第八話 桜の宴
「いらっしゃいっ!」
桜の宴に到着したら、桜の宴の店長が元気よく挨拶をしてくれた。店長は笑顔が素敵で、豪快な性格だ。
天光琳は桜の宴に一度しか来たことがない。布を被って顔を少し隠しているため、誰なのか分からないだろう。
そのため、天光琳だ、無能神様だ...とバカにされることは無いはずだ。
「おぉ、天俊熙様!!......と、どちら様?」
「あー...えーっと...」
店長は笑顔で優しく聞いてきたが、天光琳はどう答えれば良いのか分からず、焦っている。
そんな焦っている天光琳の前に天俊熙が立ち、作り笑いをしながら答えた。
「俺の友達の......"沐宸"だ。」
「えっ...あ、はいっ!沐宸と申します!」
天俊熙は天光琳だとバレないために偽名を使った。急だったので天光琳は戸惑ったが、理解し、挨拶をした。
「おー!沐宸くんか!来てくれて嬉しいよ!」
そう言って店長は天光琳の手を両手で掴み、ブンブン振った。握手のつもりだろう。とても痛い。しかし店長には悪気は無い。天光琳は苦笑いしながら耐えた。
「ところで...沐宸くん、その布外さないのか?オレはこの店に来てくれたお客さんの顔をしっかりと覚えたくてなぁ、顔が見えないから覚えられるか分からないんだよぉ」
「えっ......その......」
天光琳はドキッとした。外せるわけが無い。今外すと天光琳だとバレてしまう。
この店長ならバレてもバカにしないと思うのだが......他の客がどう言うか分からない。
「ああ、こいつ、恥ずかしがり屋なんだ、あんまり人に顔を見せるのが好きじゃなくてなぁ〜、あ、そぉーだ店長、いつもの頼む!」
「ん?あー、ちょっと待ってなー」
天俊熙は話を無理やり変えた。
天光琳は「ありがとう」と小さな声でお礼を言った。天俊熙は歯を見せて微笑み『お安い御用さ』と言いった。
すると、店の奥から声がした。
「天俊熙様、今日も来たんですね」
「この前なんて凄かったよなぁ」
店の前のテーブルでお酒を飲んでいた常連客が言った。
見た目からして酒好きなのがわかる。
よく来ているのだろう。
(凄いな俊熙......楽しそう)
天光琳はどの神も見たことも喋ったこともないため、そっと一歩後ろに下がった。
天俊熙みたいにたくさんの神と話す気機会ないため、羨ましく思った。
「あんぐらい余裕ですよ」
天俊熙は両手を腰にあてながら笑顔で答えた。
ちなみに神界ではお酒でベロベロに酔うほど飲んではいけない...という決まりがある。
......と言うより、酔うほど飲むと、神の力が減る...という言い伝えがある。
十歳になったらお酒を飲み始めても良いのだが、十歳の時に、自分はどれぐらいお酒を飲めるのか把握しておかなければならない。
なので十歳の時は酔ってしまっても問題はないそうだ。
しかし十一歳以上は許されない。そのため、神々は皆酔うまで飲んだりしない。なので酒場の前でも神らしく、まるでお茶会の時間のような雰囲気で保たれているのだ。
酔っ払ったおじさんが大声を出して怒鳴ったり、暴力を振るったりなどは考えられない。
「はい、いつもの!」
店長はツボ型の瓶に入った"いつもの"酒と、桜の柄が付いたオシャレなコップ二つをカウンターに置いた。
天俊熙はお金を店長に渡し、コップに酒を注ぐと天光琳に一つ渡した。
「これ美味しいんだぞ!」
「そうなんだ」
天光琳は受け取ると酒を見つめた。
一口飲んでみるととても美味しかった。
普段あまり飲まないのだが、天光琳の口に合った味だった。
二神は店長と話しながらゆっくり飲むことにした。
店長は明るい方で、とても話しやすかった。
どんな話をしても、笑顔で相槌を入れてくれる。とても絡みやすい性格だ。
ここの常連客が楽しそうに店長と話しているのにも納得がいく。
そして最後の一杯を飲もうとした時だった。
「そういえば俊熙様、最近、光琳様はどんな感じなんですか?」
天光琳の隣に座っていた五十代ぐらいの男神が天俊熙にむかって言った。
天光琳はギョッとした。
天俊熙も急に聞かれ返事に困っているようだ。まさか天光琳が隣で座っているとは思っていないだろう。
「ど......どんな感じって言われてもなぁ......」
天俊熙は目を泳がせた。
隣に本神がいるのだ。言いにくいだろう。
天俊熙が目を泳がせていると、今度は男神は天光琳の方へ目を向けた。
「ちなみに沐宸くんは光琳様と話したことある?」
「えっ......あー...いえ、ありません......」
ここで天光琳とばれたら大変なことになりそうなので、天光琳は布で顔を隠しながら言った。
「そうか...。光琳様、またこの前も失敗したじゃないですか」
失敗とは人間の願いを叶えられなかったことだろう。
天光琳は何となくこの話をされると分かっていた。大抵神々が天光琳の話をする時はこういう話だ。
「また失敗した」「いつになったら神の力が使えるのか」......など、良い話をされることなんて滅多にない。むしろないと言っても過言では無い。
天光琳はこの場からすぐに立ち去りたくなった。
「いつになったら成功するんですかね」
「だよな、こんなに失敗する神は逆におかしいよな」
「な〜。こんな簡単なことも失敗するなんて」
男神話を聞いていたカウンターに座っている常連客は話に入ってきた。
天光琳の心はズキっと痛んだ。しかしこれはよくある事だ。もう慣れている。
「あれ?沐宸くん、どうしたの?」
店長は天光琳の暗い表情に気づいたらしく、心配そうに聞いてくれた。
すると天光琳はぱっと笑顔を作った。
「僕あまりお酒飲まなくて......そろそろやめようかなって思いまして...」
本当はそうでは無いのだが、上手いこと誤魔化した。
一杯残っているが、飲む気にならなかった。
「じゃ、そろそろ行こうか」
まだ飲んでいた天俊熙はグビっと急いでのみ、立ち上がった。
気を使わせてしまった。天光琳が「いいの?」と小さい声で言うと、天俊熙は「大丈夫」と笑顔で答えた。
天光琳は立ち上がり、先程話しかけてきた男神から距離をとった。
「また来てね!沐宸くんもね」
店長は二神のコップを片付けながら言った。
二神は手を振り、小走りで店を出た。