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第5話 化掃士選別試験②

———

【選別試験内容】

試験官頭上の風船を割る。

制限時間180秒。

———


 僕は合図と同時に地面を蹴り、相手に向かって真っ正面から攻め込む。そして左手に隕子を集中させ、能力———(イデア)を解き放つ。


僕思故僕在(アイアム)


 僕の能力名は《僕思故僕在(アイアム)》。(イデア)は《《人》》。つまり、人のイメージを能力にすることができる。一口に《《人》》と言っても分かりづらいが、理科室などにある人体模型がイメージとしては一番近い。

 起隕種(きいんしゅ)(アート)。起隕種は(イデア)の覚醒理由だから覚醒後の(イデア)には関係ないと思われがちだけど、それは違う。それは起隕種によって理型(イデアスタイル)が決まるからだ。起隕種・(アート)の場合、理型(イデアスタイル)偶然型(ランダムスタイル)になり三つの(スタイル)に派生という珍しい方式をとっている。そして、僕は理型(イデアスタイル)自体型(ボディカルスタイル)に派生され、読んで字のごとく自分の体を(イデア)のイメージに変化することができる。まとめると、僕の理型(イデアスタイル)は厳密には偶然(ランダム)だけど表面上は自体(ボディカル)となる。

 能力内容は、筋力と治癒の強化。さらに、四肢を伸ばしたり増やしたりできる。後者はまだ発展途上なので、身体機能の強化がメインの能力となる。


「《構築(ゲノム)強化(フォースアップ)》」


 僕が詠唱すると左腕はたちまち太く筋肉質に変化する。起隕者特性の学ランは伸縮性素材で作られているため、破れることはなく「ムチムチ」っと音をたて腕と共に肥大する。僕は腕を強化したまま相手に襲いかかる。すぐさま相手の身体が目の前に近づく。僕は相手の脚目掛けて拳を振るった。瞬間、「キュッ」という音だけを残し、男の姿は消えていた。そして一瞬の隙もなく激しい衝撃が右から襲ってくる。そしてそのまま(くう)を切り、何かに叩きつけられた感触が全身に伝わる。僕はなんとか立ち上がると、ようやく自分が相手の攻撃を受け、壁に吹き飛ばされたのだと理解する。


(……速いっ)


 僕は等々力試験官が予想以上に速い動きを見せたことに驚きを隠せなかった。それはあの体格からであろう。起隕者も一般人同様、体格は戦闘力に大きく影響する。

 例えば、若いオリンピック選手が起隕して起隕者になった場合と、よぼよぼの老人が起隕した場合とでは隕子量が同じ場合、戦闘力は前者が圧倒的に上である。身体能力や隕子量が貧弱な僕とマッスルボディーの等々力試験官では、(イデア)使用というハンデは無意味と()す。「筋肉野郎」の名も伊達じゃないというわけだ。起隕者に対して「筋トレをしろ!」は自分を強化する上で有効な手段の一つなのである。

 作戦では僕の小柄な体格を活かし下半身を攻め、相手が(ひる)んだ隙に風船を割るというものだった。しかし、あんなに速い動きをされては作戦は失敗したも同然。僕は思わず歯を食いしばる。


(僕の考えが甘かった……)


「マッスルマッスル! これがプロテインと筋トレの力だ!」


 等々力試験官は大声で叫ぶと、ボディービルダーが取るようなポーズで僕を煽った。

 僕の攻撃をカウンターすることはあっても向こうから攻撃を仕掛けてくることはなさそうだ。それは現状から見て間違いない。しかし、じっとしていては意味がないことを自分が一番理解している。こちらから攻めない限り風船が割れることは決してないのだから。僕は残り時間を確認する。ストップウォッチは「129」と表示している。残り二分ちょい。もう三分の一が過ぎたと思うと長いとは言えない。


(考えろ! 考えろ! なんとかして突破口を見つけないと!)


 僕は数秒思考を巡らせ部屋のあちこちを一瞥(いちべつ)する。残り時間125秒。僕は、大きく息を吸う。等々力試験官は言葉で言わずともその顔はニヤリと微笑み「さぁ、来い!」と語っている。


「《 構築(ゲノム)強化(フォースアップ)》」


 今度は腕でなく、両足を強化した。そして地面を蹴り壁に飛び移る。足裏が壁に接地した瞬間、また壁を蹴り他の壁に飛び移る。そして壁を何回も蹴り返して、僕は部屋中を縦横無尽に駆け回った。脚の強化具合を少しでも間違えば速度が落ちる。僕はさらに集中し、目線は風船から離さなかった。僕は壁から壁へ飛び移りながらタイミングを見定める。相手が僕を見失う瞬間があるはずだ。その時を……。


(今だっ!)


 僕は膝を深く曲げ一気に伸ばし相手に飛びかかる。


(いける!)


「パンッ‼︎」


 甲高い音がだだっ(ぴろ)い部屋に鳴り響く。それが風船の割れた音ではないことを僕はもう知っている。僕は床に叩きつけられ、数十メートル先に立っている等々力試験官を見上げていた。よく見ると片腕がゴリラのように変化していて、元々太い腕はさらに太く、いかつくなっていた。以前として赤い風船は割れておらず、筋肉男の頭上に漂っている。


「いや~悪い悪い。ついつい(イデア)を使っちまったよ。こんな楽しいこと滅多にないからな! さあ、来い! まだ時間は残ってるぜ! マッスルマッスル!」


 等々力試験官は、黒い皮膚に覆われた腕で今日一番のマッスルポーズを決めて見せた。彼の腕とは反対に、僕の腕の骨はポッキリと折れていた。腕の回復に専念するのも一つの手だけど、そん暇はない。なにより回復に専念すると攻撃が疎かになる。今までよりさらに俊敏に動かないとあの筋肉壁(マッスルボディー)は崩せない。

 それに、腕が折れたのにも関わらず、不思議と痛みは感じない。おそらくアドレナリンの影響だろう。僕は、作戦が失敗した焦りよりも試験攻略の楽しさが脳内を支配していた。残り時間40秒。状況は絶望的。でも、こんなところで負けられないという信念が心の奥底で火花を散らす。


「《構築(ゲノム)強化(フォースアップ)》」


 僕は再び両足を強化し、さっきよりもさらに加速した。両腕が折れているため。体のバランスがとりづらい。痛みを感じないことが唯一の救いだった。残り時間8秒。もうこれがラストチャンス。


(今だっ!)


「《構築(ゲノム)拡張(オグテーション)》!」


 僕は両手を三メートルほど瞬時に伸ばした。指先が風船まで残り数ミリまで迫ったその時……僕の両腕は数倍の大きさを誇る筋骨隆々な腕によって、いとも簡単に薙ぎ払われた。アドレナリンが切れたのだろうか……激痛が僕を襲う。



 僕は仰向けになって寝ていた。目の前には、白い天井と等間隔に埋め込まれたライトが僕を眩しいほどに照らしている。そしてひたすら白が広がるその空間に赤いアクセントがひらひらと舞っていた。風船の切れ端だ。僕は、風船を割ることに成功したのだ。自分でも割った実感はなかったけど、成功したらしい。


「ピー」


 終わりを告げる大きな電子音が鳴り、僕を歓迎しているようだった。電子音の後、「バンバン」と大きな波動が伝わってくる。等々力試験官を見ると両腕をゴリラに変化させたまま拍手をしていた。もちろん頭上の風船は無くなっている。風船がないことで少しだけだけど、等々力試験官がまともな人間に見えた。


「おめでとう、日出少年! 文句なしの合格だ!」


「ありがとうござ……いててて……」


 僕が両腕に目線を向けると、何かを思い出したように等々力試験官の顔は青ざめた。


「あ……やっぱ、腕折れてる感じ?」


 僕は痛みを我慢しながら、にんまりした表情を送り返した。痛みと嬉しさで目頭には水滴が溜まっている。


「俺、絶対怒られるわ~」


 彼の発言は本当らしく筋肉男は、地団駄を踏んだ。


「俺の悪い癖がでちまったよ……。日出少年、救護係が今ここへ向かっている。もう少しの辛抱だ」


「わ、わかりました」


 僕の全身に重い疲れがのしかかる。身体を一ミリも動かすことができず、なんなら寝てしまいたいくらいだ。


「お疲れのところ悪いけど、確認してもいいかな?」


「《《さっき》》のことですね?」


「その通り」


 僕は相手の意見を求めて深く頷く。


「結論から言うと君が使った《構築(ゲノム)拡張(オグテーション)》は(ブラフ)だったわけだね」


「そうです。そもそもまだ使いこなしてないないですし……腕も折れてたので……」


 僕は再びボロボロになった両腕を労るように眺めた。


「その節は申し訳ありませんでした!」


 等々力試験官は改めて謝るとその場で土下座した。僕は大の大人が土下座するのを初めて目の当たりした。……なんと言ったらいいのだろう。等々力試験官の土下座は白い光に照らされ、美しかった。おそらく幾千もの修羅場を土下座で乗り越えてきたのだろう。(自社調べ)

 等々力試験官は顔を上げると優しい顔になり僕に語りかけた。


「正直あそこまで無茶をすると思わなかったよ、少年。伸ばした腕を薙ぎ払ったと思ったら腕は柔らかくて俺の打撃は見事にいなされた。そして君の顔が風船へ飛び込んできた訳さ。能力の不完全さと骨折をうまく利用した良い作戦だったよ」


 等々力試験官は白熱した試合を観たファンのように熱く語った。


「補足を一つ。実は、眉毛を強化して針のように尖らせました。ほぼ無意識ですけど……」


 僕は等々力試験官の顔を眺めながら眉毛をぴくぴく動かした。


「なるほど、そういうことだったのか。少しでも確率を上げるために……。全く面白いことをするもんだ」


 等々力試験官はとうとう(イデア)を解除し、腕を組んで関心しているようだ。


「怪我をさせたお詫びにもう一つ良いことを教えてあげよう。このR戦闘室で風船を割ったのは君が初めてだ。前者の七人は割ることができなかった」


「嬉しいですけど、流石に無茶しすぎましたね。でも、楽しかったです」


「だな! 俺も楽しかった。そして君は晴れて化掃士の一歩を踏み出したわけだ。接する機会も増えるだろう。これからは等々力試験官ではなく、等々力《《先生》》と呼びたまえ。」


 そう言いながら等々力試験官は腰を下ろし僕に握手を求めた。


「等々力先生、こちらこそよろしくです。あと、今は腕動かないですよ。誰かさんのせいで……」


 僕は皮肉を込めて呟いた。


「そうだった。すまんすまん。お詫びにお手製プロテイン一年分をプレゼントしよう」


「絶対いりません」


 等々力試験官は鍛え抜かれた肩を下ろし、残念そうな顔した。その顔を眺めていると、やがて瞼が重くなり僕は気絶するように深い眠りについた。




———

【名 前】日出(ひいずる)(とき)

【起隕種】(アート)

【 理 】(ヒト)

【理 型】自体型(ボディカルスタイル)(派生)

【隕子量】R2(ランクツゥー)(S(セグメント)())

【能力名】《僕思故僕在(アイアム)

———

———

【名 前】等々力(とどろき)(ごう)

【起隕種】(バイト)

【 理 】ゴリラ

【理 型】自体型(ボディカルスタイル)

【隕子量】R7(ランクセブン)(S(セグメント)(ソウ))

【能力名】《筋肉剛力等(マッスルゴリラ)

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