カレー作りの練習
ものすごく不安だ。
今日も晴弥のお母さん、残業でしょ? と当たり前のように言って来て、昨日と同じ流れで家にすでに居て、よぉーし! やるよ~! と一人やる気満々だ。
「じゃ、これ、見ながらやれ」
「何これ?」
とエプロンをしながら采月は晴弥に渡された物を見た。
「中辛? カレールーの箱?」
「その裏に作り方は書いてあるからな」
「この通りにやれってこと?」
「そういうことだ」
昨日の晩、すぐに晴弥の母が帰って来て、え?! 采月ちゃんがカレー作るの? 応援してるね~! みたいなやり取りがあり、どうしたもんかといよいよ逃げれる隙がなくなったと思えば、そういう策を講じてみたが。
「あのさぁー」
はぁ……と彼女は言う。
「野菜の切り方ってどうやるの?」
そうだよな……、お前はそういう奴だ。と晴弥ががっかりした所で采月は晴弥が用意した物を使って作り出した。
切る前に洗うということは覚えていたようで、できるよ~とるんるん声で言ったかと思えば、すぐにできない! と言う。
はぁ……はこっちだ。
「包丁で挑戦するのか?」
「うん! だって、その方がお? って思ってもらえるでしょ?」
こいつ、芽の部分とかできるのだろうか……その前に、ちゃんとできるようになろうな……なんて言えば、すぐにもうヤダ! となるのは目に見えている。
ピーラーに頼らない彼女はいつしかピーラーを欲しがるだろう。
やっぱり野菜の皮むきは難関だ。
「ほら、そこ!」
「え? どこ?」
お前は俺と一緒に俺の母親から料理のやり方を教わった仲だろ! と内心思いつつ、貸してみろ! となるのをぐっと堪えてやっと皮むきが終わった。
「次は切るんだね?」
「ああ……」
これだけで疲れる。
「……あのさ……」
「何だ?」
「どう切るのが一番良いかな?」
「ふぅ……」
そういう奴だ、お前は。
「好きに切ってみれば良いだろ? これは練習なんだから」
何でこんな……俺は! という思いで戦いながら晴弥が付き合っていれば、そうだ! と采月は言う。
「オリエンテーションの班って、いつ決まるんだろうね?」
「さあな? あれだろ、出席番号順のやつだろ?」
「やっぱりそっか……」
そう言うとザクッと一口大になったじゃがいもがころころとまな板の上で一つ転がった。
落ちなくて良かったとも言わず、采月は無言で切り続ける。
「采月?」
「うん?」
「う、上手いな!」
「え? そう?」
また声がるんるんに戻った。
怖い。何か、機嫌を良くさせておこう、それが今一番の得策だろうと晴弥の勘が冴えたところで、采月は鍋にサラダ油をひき、中火で今まで切って来た物を入れて炒め出した。
「焦がすなよ?」
「分かってるよ。これは今夜の晴弥の夕飯になるんだからね! ちゃんとやるよ!」
「そうか……」
お前は食べないのか? と言わずに、それを見守る。
「あとは水を加えて、煮込むだけだ」
「よく頑張ったなって言って」
「は?」
ようやく終わりが見えて来た所で、おねがりが来た。
何故そんなのを言わなければいけないのだろう。
あたしを甘やかせ! と言っている訳を知りたい。
「まあ頑張ったな」
「まあじゃなくて『よく頑張ったな!』って言って!」
おねだりがエスカレートしてしまう前に言った方が良い。
「よく頑張りましたね、采月さん」
「え? 何か違うけど、まあ良いか……」
お前の基準弱い……とも言えず、黙っていれば。
「ねえ、何分煮込むの?」
と普通に采月は言って来る。
「十五分から二十分くらいだ」
「ふ~ん……同じ時に始めた料理でもさ、こうも違っちゃうのは何でだろうね?」
「気にしても良くはならないぞ。練習あるのみだからな、お前の場合は」
「そうか……。あとどのくらいやれば上手くできると思う?」
「完璧を目指すなら何回でもだろうけど、お前の出席番号を考えると料理できそうな奴いそうだろう? そいつに任せれば良いんじゃないか?」
「それが男の子だけなら良いんだけど、女の子には負けたくないからね」
お前のそういう所……好きになってくれる奴が出てくれば良いな……と思いながら、晴弥は采月のエプロン姿を初めてちらっとまじまじと見てしまった。
いつもは髪を結ばないのにちゃんと一つに結んでいる。
「何?」
「いや……」
何か料理の良い匂いがしたから、こんな気持ちになってるんだろうか。
彼女が女だと意識したことは学校ぐらいでしかなかったけど、少しは成長を感じてしまった自分は――。
「晴弥ってさ、絶対、むっつりでしょ?」
「え?!」
違うの? と彼女の目が言う。
「違う」
「じゃあ、何なの?」
「何が?」
「う~ん……違ったのかな?」
こういう所だけは敏感なんだから。
「あとはカレールーを溶かしながらまた煮込むだけだ。簡単だろ?」
「あ、うん。でも、絶対そうだと思ったのに……」
まだ言うか? と思えば、まあ良いかと采月は完成したカレーを晴弥に食べさせ、味を見てもらった。
「どう?」
「まあまあ」
何がいけなかったのか考え出した彼女を見れば、もうその事にしか集中してないようでさっきまでの事はもう頭にはないようだった。
危なかったーと思ってしまう自分にも驚いたし、采月にそんな気持ちを抱くのも違う気がして、晴弥はそのまあまあなカレーを腹いっぱい食べ終わってから気付いた。
たぶん明日も同じのだ。
あと何日かと言えば、きっとオリエンテーションの班は別だろうからその前日くらいまで続くとして――結構食うな……。そこで終わりにしたかったが、きっと自分の母親がうるさく言って来るだろう。そう思うと、きちんと終わりにしたかった。
そうすれば何が残るわけでもないが、母親が出張って来るのは嫌だった。
「うちのママもこれなら食べてくれるかな?」
そんな声が晴弥に届き、そこはちゃんと言うべきだと思って晴弥は言った。
「もう少し練習した方が良いだろう。お前の母さん、中途半端なのは嫌いだろう?」
「そうだけどさ、あたしとしては良かった方だと思うんだけど……」
「そうだな。今まで一番良い出来かもしれん」
「そうでしょう?!」
そう言って彼女は喜んだ。
もし、こういう流れにしたくてわざとそれについて言ったのだとしたら、彼女の方が策士だと晴弥は思った。