第八十七話 本当は
ここはどこだと思ったが、どうやら燦爛鳳条国の城の病室だそうだ。
なぜここにいるかと言うと、天光琳は鬼神落暗を倒した後、黒い煙が空高くまで舞った。
それが目印になったらしく、天俊熙たちは急いでそこへ向かった。
すると、血だらけで倒れている二神を発見し、直ぐに城に戻ってきたそうだ。
実は鬼神落暗が鬼神の力を使い、方向感覚を狂わせていたのか、焔光山に行ったことがある者でも皆迷子になっていたのだが、天光琳が鬼神落暗を倒した後、急に道が分かったそうだ。
そのため、天光琳たちを見つけたあと、直ぐに帰ることが出来た。
「伽耶斗は......亡くなってしまったのでしょうか...?」
鳳条眞秀は悲しそうな顔をして言った。
しかし聞かなくても、ここに京極伽耶斗の姿は無い。どうなったか分かるだろう。
あの時、京極庵に聞かなかったのは、京極伽耶斗が死んだ...ということをなんとなく分かっていたからだ。
「伽耶斗さんは......亡くなりました......」
天光琳がそう言うと、鳳条眞秀と天俊熙はやっぱりか......と下を向いた。
......そして、天麗華は信じられない...という顔をしている。そして目には涙を浮かべていた。
「ごめんなさい......伽耶斗さんは......僕が...桜雲天国の王子だからって......僕と庵くんに逃げろって......僕......なにも出来なかった......」
天光琳は涙を流しながらゆっくりと話した。
「お前はあの悪神......いや、鬼神を倒したんだろ......?庵から聞いた。鬼神を倒して、庵を死なせなかった。よくやったよ」
「でも庵くんは...何も出来ない体になっちゃった......僕が早く倒さなかったから......」
天俊熙は慰めたが、天光琳は自分を責め続けた。
いつもなら天麗華が慰めているのだが、今の天麗華は気持ちを整えるので精一杯だった。
「ありがとう......君と伽耶斗と庵はこの国の英雄です」
✿❀✿❀✿
その日の夜のこと。
静かになった病室で一神、天光琳はベッドの上で寝転がっていた。寝転がっていても、身体中がズキズキと痛む。
今は午後八時。
「......っ......」
天光琳は痛みに耐えながらゆっくりと起き上がった。
傷口が開いてしまわないように...と願いながら、そっとベッドから降りた。
「...いっ......」
足首がとても痛い。
昼間、京極庵の部屋に走って行った時も傷んだのだが、その時よりも痛みが増している。
恐らく痛みを和らげる能力を使ってくれていたのだろう。しかし今はその効果が切れている。
(そういえば......足首の皮膚がえぐれちゃったんだよね......)
鬼神落暗の鬼神の力で生み出された黒いツタが天光琳の脚を絡めていて動けなくなってしまった時、痛みを我慢し、無理やり抜け出したのだ。
足首は包帯で巻かれているが、包帯の下は見ていられないほどぐちゃぐちゃになっているだろう。
それでも天光琳は立ち上がった。
壁にもたれて、なるべく脚の負担を軽くする。
そして、壁に寄りかかりながらゆっくりと隣の部屋へ向かった。
「......っ...」
「...光琳......?」
隣の部屋はまだ扉が開いていて、天光琳の声が聞こえたのだろう。
「お前......起き上がっていいのか......?」
「......」
天光琳は何も話さず、京極庵がいる部屋に入ると、壁から手を離し、フラフラと京極庵のベッドの方へ歩いた。
そして途中で立っていられなくなり、ベッドの付近でしゃがみ込んだ。
天光琳はしゃがみ込んだまま下を向いている。
...肩が震えている。
「......ごめんなさい.........謝っても......許してくれないことだと分かってる.........でも......」
「お前のせいで......」
天光琳は涙を流し、一生懸命謝っている。
京極庵は言っている途中に被せて言った。
「......お前のせいで伽耶兄が死んだっ!!......お前のせいでこんな体になっちゃったじゃないかっ!!俺は......もう何も出来ないっ!お前みたいに無能神様になっちゃったよ.........どうしてくれるんだよ......どうしてくれるんだよ!!」
京極庵は泣きながら叫んだ。
そして震えながら一度深呼吸をした。
「......って......思っちゃうんだ.........」
「......え...?」
天光琳は顔を上げた。
「......伽耶兄は......自分の意思で俺たちを守って......死んだ。俺も...自分の不注意だった...。お前が謝ると......お前を責めちゃうんだ......お前は悪くない......のに......。もう......謝らないでくれ......頼むから謝らないでくれよっ!!」
「......っ!」
天光琳は京極庵の言葉を聞いて、さらに涙がこぼれていった。
まさか自分のことを悪くない...と思っているとは。
「俺さ......お前のおかげで気づけたんだよ......。母さんと父さん...本当は俺の事嫌ってなかったって。俺が目が覚めた時、母さんと父さんは泣きながら喜んでくれたよ。天才の伽耶兄じゃなくて、全身が麻痺して動けなくなったこんな俺が帰ってきたのに、よく帰ってきたって......喜んでくれたんだよ。俺が勝手に嫌われてるって勘違いしててさ......伽耶兄が違うよって教えてくれたのに信じなくて......」
京極庵は首を横に動かし、天光琳の方を見た。
「俺...自分からお前の護衛をするって眞秀様に言ったんだ。鬼神が現れて直ぐに、光琳たちが来てくれたら誰が護衛するかって話になってな......。だから俺は母さんたちに許可を取らず、勝手に名乗り出た。俺だって国ために役に立ちたい。そう思ったんだ。......だけどそれがすぐに伽耶兄にバレて......伽耶兄も心配だから着いていく...って......。......本当は...伽耶兄の死は、俺が原因なんだよな......」
三神が行方不明になったあと、鳳条眞秀は京極の両親に行方不明になったと伝えたそうだ。そこで京極の両親は京極庵たちが天光琳たちの護衛をしていることを知った。
夜になっても家に帰ってこないことが多い京極庵と、京極庵の面倒を見てたまに家に帰らない京極伽耶斗が二日、三日いないことは日常的だった。そのため、また二神はどこかで遊んでいるのだろうと両親は思っていたのだ。
まさか危険な任務を受けているとは。
そして......見つかったと知らせが来て病室に向かったら......京極伽耶斗の姿は見当たらなかった。
京極庵が目覚め、最初に聞いた言葉は......
「伽耶兄は死んだ......」
両親の気持ちを考えると胸が締め付けられる。
自分のことを責めているのは天光琳だけではなかった。京極庵もそうだった。
「違うよ......庵くんのせいじゃない......。鬼神が...全部悪いんだよ」
「そうだよ。鬼神が全部悪い。お前は悪くない。だから笑えよ。そんな顔してると、俺が泣かせたみたいで、伽耶兄に怒られる」
京極庵は微笑んだ。兄を無くし、前のように明るい笑顔ではなかったが、それでも優しい笑顔だった。
「庵くんは...優しいね」




