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第一話

 そこはとあるダンジョンの一角。

 壁をくりぬき突貫で作られた簡素な造りの部屋。

 蟻の巣のように枝分かれしたその空間の一室、少女が魔導書片手に鍋をかき混ぜていた。


 ぱちぱちと焚き火の音。

 鍋の中からは、じんわりとした香草の匂いが立ちのぼる。

 食材はダンジョン内で拾ったものばかり。

 魔物の肉にキノコ、根菜類、そして最後に岩塩をひとつまみ。


「どれどれ……うん、美味い!」


 手作りであろう木製のスプーンで、鍋を掬い口に運ぶと満足そうに呟いた。


 見た目は年端もいかぬ少女。

 顔立ちは整っているが、華奢な手足と丸みのある頬が、年齢を一層幼く見せている。

 だがその中身は、半年ほど前までは齢二十五の成人男性であった。


 鹿威(ししおど) (ゆら)。元・男性。現・少女。

 ダンジョンの下層で発見した魔導書に記された未知の術式を興味本位で発動させてみれば、まさかのTS。

 しかも見た目年齢は女子中学生と来た。


 まぁ、ここまでならある種ありがちなトラブルと言えなくもない。

 魔法とは元来、未知に飛び込む行為であるのだから、小さなミス一つで簡単に命を落とすこともある。

 それを鑑みれば、命あるだけ万々歳……といいたいところだが、問題はそこからだった。


 ──戸籍が、使えなくなったのだ。


 顔、指紋、網膜、声紋、体格、そして魔力流路。

 "氏名"以外の国家が個人を識別するうえで必要とされる要素が、"別人"といえるほどに変わってしまっていた。

 

 自身の性別が反転したことを認識してすぐに、管理局に向かった。

 だが――待っていたのは、けたたましい警告音と警備ゴーレムによる拘束命令。


『身元不明者発見!規則ニヨリ、セキュリティレベル3ニ分類シマス!』


『ナリスマシニヨル虚偽申告ノ疑イ。強制退去処理ヲ実行シマス』


 問答無用だった。

 身元照会も、魔法記録の提示も、声を荒げる隙さえも与えられなかった。


 冷たい金属の腕に拘束され、魔力妨害結界の中へと押し込められる。

 まるで犯罪者だ。いや、それ以下の“無資格存在”というわけか。


 数時間後、響は身一つでダンジョンの入り口付近へと放り出されていた。


 通信端末はアクセス制限。

 身分証は無効化。

 口座も凍結、生活基盤すら丸ごと消し飛んでいた。


 ――その日から、響はこのダンジョンに“閉じ込められる”こととなった。


 もちろん逃げ道はないわけではない。

 名前を偽り、偽造身分証を使えば、地上での生活はある程度可能かもしれない。

 だが、それを選ぶ気にはなれなかった。


 他人になりすましてまで、元の生活を取り戻したいとは思えなかった。

 何より、この奇妙な変化を“正しく理解すること”が、彼女にとって最優先だったのだ。


 それに――


「ここなら……誰にも邪魔されずに、研究ができる」


 焚き火の前で、そう呟くと、響は魔導書のページをめくった。


 数ヶ月にわたる自炊と探索調査によって、ようやくダンジョン内に安定した住居を確保した今、しがらみの多い社会へと戻る気もなくなっていた。


 それに、とある"協力者"のおかげで物資の換金及び調達も可能となった。


 外の街での直接取引こそできないが、定期的に必要な物資を受け取り、代わりにダンジョン産の素材を渡すという形だ。


 響が行っている研究とは、無属性流路による他属性魔法の行使についてだ。

 

 魔法には炎、水、雷、風、土の五大属性とはぐれ者の無属性の合わせて六属性がある。

 炎や水などの五大属性は分かりやすく、それぞれ冠された現象に強い属性だ。

 対して”無属性”とは、魔力流路こそ存在するものの五大属性のどれとも合致せず、尚且つ流路の細さ故にほとんどの魔法が使えない、云わば『無能』の属性。

 発動すらままならないために器用貧乏にすらなれない役たたず。


 そして響はその無能の烙印である無属性の流路をもって生まれた。

 無属性が行使できる魔法といえば初級汎用魔法のサーチや看破系などしかなく、戦闘に有用な身体強化系などは基本失敗に終わるのが常。


 そんな無属性を旅団(パーティー)に迎えてくれる物好きなどそうそう居るはずもない。

 そういった逆風の中、響はダンジョン探索をソロで続けてきた。


  旅団(パーティー)募集掲示板に"無属性"と書けば、その時点でフィルターで弾かれる始末。

 ギルドでの扱いも冷たく、依頼を請け負おうにも斡旋されるのは低ランクの採取や小型討伐程度。

 レイド任務など臨もうとすれば真正面から「身の程を弁えろ」と言われる。

 それでも響は、ひとりでダンジョンに挑み続けた。

 命がけの探索のたびに、魔物の死体から肉や素材を漁り、時には罠にかかって満身創痍で這い戻ることもあった。


 どれだけ蔑まれようが、どれだけ無能と罵られようが、

 それでも“ここでしか見つけられないもの”が、きっとあると信じていた。


 ひとりで潜るダンジョンは、いつだって危険と隣り合わせだ。

 それでも――自分の存在価値を証明するため、今日も響は生き抜いてきた。


「……結局、最後に頼れるのは自分だけ、か」


 独り言が、焚き火の小さな音に溶けていく。

 ノートには、今日もびっしりと新たな流路図と魔法発動の失敗記録。

 血や泥で汚れたページも、響の人生そのもののようだ。


 “無属性”は無能だと決めつけられてきた。

 だが、魔力流路を突き詰めて観察し、制御し、形を変える技術が本当に不可能だと、誰が証明したというのか。


 生まれ持ったコアも流路も、確かに五大属性には劣る。

 けれど――

 “無”であることは、“何にもなれない”という意味ではなく、

 “何にでもなれる”余地が、ほんのわずかでも残されている証なのかもしれない。


 響はそう信じていた。


 火花が弾ける。

 ――魔法は、またもや失敗。けれど、それでも。


「……次こそ、もう一歩、近づけるかもしれない」


 孤独な少女の瞳には、希望という名の執念が、まだ消えずに灯っていた。



ここまで読んでくださりありがとうございました。

少しでも面白いなと思ってくれましたら、時々でいいので見に来てやってください。


もしよければ、下の方にある【☆☆☆☆☆】で応援よろしくおねがいします、励みになります。

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