第三十一話 目覚めぬ仲間
その頃城では。
「光琳はまだ目を覚まさないのね...」
「......あぁ」
天光琳と天麗華が玉桜山に出発する前日の夜にいた、あのベランダで天宇軒と天万姫は話している。
天浩然は一時間前に城に到着し、今はゆっくりと休んでいるだろう。
「でも......誰も命を落とさなかったのは、本当に凄いわ......」
天万姫は遠くを見ながら言った。天宇軒は頷いた。
天光琳は重症だが、確かに全員命を落とさずに怪我だけで済んだ。
「光琳...」
「どうした?」
天万姫の表情は暗くなり、柵の上に置いている手が震えている。
「あっ......何でもないわ......!」
天万姫は顔を上げ、いつものさやしい表情に戻った。
その様子を見た天宇軒は......少し不機嫌そうな顔をしていた。
「何か隠してることはないか?」
「え......?」
天万姫は驚き目を丸くした。
先程まで優しく話していた天宇軒だったが、表情が変わり、少し怖くなった。最近よく休めていないからなのだろうか。
「あるなら今すぐ言え」
「......っ」
天宇軒は目を細めながら言った。天万姫は震える手を後ろに隠した。
「何も...ありません...」
天万姫は小さな声で言った。天宇軒を怒らせてしまったのだろうか......なぜ突然、こんなことを聞くのだろうか。
「......そうか。...俺はもう部屋に戻る」
天宇軒はそう言って、天万姫の側から離れて行った。
天万姫はこの状況を理解出来ず、そのまましばらく立ち尽くした。
なぜ急に機嫌が悪くなったのかさっぱり分からない。
何か天宇軒がいやがることをやってしまったのだろうか。
天万姫はしばらく考えた。
...しかしいくら考えても、原因は分からなかった。
天万姫は考えるのをやめ、小さく呟いた。
「早く帰ってきて...」
ここからでは見えないが、天万姫は玉桜山がある方向をしばらく眺めた。
✿❀✿❀✿
『......っ!』
『天光琳様!!しっかりしろ!!』
『やめ...て!!』
「......!」
天俊熙は目が覚めた。全身汗だくになっていた。ゆっくりと体を起こし、ベッドに座った状態で、両手で顔を隠した。
天光琳が二神を庇い、苦しみながら倒れていく......あの時の記憶が何度も蘇る。夢にも出てきてしまった。
(思い出したくないのに......)
天俊熙はため息をついた。
時計を見ると午前二時だった。
そんなに寝ていない。
しかしもう眠くない天俊熙はベッドから降り、すぐ横にある窓を開け、近くにある椅子に座って遠くを見つめた。
あの悪神はどこへ行ってしまったのだろうか。恐らくまた、
天光琳の前に現れるだろう。
......現れたらどうなるのだろうか。今回は悪神の方が不利な状況になり逃げていったが、次は今回みたいに上手くいかないだろう。
(もっと強くなるんだ)
天俊熙は手を強く握りしめた。
もう二度と、目の前で仲間が倒れていく姿を見たくない。結界が壊され、仲間を守れないことがないようにしたい。
天俊熙は外をじっと見つめた。
✿❀✿❀✿
外は明るくなった。午前七時ぐらいだ。
天俊熙はあれから眠っておらず、天光琳の様子を見つつ、外をずっと眺めていた。
「俊熙......?起きてる...?」
扉をノックする音が聞こえた。
天麗華の声だ。
「あ、起きてまーす」
天俊熙はそう言いながら扉を開け、天麗華は部屋に入った。
「おはよう 」
「おはようございます」
天麗華は疲れが取れたらしく、昨日の疲れきった顔ではなく、いつもの可愛らしい顔に戻っていた。天俊熙は安心した。
「...光琳......」
天麗華は昨日のように天光琳の横に座った。
「傷...まだ痛むのかしら...」
「かなり深く斬られていましたよね......」
二神は天光琳を心配そうに見つめながら言った。
「......そういえば...あの悪神、天光琳に力を移していたけれど......大丈夫なのでしょうか」
天俊熙は思い出した。天光琳が命を落とさずに済んだのは、あの悪神が力を移していたからでもある。
「私も思ったわ。......あの悪神、神界の者ではなかった場合、力を移された光琳はどうなってしまうのか...とても不安だわ」
「何も無いといいんですけど......」
天麗華は小さく頷いた。
ただの回復の能力だった...という事を祈るしかない。天光琳の体に影響がなければよいのだが。
「...あ、俊熙。貴方お腹空いていない?」
天麗華は立ち上がり、天俊熙の方を見ながら言った。
「実はめちゃくちゃ空いてます...」
天俊熙は苦笑いしながら言った。
目覚めてから何も食べていない。
「そうよね...ごめんなさい、昨日言い忘れてしまったわ。一階に下りれば、女将さんがいると思うの。女将さんに『ご飯を食べたいです』って言えば、食事部屋に案内してくれるわ、そこでご飯が食べられるわよ」
天麗華はゆっくり分かりやすく説明してくれた。
「ありがとうございます。......麗華様はお腹空いていないのですか...?」
「大丈夫よ。私は後でいただくから、貴方は先に食べに行って」
天麗華は微笑みながら言った。
天光琳のそばに一神はいた方が良いだろう。
そのため、天麗華は後で食べることにした。
「分かりました」
そう言って天俊熙は部屋を出て、一階へ下りて行った。




