第二十五話 朝
「......」
天光琳は目を覚ました。外は少し明るくなっていた。
「...あれ!?」
天光琳は気づいて驚いた。天麗華の膝の上で寝てしまったようだ。そして今は自分の部屋のベッドの上にいる。
(十八にもなって姉に寝かしつけて貰うなんて...!!)
部屋には自分以外誰もいないのに恥ずかしくて両手で手を隠した。
(......でも...姉上は眠れたのかな...)
きっと天光琳をベッドに寝かせてくれたのは天麗華だろう。
しかし、寝かしつけてくれていた天麗華も眠れないと言っていた。
天麗華を寝かしつけるような神はいるはずがない。天光琳はなんだか申し訳ない気持ちになった。
時計を見た。朝食の時間は七時だ。現在は五時半なのでまだ時間はある。
(剣を取りに行くか...)
そう思いベッドから降りて、服を着替え、髪を結び部屋を出た。
(顔を洗ってから行こう)
天光琳は洗面所へ向かった。
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「あれ、光琳!おはよー」
「あ、俊熙!おはよう!」
洗面所には天俊熙がいた。
天俊熙は顔を洗い終わったらしく、タオルを取りながら言った。
「俊熙は眠れた?」
天光琳は顔を洗う準備をしながら言った。
「うんん、全然」
顔を拭きながら天俊熙は首を横に振った。
天俊熙も眠れなかったそうだ。
「そういうお前こそ、眠れたのか?」
「え!あ、えーっと...眠れたよ!」
「ん?本当か?」
天光琳はギクッとした。
「隠すことでもなくないか...?本当は眠れてないんだろ」
天俊熙は笑いながら言った。
「違う違う!眠れたんだけど...その......」
天光琳は言いたくなかった。姉に寝かしつけてもらったなんて言えるはずがない!恥ずかしいのだから!!
「...その?」
「......その.....」
「なんだよ、そんなに言いたくないことなのか?」
天光琳は素直に眠れたと言えばよかったと後悔した。天俊熙は笑いながらしつこく聞いてくる。
「姉上に...寝かしつけてもら......った......」
「ぷっ」
天光琳は諦めて小さな声で言った。
当然、天俊熙は笑った。
「マジで言ってる!?お前......あはは、十八歳にもなって......あははは」
「も〜、そんなに笑わないでよ!!」
天俊熙はツボってしまった。天光琳は顔を真っ赤にして言った。
「お前本当に変わらないな、あははは」
天俊熙は別に馬鹿にしている訳では無い。
天光琳はそれをよく分かっているので、笑われて嫌な気持ちにはならないのだが......実に恥ずかしい。
「おかげでぐっすり眠れたよ!!」
天光琳はそう言って水をバシャッと勢いよく顔に掛け、顔を洗い、気分を切りかえた。
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「これから剣を取りに行って、老師にも挨拶してくるけど...俊熙はどうする?」
「あー、俺も行こうかな!」
天俊熙も草沐阳に挨拶しに行きたいそうだ。
ゆっくりしすぎてしまった為、朝食の時間まで後一時間しかない。
二神は急いで天桜山に行った。
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草沐阳はいつも稽古をしている小屋の近くにある小さな家に住んでいる。
挨拶しに行くにもまだ寝ているかもしれない。そのため、先に剣が置いてある小屋へ行った。
中に入ると、いつもと変わらない位置に天光琳が使っている剣が置いてあった。
「そういや、この剣って持ち出していいのか?」
天俊熙は天光琳が剣を持ったのを見て言った。
「大丈夫だよ、これは僕専用の剣なんだ。使いやすいように異国の鍛冶屋さんが新しく作ってくれたんだ」
「あ、そうなんだ...!」
桜雲天国には鍛冶屋はない。そのため、草沐阳が異国へ行き、鍛冶屋に天光琳用の剣を作って欲しいとお願いしたのだ。鍛冶屋の神と草沐阳は仲が良く、草沐阳はよくその鍛冶屋に行くそうだ。
事前に天光琳にどんな剣が良いか聞き、それを鍛冶屋に伝え作って貰った剣なので、天光琳に合った軽めの剣になっている。
「他の剣や刀は全て草老師のものなのか?」
天俊熙は周りに置いてある剣や刀を見ながら言った。
「そうだよ、勝手に触ったら怒られるからね」
天光琳は笑いながら言った。
天桜山は誰でも入れるのだが、この小屋は鍵を持っている草沐阳と天光琳しか入れない。
稽古をしている小屋は天家の者と草沐阳なら入れるのだが、この小屋に関しては貴重品が沢山あるため、鍵を持っている二神しか入れないのだ。
今は天俊熙もいるが、草沐阳は天俊熙のことを知っているし、天光琳がいるから入っても大丈夫だ。
「時間無いし、そろそろ老師に挨拶しに行こう!」
「そうだな!」
天光琳は剣を両手で抱え、草沐阳の家へ向かった。
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「来たか」
「老師!」
草沐阳は稽古をしている小屋の近くにある椅子に座っていた。
二神は走って草沐阳の近くまで行った。
「おはようございます、草老師!」
「おはようございます!あの...」
「言わなくても分かっているぞ。昨日の夜、宇軒に聞いたからな」
草沐阳はそう言いながら立ち上がった。
「え...そうなんですか!?」
天光琳は驚いて聞いた。
「あぁ、そうだ。『光琳はちゃんと剣を使うことが出来るのか』って聞いてきたぞ」
「心配されてるな」
「あはは...」
天宇軒は天光琳がどれぐらい剣を使えるのか気になったのだろう。そのため剣術を教えている草沐阳に聞きに行ったのだ。
天光琳は苦笑いをした。
「老師は...なんて言ったんですか?」
天光琳は恐る恐る聞いた。
「隙は少ないし、動きも素早い。剣を振り下ろす力もそこそこ強くなったし、ちゃんと剣を使えるから安心しろって言ったぞ」
「...!!」
天光琳は嬉しくなった。今までそんな言葉を貰ったことは無
い。
ちなみに草沐阳は天宇軒の事を呼び捨てしたりタメ口で話したりしている。
草沐阳は天宇軒の父天俊杰と仲が良かった。
天俊杰と草沐阳は同じぐらい強かった。神の力は高く、剣も使えた。
天家の神ではない草沐阳の方が神の力は少ないが、その分天俊杰より剣の腕は良かった。
そして草沐阳は天家の神ではないが、天俊杰の手伝いをして支えていた。
なので天宇軒は小さい頃から天宇軒を知っている。そのため草沐阳は天宇軒の事を呼び捨てしたりタメ口で話せたりするのだ。
しかし天俊杰は不器用な神で、国を上手くまとめられず、天宇軒が二十五歳の時に自ら命を経ってしまったのだ。
けれど、その後も草沐阳は天家に修行や稽古を教え支えている。
そして時々、昨日の夜のように天宇軒は夜に草沐阳と話すことがあるらしい。天宇軒にとって草沐阳は父親のような存在なのだ。
「まぁでも、俺に勝ったことは一度もないって言ったら急に顔色が悪くなったなぁ、はっはっはっ」
「よ、余計なこと言わないでくださいよ!」
「あははは」
三神は笑った。そしてしばらく笑ったあと、草沐阳は真剣な顔をして言った。
「今日は何があるか俺にも分からん。アイツはきっと只者では無い。気をつけるんだぞ」
「「はい」」
二神は強く頷いた。もうすぐ朝食の時間だ。そろそろ城に戻らなければいけない。
「老師、そろそろ行きますね」
天光琳がそう言うと草沐阳は頷いた。
二神は草沐阳に会釈をして、城へ向かって走り出した。
「絶対に生きて帰ってくるんだぞ。ここで待っているからな!」
草沐阳は走っている二神の後ろ姿を見ながら大きな声で言った。
「「はい!」」
二神は振り返り草沐阳の方を見ながら力強く返事をした。
そして再び走り出し、城へ戻った。




