第四話 過去
『貴方はきっと素晴らしい神様になるわ』
『ねぇ〜、とても良い子だわ』
『私たちも応援してますから!』
『えへへ、ありがとうございます!』
少年神は女神に頭を撫でられ、嬉しそうに微笑む。
この子はきっとこの国をまとめてくれる良い神になると...皆思っている。
この子は将来この国の王になるのだ。
周りよりたくさん努力しているため、神々は少年神を全力で応援する。
...と、突然強風が吹いた。桜が勢いよく舞い、少年神は目を閉じた。
しばらくして少年神はゆっくりと目を開けた。
『あの子はダメね...』
『残念だわ。あの子が王になったら...この国はおしまいよ』
『この国の恥ね』
少年神の目の前には、自分を指さし、笑ってくる神々しかいなかった。
少年神はその場から今すぐに逃げ出したかったが、足が動かなかった。
おかしいな...と思い下を見ると、足は鎖で繋がれていた。
そして、辺りを見渡すと、牢屋に閉じ込められていることに気づいた。
逃げたくても逃げられない。しかし自分をバカにする声は止まない。
少年は耳を塞いだ。
まるで籠の中の鳥のようだ。
『可愛そうね』
『ここからは逃げられないのよ。さぁ、苦しみなさい、あはははは』
「......!」
部屋のドアをノックする音が聞こえ、天光琳は目を覚ました。
(またこの夢...)
天光琳は何度も同じような夢を見るようだ。
......それにしても...
(昨日はそのまま寝てしまったのか)
寝間着ではないのと、掛け布団をかぶっていなかったことに気づいた。
それに...お腹がすいた。
「光琳?大丈夫...?」
「あ、姉上!大丈夫です...!」
天麗華だ。ドアをノックする音が聞こえたことを忘れていた。
天光琳はボサボサの髪を一つにまとめながら、急いでドアを開けた。
「昨日夕食の時間に姿が見えなくて...ドアをノックしても返事がなくて心配だったのよ」
「あ......」
昨日は帰ってきて夕食も食べずに寝てしまったのだ。
通りでいつもよりお腹が空いているわけだ。
「姉上...心配かけてごめんなさい。今すぐ着替えて母上にも挨拶してきます」
「父上には?」
天麗華のその言葉は微笑みながら言っているが少し圧を感じる。
「します...」
天光琳は嫌そうに小さな声で言った。
天宇軒にあったらまた何か言われるのではないか、そして昨日夕食の時に姿を見せなかったためさらに怒られる......そう思ったのだ。
「そろそろ朝食の時間ね。あなた、昨日の夜何も食べていないのだから、朝食はきちんと食べること。いい?」
「...はい」
「うん。じゃあまた後でね」
そう言って天麗華は二回手を振り歩いていった。面倒見が良い姉だ。とても頼りになる。
天光琳は昔のことを思い出した。
天光琳が小さい頃、よく面倒を見てくれたのが天麗華だった。
五歳年上の天麗華はしっかり者で、修行と舞の稽古をしつつ、天光琳の面倒を見ていた。
天宇軒に使えている神も数名面倒を見てくれていだか、厳しかったり、安全第一に考えるため、やはり自由で楽しく、話しやすい天麗華の方が一緒にいて楽しかった。
父、天宇軒は国をまとめる仕事や他国の王との会議、人間の願いを叶えることなどで忙しく、母、天万姫はずっと天宇軒を手助けをしていた。手助け...と言っても決して楽ではない。
天万姫も人間の願いを叶えるため一日何時間も舞を舞ったり、一部の国の仕事をしながら、妻として、天宇軒の体調もきちんと見ていた。
そのため、二神と一緒にいられることは少なく、朝食、夕食の二回しか会えない日があった。
なので天光琳にとって一日の中で朝食の時間と夕食の時間が好きだった。
そして天光琳が五歳になってから修行と舞の稽古が始まった。遊べる時間は減り、天光琳は修行と舞の稽古を毎日励んだ。
そして天麗華の方も、十歳になったら人間の願いを叶える仕事をしなくてはならないため、天光琳が六歳になると、五歳上の天麗華は天光琳の面倒を見ることは難しくなった。
なので六歳になってからは、草沐阳が面倒を見てくれた。天麗華と比べて少し厳しめだが、草沐阳は話上手で休憩時間に話すのが好きだった。
そして十歳になってから人間の願いを叶える仕事が与えられた。どの神も十歳になったらこの仕事は必ず与えられる。
そして人間の願いを叶えた分だけ、神の力は高くなっていき、様々な"能力"が使えるようになるのだ。
神の力の能力は人間の願いを叶えるだけではなく、雨を降らせたり、人の過去を見たりすることが出来たりする。
それは神によって使える能力が違うが、神の力は高ければ高いほど良い。そのため、神々はほぼ毎日人間の願いを叶える。
しかし天光琳はこの世で初めて人間の願いを叶えることに失敗した。
別に修行や舞の稽古をサボっていた訳では無い。
人間の願いを叶える仕事を与えられてから、王一族として国をまとめる仕事も手伝えるようになり、天宇軒と天万姫に会える回数が増えたが、人間の願いを叶えることが出来ず、天宇軒に怒られることが増えた。
『天家の恥』....いや、『桜雲天国の恥』。
言わないだけで、本当は誰もがそう思っているのだろう...と天光琳は思っている。
「はぁ......今は父上に会いたくないな」
昔のことを思い出すとより会いたく無くなる。
今までどれほど失敗してきたか。どれほど迷惑を掛けたか。願いを叶えられなかった人間はどうすることもできない。
叶えられなかった...という事はその人間にとって"お終い"なのだ。責任は天光琳が負う...のではなく、神が負うのだ。
人間からするとどの神が叶えてくれたか分からない。なので叶えてくれなかった神だって分からない。という事は、人間は"神"に怒りや不満をぶつける。
そのため、天光琳が失敗すると、神界の神全員が責任を負うことになってしまうのだ。
そして、神界の神々が目をつけるのはやはり桜雲天国だ。桜雲天国の神が失敗しなければよかった...と。
天光琳が失敗したことにより、桜雲天国の評価は下がり、桜雲天国の神...そして王である天宇軒に迷惑がかかってしまうのだ。
しかし願いを叶える仕事は最低でも一週間に三回はやらなければいけない...と神界で決まっている。
なので天光琳は逃げられないのだ。
それは神の力を使えない天光琳にとってはとても苦しい事だった。
「あ...朝食の時間すぎてるっ!?」
昔のことを思い出している間に時間は過ぎていった。天光琳は急いで着替え、髪を一度解き、いつものハーフアップにして身だしなみを整えてから部屋を出た。
(僕...失敗ばかりだ!!)
朝食を食べる部屋に向かう途中、天光琳は不安でいっぱいだった。
(嗚呼...また怒られるな。)
そう思いながら天家一族が集う、朝食の部屋の前に立ち、一度深呼吸をしてから扉を開けた。