呪われた公爵様の求婚 〜それは私の前世の姿なんです〜
「落ち着いて聞いてくれ――――」
ガゼボで春の暖かな日差しを浴びていた昼下がり。
顔面蒼白のお父様が私に駆け寄ってきて、そう告げました。
お父様が肩で息をしながら、必死に説明を繰り返していますか、いまいち全容が掴めません。
「――――え?」
「だから、ディアーナ、追憶の森の公爵から求婚されてしまったんだ」
王城の裏にある『追憶の森』。
その森に入った者は本質の姿に変えられてしまうという、呪われた森です。
森を出ると元の姿に戻るらしいのですが……実際に入ったことがないので、ちょっと眉唾ではあります。
そして、そこを管理している公爵様は、呪いの瞳を持っており、全ての人が本質の姿で見えているのだとか。
――――その公爵様に求婚された?
頭の中には『なぜ?』という言葉のみが浮かんでは消えます。
公爵様は確か三十代半ば。王弟殿下の御子息で、追憶の森前任者から引き継ぎ、ずっと森にある屋敷にこもっていると噂で聞いたことがあります。
どこかでお逢いしたことはない、はずです。
「先日、王城で開催されたデビュタントボールで見初めたと」
「え……? 公爵様、いらっしゃいましたっけ?」
「どうやら、変装して参加されていたらしい」
「変、装……?」
公爵様は見た目がなんというかものすごく、ものすごい方です。
輝くような白銀のストレートヘアーに、ちょっと恐ろしい真っ赤な瞳。淑女たちが羨むほどの真っ白な肌に、薄桃色の艷やかな唇で、ぱっと見だと女性と見紛うほどに美しいのです。
普通に参加されていたら、皆さまから必ず黄色い悲鳴が飛び交っていたはず。だから、変装されていたのでしょうか。
個人的には、ちょっと眩すぎて近寄りがたいな、といった印象ですが。
「――――それで、ディアーナの本質の姿に惚れたのだそう。陛下からもぜひと」
「本質の姿?」
そうでした、公爵様の瞳は呪われた瞳。
私の本質の姿は、一体何なんでしょうか?
今の金髪の緩やかな巻き髪と碧眼、とても気に入っているのですが。
というか陛下からもお声が掛かっているのなら、断れない案件なのですね。
「承知しました。謹んでお受けします」
覚悟を決め、ガゼボのベンチから立ち上がり、お父様にカーテシーをしました。
顔を上げるとお父様がなんだか泣きそうな表情です。
「っ、こんなことになるなんて……ディアーナ、お前は一生あの森に住むことになるんだぞ? いいのか?」
「少し不安ではありますが、だからといって断れませんでしょう?」
ほぼ王命ですもの。
それに、伯爵家の中でもかなり下の方に位置している我が家としては、王族の一員である公爵家との繋がりは奇跡のようなもの。お父様の首と、家のためにもお受けするのが一番なのです。
◇◆◇◆◇
「……」
「…………」
公爵様からの求婚を告げられた二日後、公爵が我が家に来られました。
ちょっと狭い我が家のサロンのちょっとヘタったソファに、煌々しい公爵様が優雅に座られています。
――――目が痛いくらい眩しい。
公爵様が二人きりで話したいと言われ、お父様も執事も侍女もサロンから退室してしまいました。
そして、公爵様はそれ以降ずっと黙り。なんだか潤んだような真っ赤な瞳で私を見つめています。
「あのぉ?」
あまりにも無言なので、つい声を掛けてしまいました。
「…………かわいい」
「へ!?」
「君の姿だ」
「あ……りがとうございます?」
確かに、今の姿は可愛いらしいです。自分自身でも気に入っています。なんというか、とても西洋のご令嬢といった感じなので。
ですが、公爵様には本質の姿で見えているのですよね?
「闇夜のような真っ黒の直毛」
「……いえ、金ぱ、つ……です」
――――ん?
「濃厚なチョコレートのような瞳の色」
「え…………いや、碧眼です」
――――あれ?
「垂れ下がったつぶらな瞳と小ぶりな鼻」
「いやいや、ぱっちりおめめの、ちょっと釣り上がり気味ですし、鼻はそこそこ高いと思いますけどぉ!?」
「いや垂れ目だ。かわいい」
「ありがとうございます……って、いやいやいやいやいやいや! はぁ!?」
衝撃のあまり、ガタリと立ち上がったところで、はっと気付きました。
「っ――――大変失礼いたしました」
「ズレた丸眼鏡と慌てる姿もかわいい」
「っ………………マジか……」
黒髪、垂れ目、低い鼻、丸眼鏡……それ、前世の私じゃん! ――――おっといけない素が出てしまいました。
「ん、かわいい」
「え? 公爵様、それが可愛く見えてるんですか? 美的感覚、大丈夫ですか?」
つい、聞いてしまいました。本当に、つい。
公爵様がムッとした顔をされたところで、しまった!とは思ったものの、後の祭りです。不敬罪とかにならないといいのですが。
「ファウスト、と」
「……はい?」
「ファウストと呼んでくれ」
――――そこ!?
「ファウストさま?」
「っ、ん」
透き通るような真っ白の肌に、桃色の花が咲いたかと思うくらいに、頬を染められてしまいました。
――――ひぇっ。
「君の本質の姿に一目惚れした。今まで見てきた誰よりも、何よりも、かわいい」
「は、はぁ……」
「素行調査もしたが、とにかくかわいい」
素行調査は……まぁ、王族の一員に迎え入れるのであればするものなのでしょう。が、それと『かわいい』はイコールではないのでは!?
というか、どのタイミングで素行調査されていたのでしょうか?
「菓子店でシュークリームを頬張る姿もかわいいかったし、勢いよく茶を飲んで火傷しかけていたのもかわいかった」
あ…………カフェ巡りしましたね。
シュークリームをもりもり食べましたね。
ちょっと喉につまらせかけて紅茶を飲みましたね。思ったより熱くて「だあっちぃ!」とか漏れ出てしまいましたね。
え? 見られてたし、聞かれてた? 個室でしたけど!?
「ん、素行調査用にちょっと細工してある」
そういえば、お父様からおすすめされたお店でした。
お父様がよくこんな高級そうなお店を知ってたな、とか思いましたが……なるほど。グルか。
「ふっ、怒った顔もかわいい」
「……笑顔のままですが?」
「本質の姿は、口を尖らせている。かわいい」
認めたくはない。とても認めたくはない。
だがしかし、認めざるを得ないこの状況。
「それは私の前世の姿なんですけどぉぉぉぉぉ!?」
「ん、かわいい」
―― おわり? ――
読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
妄想膨らんだんで、時間あれば続きも考えたい…………時間があればっ(;・∀・)
別作品のリンクは↓↓下の方に☆