6.冒険者と手紙の謎
アッシュは持参した道具を広げ、紙の表面に慎重に薬品を塗布した。わずかながら反応が現れ、紙の表面に微細な粒子が浮き上がる。
「見ろ、これだ。」
手紙の一部に微かな赤茶色のシミが広がっていた。
「これは木材の香料に含まれる成分が染み込んだものだ。ここで書かれた証拠としては十分だろう。」
リリィは手紙を覗き込みながら、不思議そうに尋ねた。
「でも、それだけで倉庫だって断定できるんですか?」
アッシュは再び手紙をひっくり返し、裏面を指差した。
「いや、もう一つ証拠がある。この紙、よく見ろ。裏面に光にかざすと小さな水滴の痕が見える。」
リリィが手紙をじっと見つめると、確かに小さな斑点がいくつも浮かび上がった。
「これは…水滴?」
アッシュは頷いた。
「この倉庫の天窓を見てみろ。少し前に雨が降った形跡がある。水滴が木箱や紙に落ち、こういう痕を残すんだ。」
「じゃあ、この手紙はここで…!」
「そうだ。犯人は作り手をここで捕らえ、無理やり手紙を書かせた。そしてそれを店に運んだ。」
「何で犯人に書かされたって分かるんですか?」
アッシュは手紙を差し出し、リリィに一部を指差した。
「文字の線をよく見ろ。書き始めと書き終わりの部分が、妙に途切れ途切れだ。」
リリィが目を凝らすと、確かに文字の線が微妙に不自然で、途中で力が抜けたような箇所がいくつもあった。
「これは、手が震えていたか、書いている途中で躊躇があった証拠だ。」
「手が震えていた…?」リリィが眉をひそめる。
アッシュは軽く頷いた。
「恐怖や緊張で手が震えると、こういう文字になる。そして、ここに注目しろ。」
アッシュは手紙の縁を指差した。そこには、紙を強く握ったと思われる指の跡が薄く残っていた。
「この跡だ。紙を強く掴んでいた痕がある。普通、自分の意志で書くときにはこんなに力を入れない。誰かが強制的に書かせたと考えるのが自然だ。」
リリィが息を呑む。
「つまり、作り手さんは…」
「犯人に脅されて書かされた。」アッシュは静かに断言した。
「でも、手紙を店に置く必要があったのはなぜ?」リリィが問いかける。
アッシュは木箱に寄りかかりながら、仮面の奥で目を細めた。
「犯人が時間稼ぎをしたかったからだ。店に手紙があることで、騒ぎが起きるのは必至だ。警察や町の人間がまず店を調べ始める。その間に犯人は足を遠ざけられる。」
「そんな…」リリィが拳を握る。
アッシュは手紙を丁寧に折りたたみ、仮面越しにリリィを見た。
「だが、これだけでは終わらない。まだ何かヒントがあるはずだ。」
アッシュは倉庫内を見渡しながら、床に散らばる小さな木片や靴跡に目を留めた。
「これだ。」
彼はしゃがみ込み、床に付着した黒い粒を掬い上げた。
「この焦げたような粒は炭だ。だが、ここでは木材を焼いていないはずだ。」
「じゃあ…?」
アッシュは仮面の奥で冷笑を浮かべる。
「船だ。おそらく蒸気機関を使った小型の船。犯人たちの服に煤でも付いてたんだろう。」
リリィは息を呑んだ。
「つまり、犯人たちは船で逃げたんですね。」
「そういうことだ。さあ、次はその船を追いかける番だ。」