第三十二話 安心
朝食を一神で食べに行った天俊熙は何故か疲れて部屋に戻ってきた。
「あら...何があったの?」
天麗華は天俊熙の顔を見て心配そうに聞いた。
「それが...女将さんが『お腹すいているでしょう...沢山食べなさい』って次から次へと料理を出してくださって...」
天俊熙はお腹を押えながら言った。
この宿の女将さんは明るくお喋りな女神で、とても優しい。
天俊熙は昨日目覚めたばかりで、四日間何も食べていない。
そのため、心配した女将さんは天俊熙にたくさん食べさせたのだ。
天俊熙は窓の近くにある椅子に座った。
「俺、代わりますので麗華様は朝食を食べに行っても大丈夫ですよ」
天俊熙がそう言うと、天麗華はゆっくり立ち上がった。
「ありがとう、すぐに戻るわ」
「あぁ、すぐじゃなくても大丈夫ですよ!ゆっくり食べてください」
天俊熙が両手を横に振りながらそう言うと、天麗華は「ふふ」っと笑い、部屋を出た。
天麗華の性格的に、早く戻ってくるだろう。
天俊熙は天光琳を見た。
(麗華様のように頭を撫でるのは流石にな...)
天俊熙は天麗華のように、何かしてあげることはないか...と思ったが特に思いつかない。
頭を撫でるのは流石にキツイだろう。目覚めた天光琳に「子供じゃない!」と怒られるのが想像出来る。
「うーん......」
天俊熙はそう言いながら自分が寝ていたベッドに座り、またしばらく考えたが何も思いつかずそのままベッドに横になった。
(後で金平糖でも買ってくるか......でもなぁ...)
天俊熙は腕で目を隠し、考え続けた。
そして五分たっただろうか。
何も思いつかないのでとりあえず窓を開けて換気でもするか...と思ったその時だった。
「いたた......」
「ん!?」
天俊熙は勢いよく起き上がった。
すると目の前には、天光琳が斬られた場所を痛そうに抑えながら起き上がっていた。
天俊熙は目を大きくして驚いた。
「俊熙......お...おはよう...」
天光琳は天俊熙の方を見て、苦笑いしながら言った。
「お前.........あ、起き上がるな!!」
天俊熙は急いで天光琳の方まで行き、また寝かせた。
「傷口が開くだろ......」
「ごめん...」
天俊熙はホッと息を吐いた。
「ここ...どこ?アイツはどうなったの?」
天光琳は当たりを見渡しながら言った。
そういえば、天光琳は意識を失った後に天宇軒達が助けに来たため、どうなったかさっぱり分からないのだ。
「ここは玉桜山の近くの宿だ。あの悪神はあの後、宇軒様が鎖で縛ったが逃げてしまった......」
「父上が...?」
天光琳は驚いた。
「あぁ。あと俺の父上と、護衛神も助けに来てくれた。護衛神の一神が城に状況を報告してくれたんだってさ......それで、父上達は助けに来れたみたい」
「そうなんだ......」
後でお礼を言わなきゃ...と天光琳は心の中で思った。
「そういえば...大丈夫か......?」
天俊熙は心配そうに言った。
「うーん...。...すごく.........お腹が空いた」
「えっ」
天俊熙は天光琳が『すごく痛い』などと言うのかと思っていたため、びっくりした。
「ごめん、言葉が足りなかった、傷の方は大丈夫なのか?」
「痛い...死ぬほど痛い......」
天光琳は斬られたところをスリスリと撫でながら言った。しかし、撫でたことによってまた痛みが増し、痛そうな顔をした。
「だよな......。あー、ちょっと待ってて。麗華様呼んでくるから......」
天俊熙はそう言って、部屋の扉を開けると、後ろから天光琳の小さな声が聞こえた。
「何か...食べるものを......恵んでください...」
まるで餓死直前の人間のように震えながら言った。......
まぁ何日も何も食べていないのだから、神でもそうなるのだが。
「分かった分かった」
「お願いしまーす!」
天光琳はパッと笑顔で答えたため、天俊熙は安心した。
そして天俊熙は走って一階まで降り、食事部屋にいる天麗華に状況を話した。それを聞いていた女将さんが急いでお粥を作ってくれた。
天俊熙はお粥を持ち、天麗華と一緒に急いで天光琳のいる部屋まで行った。
「光琳!!!」
「ひっ!」
天麗華は扉を勢いよく開けたため、天光琳は驚いた。その衝撃でまた斬られてしまったところが痛んだ。
「あ、ごめんなさい!!」
天麗華は走って天光琳に駆け寄り、謝った。
天麗華の目には涙が溢れていた。
「姉上......?」
「...良かった......本当に良かった......」
天麗華は大切な弟が目覚め、抱きしめたい気持ちでいっぱいだった。しかし傷口に触ってしまうといけないので我慢した。
「お前...寝すぎなんだよ......」
さっきまで平気そうな顔をしていた天俊熙も目に涙を浮かべながら言った。天俊熙は昔から強がる癖がある。しかし今回は強がっている場合ではなかった。
「貴方だって昨日まで眠っていたでしょう...私は本当に心配したんだから......」
「えっ......あー...そうだけど...」
天俊熙はお粥を落としそうになった。
「姉上と俊熙はもう大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」「えぇ。」
二神は微笑みながら答えた。
「ほら、お粥だ。女将さんが作ってくれた......食べれるか?」
天俊熙はお粥を天光琳が寝ているベッドの近くにある小さなテーブルの上に置いた。
天光琳は首も斬られてしまったが、喉は無事だった。
そのため、ご飯は普通に食べられる。しかし......
「その状態では一神で食べられないわね...」
「はい...」
体を起こすと、傷口が開いてしまうかもしれないため、起き上がれない。その為、一神では食べられないだろう。
「ふふ、私が食べさせてあげるわ」
「うぅ......お願いします...」
天麗華は嬉しそうに言い、天光琳は顔を真っ赤にしながら言った。
「そうするしかないよな」
「笑わないでよ!」
天俊熙は笑いながら言ったため、天光琳は恥ずかしそうに怒った。
天麗華は先にお茶をゆっくりと飲ませ、スプーンでお粥をすくい、天光琳の口へと運んだ。
十八歳。姉に食べさせてもらう。とても恥ずかしい......しかしこれは仕方ない。
天光琳は茹でダコのように顔を真っ赤にしているが、天麗華はとても楽しそうだ。
その姿を見た天俊熙は、必死に笑いをこらえて体が震えている。
そして恥ずかしい思いをしながら、天光琳はお粥を完食した。




