クラスの一軍目指してる女子
ここ数日、晴弥はげんなりと教室に入っている。
理由は一つだ。
自分の席から少し離れた所で人の輪が出来ている。
その中心にはクラスの人気者になりつつある元気女子と言った風な宮武采月が居た。
今日も彼女は楽しそうに誰かと喋って笑っている。
そうして一日の大半を適当に過ごし、ただいまー! と言って家に帰るのだろう。
そういう風に絶対皆に思われている。
そう思っていてほしかった。
「あら~お帰り~」
「人ん家でまた……」
晴弥の家のリビングにあるソファに寝転んで自分のスマホをいじる私服姿の宮武采月を見たらどう思うのだろう。
「何で居るんだ?」
「あれ? 晴弥のラインには届いてないの? 今日はこの家に居ることになってるんだよ、私」
そう言って晴弥に自分のラインの内容を見せてくれる。
それは晴弥の知らないライングループでほとんどが晴弥の母とのやり取りだ。
「母さん……」
「そ。納得していただけましたか?」
納得なんてしたくなかったが、あの母親ならこうなってしまうのは分かる。
「それで制服じゃないってことは一度は自分の家に帰ったのか?」
「そう。近いしね! それでも帰って来ないから、晴弥のお母さんから託されて持ってる晴弥の家の鍵使って開けて居るの。ちゃんとこの家に入る前に晴弥のお母さんに連絡したよ? ちゃんと晴弥のお母さんの仕事の昼休み時間狙ってね!」
それは計画的では?
「いつもでしょ?」
「ああ……そうだな」
だから不法侵入ではないと言っているのだ。
「じゃあ、晴弥のご飯楽しみにしてるね! って今日は行かないんだよ!」
「何だよ、急に」
自分の家の家事はどうなってる? なんて言わないのは采月が家事をするのが苦手なのを晴弥が重々承知してるからだ。
「晴弥は! このもうすぐある! 二泊三日のオリエンテーションについてどう思ってるの!?」
「え?」
采月が晴弥に見えるように出して来た紙は先日の学校で晴弥がもらって来た際に半分に折った所がはっきり分かる物で、この一か月の学校行事が書かれていた。
確か晴弥がこの紙を最後に見た時には冷蔵庫の所に貼ってあった気がしたが――。
「お前、アイスか何か食っただろ?」
「えっ、いや、お腹空いてて……ごめんなさい。だけど、いつもはそんなこと言わないのに何で今日はそう言うの?」
「何かこれからとんでもなく面倒な事が起こりそうな気がするから、その前にちょっとした憂さ晴らし」
「ひっどーい!! そんな事しないよ! ただちょっと手伝ってほしいだけ!」
「手伝う?」
「そう! きっとこれ、絶対皆でご飯か何かを一から作るんだよ! それって本当に嫌な事だからやめてほしいんだけど! 仲間と仲良くするには必要な事だって言って組み込まれているだろうやつの為の練習に付き合ってほしいの!」
「やだね」
「え? 何でよ……」
「それってつまり、お前の家事ができないのを隠す為の行為だろう?」
「そうだけど」
「本当の姿をこの際見てもらったらどうだ? その方がすっきりするんじゃないか? もう無理はしたくないだろう?」
「無理?」
少し黙った采月は一瞬視線を落としたが。
「あたしはクラスの一軍女子目指してるの! それなのに出来ないのがあるなんて許せない! キャラ付けの為ならあたしはやるよ!!」
そういうのが要らない要素だ……と思いながらも晴弥は言った。
「そもそもそれで何を作るかとか分かるのか?」
「分かるよ~」
「何だと?」
「たぶん、カレーだね。オーソドックスにさ」
「もし違うのだったら?」
「晴弥と同じ班になって隠れながらあたしが作ったみたいにしてもらう!」
「それこそ無理だろ!」
がっかり。となった采月には悪いがきっとそうだ。
何故なら、この前の部活見学の時にちらっと聞いたが、最近はそうではないらしい。
先生の好みなのかそうじゃない時もあるとか言っていた。
残念だったな、采月。俺は着替えて来る。
そう言い残して晴弥が自分の部屋で私服に着替えてリビングに戻ってみれば、采月がソファに寝転がってうなだれていた。
「もし、もしも、だよ……そうだった時の為に……でも良いじゃん……」
こうなるとこいつはずっとこうだ。
何か良い事がない限りずっとこうしている。
小さい時からそうだ。
「分かったよ」
やったー! とばかりに采月は飛び起きて言った。
「やっぱり、晴弥は甘々だね! 昔から晴弥のお母さんに女の子には優しく甘く! とか言って何でも受け入れてくれるように育った甲斐があったね!」
喜ばしくない。それはちっとも喜ばしくない事だ。
もし、女の子にモテるならそんな聞き分けの良い男子でいるより、もう少し何かこう違うので喜ばれたい。
そんな晴弥の憂鬱を知ってか知らずか采月は料理をする為に自分の家から持って来たらしいエプロンを嬉々として着出した。
「おい、采月、今日は悪いが肉じゃがだぞ?」
「それで作れるんじゃないの? カレー」
そういう知識は持っていたかーと思ったが今日はカレーを作る気分じゃない。
「そうだな……作れるには作れるが、二泊三日のオリエンテーションで肉じゃがからカレーは作らないだろ?」
はっ! そっか~! と気軽に采月が納得してくれて良かった。
翌日から采月のカレー作りの練習が始まってしまうことは置いといて、今日は楽をしよう。
美味しい! と言って、自分の作った料理を食べてくれる時だけはほっとする。
そういえば……と晴弥はずっと気になっていたことをちらっと訊いてみることにした。
「なぁ、何で突然『大城』とか『宮武』で呼べなんて言い出したんだ?」
「ん? それはね~、一応世間体を気にしてだよ。他にはないから安心して」
「じゃあ、何でクラスの一軍女子目指してるんだ?」
「え? それはね~、皆の一番になってちやほやされたいからだよ」
「ちやほや……」
「そ! 寂しさを埋めたいの!」
「それで埋められるか?」
「分かんないけど、何もしないよりは良いでしょ? やってみなきゃ分かんないじゃん!!」
ごもっともで、と晴弥は納得した。
「皿洗いくらいはできるよな? やっとけよ」
「うん、晴弥はお風呂?」
何故、ニヤニヤする。
「そうだよ、お風呂って……風呂まで入って行く気か?」
「いや、お風呂はもう入っちゃったから入らない」
「どこで入ったんだ?」
「家だよ」
「家って、お前の家?」
「そうだよ。他にどこのお風呂に入るの? さすがに晴弥の家のお風呂には入らないよ。非常事態以外では」
「非常事態っていつだ?」
「急に雨降って来て濡れた時とか? 昔はよく晴弥の家のお風呂入ったけど、変わってない? その頃と」
「保育園ぐらいの時だろ? そん時のおもちゃはなくなって、普通になってるよ」
「そ……」
何故、そんな分かり切ったことを言う? そして、彼女は明らかにつまらなくなったようで皿洗いをする為に食べ終わった物を片付け出した。
何だったんだ? あのニヤニヤは? と思っていると采月がぼそっと言った。
「エプロン置いて行って良い?」
「良いけど」
「ありがとう。カレーの練習用の材料のお金はこっちで用意するから、晴弥が選んでよ。野菜とかルーとか」
「え? 俺がやるのか?」
「じゃないと違うの買って来そうだし、一緒に買い物もね……嫌でしょ?」
それはお前がじゃないのか? とは晴弥は言わなかった。
ただ思っただけだ。
この幼馴染はあまりに人の目を気にし過ぎて、本来の自分になり切れてない。
いつからだろうか、こうして嘘の自分を演じているのも気付かずに、そっちの方が本物だというようになったのは。
辛いな――とは言わなかった。
「じゃあ、入って来るから。悪さはするなよ?」
「悪さって子供じゃないんだし、やんないよ」
ベーっと舌を出した彼女はまるでそっちの方が本物のように活き活きとしていた。