第二話
ダンジョンを食い扶持として生きる者は大きく分けて二種類。
ひとつは〝ダンジョン探索者〟、これはひたすらに深層部を目指し邁進する猛者共。
モンスターの素材、新種や生態系の情報を記録しダンジョンへの理解を深めるための研究者気質の者が多い。
中でもとりわけ情報記録へと熱心な者は〝編纂者〟と呼ばれる。
もうひとつは〝ダンジョン配信者〟。
言葉の通り、ダンジョンに潜る様子をSNSを通じて世界へ直接届ける役割を持つ。
こちらはどちらかと言うとダンジョンそのものでなく容姿や戦闘力を武器に投げ銭を食い扶持とする者が多い。
そしてそんな彼らを総じて"潜行者ダイバー"と呼ぶ。
能力によってどうしても差はできるものの、彼ら潜行者ダイバーは国家機関により様々なサポートを受けて生活をしている。
なんせダンジョンというまだまだ未知に包まれている場所の調査を行ってくれるのだから。
しかし、それはダンジョンから生きて帰り、調査の進捗を報告し、しっかりと報酬を受け取るという一連の流れを踏んだ者だけだ。
〝ダンジョンに閉じ込められた〟、そんな人間がそういった保護を受けられるはずもなく……。
「ゆーらちゃんっ!遊びに来たよっ!」
今日も今日とて流路図を書いては実践しをひたすら繰り返す地道な試行錯誤の最中、響ゆらの耳に飛び込んできたのは語尾に音符が付きそうなほどの明るい声。
「……なんだ、もうそんな時間か。今日は何を持って来たんだ?鈴音すずね」
振り向きながら名を呼んでみれば、ぴょこぴょこと小石が羽越えるように駆け寄ってくる薄紅色のツインテールが特徴的な少女。
フリルの多いローブを身に纏う姿は最早コスプレの域だが、本人は至って真面目に着こなしているのだから面白い。
「美少女風魔法使いの鈴音ちゃんですよ~、会えてうれしいでしょ~?」
「ハイハイ可愛い可愛い。んじゃ、さっさとブツを寄越しな」
「えぇ〜、もうちょっとこう、『感動の再会!』とかないの? 〝よくぞ来てくれた、我が親友よ〟みたいなさ〜」
「……基本三日に一回は会うんだから感動もクソもないだろ」
呆れ混じりに手を差し出すと、鈴音は口を尖らせながらも肩掛けバッグからゴソゴソと包みを取り出した。
「ほいっ。まずは中級魔核コア、あと氷属性の魔導書……それと~……」
「また色々漁ってきやがったな……」
「リアルラック高めの鈴音ちゃんですから~宝箱開けるたびに中々良いモノが出てくるんじゃよ~」
「他の潜行者ダイバーに言ったら夜道で背中からイかれそうなこと言いやがった……」
「こんなカワイイ鈴音ちゃんを襲ったらリスナーの皆が大暴れしちゃうぞ~」
「マジでそうなりそうだから気を付けろよ……?」
というのもこの少女、新谷あらや鈴音すずねはトップクラスのダンジョン配信者の一人なのだ。
優れた容姿もさることながら高い魔法の実力で日本国内では知らぬ者はほぼいない程の知名度を誇る。
そんな彼女と響が出会ったのは約三か月前まで遡る。
その日は珍しく、上層にて大きな魔力渦まりょくうずが確認された。
魔力渦とは謂わば空気中の魔力が何かしらの原因により渦潮状に動き始めることを差す。
まだまだ不明点の多い現象だが、わかっていることもいくつかある。
まず、魔力渦が起きるのは魔力濃度の高い場所であること。
そして、魔力濃度が上がると魔物モンスターが生まれる。
つまり、魔力渦が起きているということはじきにモンスターが発生するということだ。
しかも今回発生した渦は相当大規模なものであったため、下手をすれば龍種などの強力なモンスターが生まれる可能性があったため、周辺の潜行者ダイバーには緊急退避が命じられた。
周囲は慌ただしく、浅層の中継拠点には続々と避難してきた潜行者ダイバーたちが押し寄せていた。
だが──そんな中、ひとりだけ逆方向へ進む者がいた。
そう、鹿威 響だった。
「……誰もいないうちに、あの実験だけは済ませておきたい」
狙っていたのは、魔力濃度の高まりによって一時的に〝魔力流路の変質〟が起きるという現象。
それを自身の〝無属性流路〟に通せば、通常では再現不能な魔法パターンが実行可能になる可能性があった。
もちろん、周囲の者に見られるわけにはいかなかった。
それは単に危険だからというのもあるが、一番大きいのは"自身の魔力操作"を他者に見られることを危惧してのこと。
この時点で既に幾つかの属性魔法を再現することに成功していた響の魔力操作、それは間違いないく世界で見ても上澄み中の上澄みに位置する。
そんなものが人目に触れたらどれ程の騒ぎになるかわかったものじゃない。
というわけで、響は常時〝隠密魔法〟を行使することで他者との関わりを絶っていた。
魔法は同じ魔法でも使い続ければ徐々に使用者の身に馴染み、少しずつ強くなる。
TSしてからの数ヶ月、睡眠時を除き常に発動されていた隠密魔法はもはや並大抵の看破魔法では見破れない領域に達している。
故に響がすぐ傍を駆け抜けすれ違おうとも、他の潜行者ダイバーに気付かれることは無い。
ある一人の〝例外〟を除いて。
「ちょ、ちょっと!危ないよ!!」
人群れの中を駆ける響の身体がふわりと持ち上げられた。
「……!?」
響は突然の事に空中でジタバタと手足を振り藻掻く。
「びっくりしたなぁ……魔力渦に近付くのはダメだよ〜」
気抜けするような声で言う少女を響は警戒心を込めた眼で睨む。
「……お前、俺が見えるのか」
「見えてるから君を止められたんだよ〜でも、気を抜くと見えないねぇ……君、何者?とんでもない隠密魔法だ」
先程までの気の抜けた雰囲気が一変し、少し低い声色で響に問う。
「……何者でもいいだr」
「良くないから聞いてるの。これ程の使い手、しかもこんな可愛い子、見たことないし♪」
「……とりあえず離せよ、チンタラしてたら魔力渦が消えちまう」
「ダメでーす、そんな危ないこと見過ごせませーん」
「ウゼェ……仕方ないな」
「んー?なにかするつm「魔法解除ディスペル」……ッ!?」
響は少女の言葉を待たず、魔法解除を発動。
途端に響の身を包んでいた風が霧散し、重力に従い着地した。
「マジか……(起こりが全くなかった、どんな魔力操作してんのよ、この子)」
「心配してくれたことには感謝するが、大きなお世話。ありがた迷惑というやつだ」
「酷い言い様だねぇ……まぁいいや、それじゃせめてさ目的を教えてよ」
「魔法の研究、以上」
「そのために魔力渦に近付くわけ?下手したら死ぬよ、あの大きさは」
「ふん、どうせ社会的には死んでんのと変わらん。今更だ」
「……!ねぇ、それどういう意味?」
「これ以上無駄口叩いてる暇は無い、じゃあな」
「あっ、ちょっ!!……行っちゃった」
小さい不思議な魔法使いと少女の邂逅はこうして終わった。
ーーその後、無事魔力渦の調査解析を行ったものの、特に収穫もなく時間は過ぎてしまった。
「チッ、大した成果は無しか。魔力流路の変質もあるにはあるが、あまりに微々たるもの。魔力渦による流路への影響は渦の規模によって変化するらしいが、このレベルの魔力渦でこの程度の変化なら属性が変わるレベルの変質を起こすための魔力渦はそれこそ日本丸ごと飲み込むくらいの規模でやっとって所か。これじゃ魔力渦を利用しての属性流路の確保は無理筋だな……ハァ……」
ブツブツと言いながら小さな歩幅で歩く響。
彼女の背負うリュックには今回の魔力渦で発生した魔物の素材、戦利品が詰め込まれていた。
「まぁ、地竜の魔核コアが手に入ったので良しとするか……ん?」
溜息混じりに言うと、遠方より近付いてくる気配を感じ取った。
「居たぁ!!」
そんな声とともに響の前に現れたのは、先程響を引き止めた少女であった。
「お前はさっきの……」
「美少女風魔法使いの鈴音ちゃん参上だ〜よ!」
「ウルサ」
「さっきも思ったけど、結構酷いよねキミ」
「……んで、今度はなんの用で?」
「あ、誤魔化した。まぁいいや、なんで来たのかっていうとねぇ、キミが心配だったからだよ〜」
「へぇ……心根が綺麗なことで」
「それほどでもあるよ〜」
「あるんだ……」
「そりゃ美少女風魔法使いですから」
鈴音と名乗った少女は、ドヤ顔をしながらそう言った。
響は『調子狂うな……』と小さく呟きながら頭を振った。
「とりあえず、気持ちはありがたく受け取っておくよ。でも大丈夫、俺の心配なんてしなくていい」
「それ、信じると思う〜?キミみたいな小さい子がひとりでダンジョンに居るのも心配だけど、あの規模の魔力渦に〝研究の為〟とか言って突っ込んでいくの見てんだ私は〜」
ジト目で睨みながら言う鈴音に、響は居心地悪そうに眉を顰めた。
「……もしかしてキミさ、ワケあり?」
「……これでもかってくらいな」
「ふーん……じゃあさ〜私と組まない?」
「…………は?」
「フフ、とりあえず場所変えよ。人が増えてくるからさ」
鈴音はチラリと目線を移しながら言った。
響はそれにつられてその方へ目を向ける。
その先には仲間たちと何やら話しながらこちらへ向かってくる潜行者ダイバーの一行が見えた。
「……そう、だな」
「んじゃ、行こっか。キミ、どこか隠れられそうなとこ知ってる?」
「……こっち、着いてきて」
「はーい」
二人はそそくさとその場を後にした。
向かったのは響の住処だ。
ダンジョンの中を進んでいき、ある地点に着いた。
周りを見渡してみてもそこにあるのは洞窟の壁、壁、壁。
不思議そうに辺りを見回していた鈴音。
「うーん?何かあるの?」
「少し待ってな。……魔法解除ディスペル」
響が壁に手をかざし短く唱えると、壁が小石を投げ込んだ水面のように歪み、狭い隧道トンネルが現れた。
「隠蔽幻覚魔法ハイドミラージュ……!」
「……へぇ、知ってるんだ。ほら、入りなよ」
「あ、うん……お邪魔します……」
そうして二人は狭い道を進んでいく。
若干雑な締めですが、一旦第二話はここまでとします。
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では次回をお待ちください。
(・ω・)ノシ