやすやと眠りながらも、口元にかすかな笑みを浮かべていた。
それからというもの、リュヴェール家には笑顔が絶えなかった。
ノア――そう名付けられたその子は、春を告げる陽だまりのように、周囲の心を温かく包み込んでいった。
侍女A「坊ちゃまが、また笑っておられます! まあ、なんと愛らしい……!」
使用人B「今日は私が抱っこを……! ほんの少しだけで構いませんから!」
日々の世話は取り合いになるほどで、使用人から家臣に至るまで、皆がノアに目を細めていた。
誰もがこの子に未来を見ていた。
ヴェイル「……坊ちゃま、お手を。はい、よくできました」
執事長ヴェイル=クロードもまた、ノアの成長を静かに見守っていた。
かつては名を馳せた冒険者であり、幾多の戦場を渡り歩いた経験を持つ。
今では屋敷を取り仕切る執事長として、冷静沈着かつ厳格に振る舞うのが常だった。
だが、幼いノアの前に立つときだけは、その硬い表情がわずかに崩れる。
無口でクールな彼が、口元にかすかな笑みを浮かべる姿は、周囲にとっても珍しい光景だった。
やがて一歳。よちよちと歩き始めたその姿に、館は祭りのような賑わいを見せた。
侍女A「坊ちゃまが! 歩きましたわ!」
ユリウス「……本当に、よく育ってくれているな」
エレーナ「この子の未来が、光に満ちていますように……」
二歳になると、拙いながらも言葉を話すようになった。
ノア(幼児)「まま」「とと」「ヴぇーる」
その声を聞くたび、大人たちは涙を浮かべ、笑い合った。
三歳の誕生日。庭園のささやかな祝いの席で、ノアは一輪の花を母に差し出す。
ノア「まま、きれい……」
エレーナ「まあ……ありがとう、ノア。あなたも、とてもきれいよ」
ユリウスはその光景を見つめながら、心の奥に決意を灯した。
ユリウス(心中)(この子の未来に困難が待ち受けていようとも……父として、必ず守り抜く)
四歳になる頃、ノアはさらに成長を見せ始めた。
庭で拾った花びらを机に並べ、文字の真似事をしてみせたのだ。
ノア「これは……ぼくの、なまえ!」
エレーナ「まあ! なんて賢い子でしょう……!」
ユリウス「ふむ、観察力もあるな。まるで学者のようだ」
その姿に、普段は滅多に驚きを見せないヴェイルでさえ、静かに感嘆の声を漏らした。
ヴェイル「……恐れながら、若君は、ただ者ではございませんな」
五歳の誕生日。館の広間には小さな宴が開かれた。
ノアは元気いっぱいに走り回り、皆へ無邪気な笑顔を振りまいていた。
ノア「ぼく、みんなのこと、だいすき!」
その一言に、侍女も使用人も涙をこぼし、広間は温かな空気に包まれた。
エレーナ「あなたは、本当に光そのものね……」
ユリウス「ああ。ノア、お前がいてくれるだけで、この家は救われる」
ノアはまだ知らなかった。
自らが没落寸前の家に生まれたことも、やがてその名を背負い歩む運命も。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第1章は「希望の光」というタイトル通り、ノアの幸せな始まりを描きました。
次回からは、成長したノアが学びの第一歩を踏み出していきます。
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