3.冒険者とリリィ
リリィは戸惑いながらも、何かを言いたそうにその背中を見送った。アッシュが扉を閉めると、店内の音が少しだけ大きく感じられた。彼が残した独特の存在感が、まるで何かを奪い去ったかのように。
リリィはテーブルに視線を落とし、まだ半分しか食べていないラパポテの皿をそっと指で回した。その行為は、彼女が自分の感情を整理しようとする無意識の仕草だった。
「あの人、何者なんだろう…?」
彼女はぽつりと呟いた。たった数分の会話だったが、彼の低く落ち着いた声や、仮面越しに見えた目の鋭さが脳裏から離れない。仮面をつけた冒険者など珍しいが、彼が纏う雰囲気は、もっと言葉にしにくい何かがあった。
そのとき、彼女の横を常連の客が通りかかった。「リリィちゃん、どうした?元気ないみたいだぞ」
「え、あ、なんでもないですよ!」
慌てて笑顔を作ったが、客が去るとまたすぐに深く考え込んでしまう。
数分後、リリィは意を決したように立ち上がった。彼が立っていた場所へ歩み寄り、そこに残るわずかな温もりを確かめるようにじっと立ち尽くした。
「なんで、こんなに気になるんだろう…」
つぶやきながら、彼がどこへ行ったのかを想像してみる。彼はただの冒険者と言ったが、リリィにはどうしてもそれ以上の何かがあるように思えてならなかった。
その夜、リリィは一人、店の閉店後の片付けをしていた。いつも通りの作業のはずが、今日は不思議と手が重く感じた。心の中に湧いた疑問や、アッシュへの妙な興味が、仕事に集中させてくれない。
ふと、厨房の奥に目が行った。そこにはいつも使われる調味料棚がある。リリィはラパポテの人気を支える特製ソースについて、ふと思いを巡らせた。
「あのソース、誰が最初に作ったんだっけ…?」
誰もがその味を愛しているが、その由来を知っている者は店の中にもいない。考えれば考えるほど、それが妙に不気味に思えてきた。
「あの冒険者も、このソースのことを探るのかな…」
リリィは知らず知らずのうちにアッシュを考えていた。何気ない仕草や低い声、仮面の向こうの表情に何が隠されているのか――それを知りたい自分に気づいて、顔が赤くなった。