プロローグ. 冒険者と幸福の味
影町――北の辺境に位置する、小さな港町。周囲を取り囲む雪山と、海風に揺れる古い家々が印象的だ。町の中心には、かつての星型の要塞――五芒星の砦が静かにそびえ立ち、今はその存在が人々の生活の背景に溶け込んでいる。
昼下がり、町の入り口にある石畳の道を、一人の男が歩いていた。
黒い外套を纏い、腰には細身の鞘を下げている。陽光を受けて微かに光るのは、真っ黒な髪。さらに瞳を隠すように装着された仮面が、ひときわ目を引いた。銀色の仮面は目元だけを覆い、まるで演劇の役者のような印象を与える。それでも、仮面の下から覗く彫刻のように整った鼻筋と端正な顎は隠しようがなく、無造作に歩いているだけで町の人々の視線を集めていた。
彼は足を止めると、仮面越しに町の様子を一瞥した。
「…静かに見えるが、見えないものが動いてる。」
低い声が風に紛れた。その声には冷静さと深い思考が宿っている。彼の名はアッシュ。長く放浪している冒険者だが、その素性を知る者は少なく、彼自身もそれを望んでいない。
彼はゆっくりと石畳を歩き出し、行き交う人々を観察する。楽しげに話す住民たちの笑顔、店の呼び込みの声――表向きは平和そのもの。しかし、アッシュの目は表面の平穏の奥に潜む不協和音を感じ取っていた。
「この町にも、何かある。」
仮面の奥で、切れ長の瞳がわずかに細まる。アッシュにとって、それは特別な直感ではない。ただ、この世界を旅する中で培われた「違和感」に敏感な嗅覚が、そう告げているだけだ。
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昼下がり。星影町の中心に位置する「ラッキーパイロット亭」は、目抜き通りの喧騒の中でひときわ賑やかな雰囲気を放っていた。大きな窓から見える満席の店内では、老若男女が笑顔を浮かべ、テーブルを囲んでいる。
アッシュは、片隅の席で「ラパポテ」を前に無言で座っていた。
赤いトマトソース、白いホワイトソース、そしてとろけるチーズソース――見た目はありふれたフライドポテトだ。しかし、一口食べた瞬間、異様な感覚が体を満たした。
「……ただのポテトのはずだ。」
仮面の奥で、眉が微かに動く。食べるたびに幸福感が駆け巡る。疲れが吹き飛び、体が軽くなるような感覚。
「妙だ。ただの味覚じゃない。」
もう一口食べた。これは確実に「何か」を感じる。魔法、あるいは何らかの作用が込められている。美味である以上に、不自然な幸福感があった。
店内を見渡すと、ほとんどの客が同じ「ラパポテ」を口に運び、どこか上機嫌に談笑している。アッシュは目を細めた。幸福感を操作する能力――これは興味深い力だ。仮面の下で目をすがめ、次の行動を考える。
初めまして、初投稿ですお手柔らかに