第7話 ボクの名前は会沢旬
「会沢君なにやってんるんだろう……?」
僕はソラの耳元で囁く。
「さぁな? 駆け寄りたいのはやまやまなんだけど……。今、会沢に近づくと俺たち絶対白い目で見られるよな?」
「……確かに。ここは化掃士になる生徒たちの集まり場だからね。下手したら4月から始まる化掃士生活に支障をきたすかも……」
「そりゃまずい。俺のモテモテ化掃士生活が危うくなっちまう」
と、言いつつも僕とソラの心は決まっていた。会沢君は訳の分からない言葉を延々と呟いている。僕らは赤い絨毯を駆け、会沢君に歩み寄る。
「おーい、会沢! 大丈夫か?」
「なにかあったの?」
会沢君は、僕らの言葉に気づいたらしく、演劇臭い身振りを止めた。
「やぁやぁ君たちか」
会沢君はそう言うと、僕とソラの顔を交互にじっくり眺めた。
「やはり、君たち2人《《は》》合格したようだね。おめでとう」
会沢君はさも当たり前のように話した。僕たちのどこか気の緩んだ態度と、それでいて覚悟を決めた眼差しから察したらしい。天然の会沢君でも友人の状態を的確に察する洞察力は凄まじいと改めて痛感する。それはそうと、僕は会沢君の気掛かりな発言が引っかかっていた。
「それはそうなんだけど……『君たち2人《《は》》』ってどういうこと?」
「言葉の通りさ。僕は、今日受けた化掃士選別試験に落ちたんだよ。Fail the examってわけさ」
サラサラした金髪をかき揚げ会沢君は堂々と述べる。予想外すぎる会沢君の回答に僕は返す言葉が見つからなかった。会沢君はジョークどころかこの手の悪い冗談は決して言うタイプではないので、彼の発言は真実と受け取って間違いないだろう。ソラも会沢君の性格を把握しているので僕と同じくたじろいでいた。
「ちょ、ちょっと待て会沢。お前、特待生じゃねぇのかよ?」
「ボクレベルになると特待生でも落ちるぽいね」
「おまえな~」
ソラは呆れを通り越して怒りを覚えていた。それは僕も同じで、特待生である会沢君が落ちたことに納得していなかった。そんなこんなで言い合っていると、会沢君の周囲に集まっていた人間は少なくなり、各々の会話に気を向けていた。そんな中、野次馬と引き換えに一人の男性が僕たち三人に近寄ってくる。男は40代くらいの細っそりとした男で、黒縁の眼鏡かけ、どこか気の弱そう顔をしていた。そして、脇には大きいめの端末を抱えていた。スーツに身を包んだ服装からみて本部の人間であろう。男は息を切らしており、酸欠ながらも早速話題を切り出した。
「き、君、会沢旬君ですよね?」
男は会沢君の顔を直視した。会沢君はというと、普段見せないような厳しい顔で男を見つめている。
話の筋が全く見えないので、僕は男に要件を尋ねてみる。男は一瞬、怪訝な表情を作ったものの、理解者が欲しいらしく徐ろに語り始めた。
「……な、なるほど」
男は簡潔に話をまとめて僕らに伝えた。どうも男は会沢君を担当した面接官らしいのだ。かなり急いで駆けつけたらしく、話し終えるやいなやハンカチを取り出し顔の汗を拭った。
そして、話の結論から話すと、原因は会沢君の方にあるようだった。男の話によると、面接は一対一で行われ、男はA室を担当していたらしい。定刻通り会沢君はA室に入室し、男は会沢君に向かって事務的に名前の確認した。そこで事件は起こったのだ。
「君は《《あいさわじゅん》》君であっているね?」
試験官は、名前を間違えたのだ。それを聞いた会沢君は何を思ったのか激昂したと言う。
「き、貴様! ボクの名前は会沢旬だ! 名前を間違えるなど許せん! さてはボクを貶める秘密結社だな!」と叫んだらしい。名前を間違えることが会沢君をどう貶めることに繋がるのか甚だ疑問だが……。そして、あろうことか会沢君は面接官に襲いかかったという。
「キュウィン!必殺!会沢旬ウルトラシャイニングキック!」
会沢君は面接用の椅子からジャンプし宙を舞、男の腹目掛けて飛び蹴りを放った。見事、必殺技は男の腹に命中することとなる。流石に隕子と理は使っていなかったらしく、男は無傷で済んだらしい。
「悪党ども今日はこの辺にしといてやる。ハッハッハハー」
「うぐっ……なんてことをするんだ! 君は不合格だっ!」
男は声を荒げた。会沢君は正義のヒーローさながら面接室を後にし、今に至るという訳だ。
男は会沢君の後に控えていた数人の面接を終わらせ、会沢君が演劇紛いなことをしているのを防犯カメラで発見しここへ駆けつけたのだ。
ここへわざわざ駆けつけた理由は、不合格は常識からみて妥当であるが、男はもう一度話し合いということらしい。その気持ちは僕とソラも同じだった。
「こちらからもお願いします。親友として会沢君にもう一度チャンスをください」
僕は面接官に向かって深々と頭を下げた。そして会沢君に目配せする。しかし、会沢君の頬は、説教された後の子供ようにぷっくり膨れていて納得していないようであった。
「やはり、人の名前を間違えるのは許せないんだ。両親に付けてもらった大事な名前だからね」
「それに関してなんですが……」
男は細々と呟くと、脇に挟んでいた端末の画面を僕らに見せた。それはどうやら会沢君の成績や個人情報等々が掲載された面接証であると一目で分かった。名前の欄のふりがなには「《《あいさわじゅん》》」と会沢君の筆跡で書かれていた。
「おめぇーがまちがってんじゃねーか!」
ソラは思わず会沢君の頭を叩く。
「ソラ君、君もこの悪党の味方なのか!」
会沢君は頭を押さえながらソラを見た。
「会沢、変な意地張らないで謝るべきだ。お前が自分で自分の名前を書き間違えたんだからな!」
ソラはいつになく真剣に怒っていた。会沢君は、ソラの怒鳴り声を聞き、はっと何かに気づいた素振りをみせると面接官の前に移動する。
「ソラ君、君の言う通りだ。ボクが間違っていたようだ。面接官、あなたの名前はなんですか?」
「……ぶどうです」
「《《ふどう》》さん!」
「いや、《《ぶどう》》です」
ソラはもう一度会沢君の頭を叩く。
「な、なにを……。ゴホン。ぶどうさんこの度はボクの未熟な性格のあまり、貴方のお腹にキックを……いや、《キュウィン!必殺!会沢旬ウルトラシャイニングキック!》をかましてしまい大変申し訳ありませんでした。会沢旬、大変に反省しております。どうかお許しいただけると幸いです」
(((キュウィン!必殺!も技名なのか……)))
ぶどう面接官はなんとも言えぬ会沢君の謝罪会見に気押されつつ返答した。
「いや、いいんだ。自分も勢いで『不合格』と叫んでしまったからね。今日の午後5時に面接の再試験をしようと思う。上も事情を説明すれば受け入れてくれるはずだ」
「いや、ボクは……自首棄権するつもりです」
僕たち三人は思わず会沢君を見た。
「ちょっと、折角の機会を無駄にするの? 会沢君」
「ふと、今までのボクの人生を振り返ってみたんだ。ボクは容姿端麗、お金持ちおまけに頭脳明晰だから欲しいものはなんでも手に入った」
((自覚症状はあるんだ……))
僕は「厨二属性を忘れるよ」と言いたくなった。会沢君は話を続ける。
「悩みとかないタイプだと思っていたけど、苦労せずになんでも手に入るのがボクの悩みだと気づいたんだ」
「おめぇー俺たちに喧嘩売ってんのか」
「ソラ君、君の滑稽さもかけがえのない個性だよ。大事にしたまえ」
「なんでえらそうなんだよ」
「えっと……じゃあ自首棄権として上に報告していいんですね?」
「いや、面接官に暴行を加えたことによる不合格ってことでいいです。化掃士として、いや起隕者として、いや人間として、いや生物としてボクは間違った行動をとってしまった」
回りくどいセリフを口にしながら、会沢君は真っ直ぐぶどう面接官を見た。
「君の気持ちは重々承知した。親御さんも納得してくれるんだね?」
「問題ないです」
会沢君はそう告げると、ぶどう面接官は僕らに一礼し、エレベーターへと向かって行く。
「まさか、会沢だけ落ちるとはな」
「人生って何が起きるか分からない、だから面白いんだ」
(まぁ、その意見はごもっともなんだけど……。会沢君の場合は少し違うような気もする)
あと、一つ疑問に思ったのは面接証は事前に登録してある起隕者カードとAIで照合し、ミスがある場合は警告してくれるはず。会沢君の綺麗な字からみて読み取れなかったってことはなさそうだ。まぁ、些細なミスだしAIが取りこぼしたのだと考えるのが妥当だろう。
「会沢、お前のことは未だによく分からんけど、ジュース奢ってやるよ」
(まさか……)
そう言ってソラは近くにある自動販売機に駆け、すぐ戻ってきた。
「おらよ!」
ソラは会沢君に缶のような物を投げる。僕の嫌な予感は当たりソラが買ったのは「等々力のGO!GO!プロテイン」だった。
「ありがとうソラ君。そしてトキ君も。ボクは出直してくるよ。君たちは《《あっち》》で待っていてくれ。ボクも直追いつく」
「ああ」
「うん!」
僕らは会沢君と握手を交わし、会沢君は大きく笑いながらゆっくりと僕らの元を離れていった。
「ハッハハハーハッハハハー……」
会沢君の人生は色んな意味で豊かで楽しいものなんだなと彼の背中を見て思う。
「あいつ方向間違えてね?」
「本当だ」
会沢君の向かっている先を見ると出口と真逆方向のエレベーターだった。会沢君はとうとう間違いに気づいたらしく、慌ててクルッと方向転換した。
「だせぇ(笑)」
「はぁ~」
僕は思わずため息をついた。今日は、色んなことが起こりすぎて、その全部を吐き出すようなため息だった。会沢君はロビーを横断すると外へ消えて行った。
こうして僕らの化掃士選別試験は、思わぬかたちで幕を閉じた。
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【結果】
日出刻-合格
字名空-合格
会沢旬-不合格
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