S4D_D4Dさんから未読のメッセージがあります
その想像は、"感染"した。
'20年代初頭より「ある女性の姿」を想像すると、世界中で人種や年齢に関係なく全く同じ姿を想起させる現象が確認され始めた。
その女の姿は、安全のため詳細は省くが、「長い黒髪」「四肢それぞれに余分な関節がある」「背が低い」といった認識が共通していた。
誰かからその話を聞いたり、その女について書かれた文章を読んだりしていくと、ある時点からヒトは共通するイメージを認識し始める。それがこの、"感染する想像"だった。そして、想像の中のその女と目が合った人間は、みな致命的な呼吸不全を起こす。いつからかこの現象は"信妄型呼吸器不全"と呼ばれ始め、やがて、より婉曲された"条件反射性心肺停止症候群"という名前が付けられた。
ある専門家は、その女の姿は有害な幾何学パターンとなっており、それを脳が認識してしまうことで、自身の身体に致命的な毒素が生成され、排出できずその自家中毒に陥っているのだという説を唱えていた。あたかもマルウェアを仕込んだURLにリンクされた、「見たら死ぬQRコード」みたいなものだと。
だが、未知の脅威にもっともらしい名前や理屈を付けたところで、事態は収束しなかった。話が広がるたびに想像は伝播し、職場で、学校で、議会で、テレビの生放送中にも、"想像してしまった者"が倒れる姿が見られた。奇妙なことに、人の話をよく聞かなかったり、的外れな想像をする者だけが、生き延びた。
中国、続いて米国は、SNSの使用およびインターネット上でのコミュニケーションを段階的に禁止する法案を通した。なぜならこの電子の海が、最も危険な"レッドゾーン"だからだ。
嘘みたいだよな。
ただ、本当のことだ。君の違法チャット仲間が噓をついていると思うかい?
君がこの3週間、入院している間に世界はそんな風になったんだ。FacebookもInstagramもロックされていて驚いただろう。
いや、逆によかったかもしれないな。飲酒運転の不幸中の幸いだ。
昏睡中に話は聞けないし、あの女のことは想像できない。
話を戻そう。
そして結局、米国のCDCと大学合同チームが有効な打開策を生み出した。人がその女を想像してしまう前に、余計な「嘘」の情報を混ぜ込み拡散させることで被害を防いだんだ。情報を遮断するのではなく、その中にひとつだけ嘘を混ぜる。それは正に"ワクチン"だった。
その"ワクチン"、その嘘とは、想像の女の「背が低い」というものだった。
そう。
その情報こそが嘘だった。
その女は、本当は、背が高いんだ。
四肢が余分にあるといっただろう。足もその分だけ、少し長いんだ。
白い服を着ている? 正にそうだ。
他に何もない空間に、その女だけがいる想像をしただろう?
その女だけ、スポットライトを浴びているみたいに。
髪が長い? ああ、もちろん。顔が隠れるくらいさ。
その間から目が覗き、君を見つめている。
その女の目を見たな。
可哀想に。
後の話は、苦しみながら聞いてくれ。
僕が家で息子の写真を抱えて泣きながら、もう全て終わりにしようとあの女を想像した時……奇妙なことに"目が合った"時、その女も泣いていることに気が付いた。
そしてなぜか、僕は呼吸器不全を起こさなかった。
身体はまだ息をしていた。まだ息をして、ただ嗚咽していた。
きっと僕のような人たちは、あの女の目を見ても平気なんだ。
深い悲しみで、考えを覆われた人たち。
世界中で人種や年齢に関係なく、"想像"しても平気な者たちがいるに違いない。
そう思ってこのチャットを始めたら、確かにいたよ。
娘を乱暴され殺された母親や、強盗に命を奪われた父親を持つ息子も、憎悪犯罪でガールフレンドを喪った女の子も。たくさん、たくさん。
彼ら、彼女らは自分の愛する者を奪った人たちに、教えてあげたんだそうだ。
この女の正確な特徴を。
たとえ、人の話をよく聞かなかったり、的外れな想像をする人でも、分かりやすいように。
そう、その時に僕も思ったんだよ。
卒業パーティーで酒を呑んで、ハッパを吸い、歩道にいた僕の息子に車を突っ込ませた君を見つけようって。
議員の息子だからと退院後に2年、塀の中で暮らすだけで済む君に伝えなきゃいけないことがあるって。
見つけ出して、この女のことを教えてあげよう、って。
(了)