第二十七話 不幸
「ばいばーい!」
「ありがとうございましたー!」
三十分経ち、鬼神王が二人の元へ帰ってきた。
最初は八神の鬼神たちと遊んでいたはずなのに、気づけば十......二十......とパッと見では数えられないほどの神数に増えていた。
「鬼神王様は面倒見が良いですね」
「ですね〜。鬼神王様が来れば、あの子たちは本当に幸せそうに遊びますよね」
近くで見ていた鬼神たちも微笑みながら言う。よくある光景だ。
「おまた...せ.........?」
鬼神王は二神の表情が暗いことに気づいた。待たせすぎたかもしれない。鬼神王は二神も一緒に遊ぶかと思っていたが、よく考えてみると、遊ぶような鬼神ではない。特にメリーナは遊ぶかと思ったが、そういえばメリーナはあまり外へ出ない。いつも側近の仕事をしているため、城に引きこもっていることが多いのだ。
王として、鬼神たちの願いはできるだけ叶えたい。そのため、鬼神たちと遊んできたが、二神には申し訳ないことをした。二神は退屈で仕方がなかったのだろう。
「ごめんね......もう少し早く戻ってくればよかった......」
「なんのことです?」
シュヴェルツェは微笑み、首を傾げた。
「退屈だったよね」
「いえ、平気です。メリーナが変なことを言っていたので注意していただけですよ」
シュヴェルツェは鬼神王が自分たちの表情を見て、自分のせいだと思っていることを察したシュヴェルツェは、メリーナのせいにした。メリーナはシュヴェルツェを睨むと、鬼神王の側まで行き、隣に並んで微笑んだ。
「楽しかったですか〜?」
「......うん!」
鬼神王はメリーナがシュヴェルツェのことを嫌っていることはよく知っている。つい苦笑いしてしまった。
「行きましょう」
三神は人間を不幸にするため、塔へ向かった。
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「そういえば鬼神王様。鬼神王様が活躍しているところを皆に見られるのは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど......」
塔の入口付近でシュヴェルツェが立ち止まり、鬼神王に言った。見られるとはどういうことだろうか。一度に大勢の鬼神たちが人間界へ行くことは出来ない。
どうするのか考えていると、シュヴェルツェは鬼神の力を使い、光でできたモニターのようなものを作り出した。
「皆が鬼神王様を応援したいと言っていたので、こうやって皆に見せようかと思いまして」
「なるほど!皆に見られるのは恥ずかしいけど......かっこいい姿見せたいな」
鬼神王はいつもより頑張ろう。そう思った。
「鬼神王様頑張ってくださーい」
塔の外が賑やかになったと思ったら、いつの間にか外には多くの鬼神たちが集まっていた。こんな大事では無いのに......と思いながらも鬼神王は「頑張るね」と言って笑顔で手を振った。
そしてシュヴェルツェは先程作り出した光のモニターを皆が見える位置に配置した。
そしてシュヴェルツェと鬼神王は陣の上に立つ。メリーナは留守番だ。シュヴェルツェ曰く邪魔だと......。相変わらず仲が悪い。
「行ってらっしゃいませ!」
メリーナはなんともない顔で両手で大きく手を振り、鬼神王が振り返すと光に包まれ二神は消えていった。
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「うげっ......なんでこんなにいるの......?」
人間界に着き、前と同じように神社の屋根に着地すると、鬼神王は目を大きく見開いて驚いた。前回とは違う神社だが、前回はこんなに人間はいなかった。今は......数え切れないほど多くの人間たちが集まっている。
「人間のある国では"お正月"というイベントがありまして。今回はその日を選びました。この国は前回来た国と同じで、神を信じる人が多いのです」
上から見ても地面が見えないほど、人間たちが集まっている。長い列の先は見えない。人間たちは次から次えと神へ祈り帰っていく。......もうこの世界に神はいないというのに......。
「笑えますね。神はもういないということも知らずに皆真剣に祈って......ふふふ。」
「......あははっ、そうだね」
(笑える......?)
鬼神王はシュヴェルツェに合わせて笑ったが、心は笑っていなかった。また前と同じことが起きている。悪が苦しんでいる。これは本当に面白いことだ。しかし笑おうと思っても、何故か自分の心は笑わない。おかしい。
「鬼神王様。まだお疲れではないですか?」
「うん」
どうやら別の神社に行くそうだ。
鬼神王はシュヴェルツェと共に光に包まれ消えていった。
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到着した。先程も見た鳥居、木造建築の立派な建物......
「またこの国?」
「えぇ。この国のお正月は人間がたまりますからね」
どうやら今回は時代は違うようだ。先程より古い時代。先程はそり下げ髪の男が多く見られ、腰には刀を差していた。今は二つ折り髪や束ね髪などが多く見られる。
しかし、相変わらず人間は多く賑わっている。次から次へと神へ祈る。端では木の下で酒を飲み、顔を真っ赤にしながら、変な踊りをしたり、大声を出して笑ったりしている。
人間たちも我ら鬼神と同じように、こんなに楽しそうにするのだと鬼神王は改めて思った。
......ふと、鬼神王はあることを思った。
「あの鳥居の奥は行けないの?」
いつも鳥居から少し離れたところに到着する。近づいたことがないため、どうなっているのか興味がある。
鳥居の奥は暗闇になっていて、何も見えない。
「行けません。俺たち鬼神は人間界へ行くことができるとはいえ、自由に行くことは出来ないのです」
「行こうとするとどうなるの?」
「体が光となって消えていきます。......過去に一度馬鹿な鬼神が鳥居をくぐろうとした。一歩踏み出した瞬間、そいつは光の粒になって風邪と共に消えていった。ですので、鬼神王様は近づかないように」
鬼神王は頷いた。
鳥居の奥へ行く必要はあまりない。 鬼神たちは人間の願いを叶えず不幸にさせるのが目的。祈りにきている人間たちが相手だ。人間たちが自由に暮らしているところなど鬼神が邪魔しに行っても意味が無い。
「頑張ってください」
シュヴェルツェは鬼神王の肩に手をポン、と置き、笑顔で言った。鬼神王は先程のように光の玉を人間に送る。まるで舞を踊っているかのように美しく。
先程と同じで体が勝手に動く。頭に動きが焼き付いている。恐らく過去に舞を学んだことがあるのだろう。この舞はなんの舞なのか分からない。しかし過去の鬼神王のことを知っているシュヴェルツェやべトロは聞いても答えてくれないだろう。
(いいもん。いつか自分で思い出してみせる)
鬼神王はそう思いながらパタンと扇を閉じ、消した。考え事をしていても、人間に光の玉を送ることができた。これは自分を褒めるべきだ。
シュヴェルツェは拍手をしている。
「もう疲れちゃった」
「おや、珍しいですね」
鬼神王は座り、人間たちを眺めた。いつもはこんなに疲れない。しかし今日はやけに疲れる。昨日体力を使いすぎたせいだろうか。あまり眠っていないからだろうか。いや恐らく違う。どちらかと言うと精神的に疲れた......と言った方がしっくりくる。別に気分が晴れないとか、笑顔になれないとか、そういう訳では無い。
まるで何かを犠牲にしてしまった時のような......大切な何かを傷つけてしまった時のような......モヤモヤとした気持ちがずっと晴れずに心にいる。
鬼神王はため息をつく。
(......あっいけない)
そういえば、アタラヨ鬼神国で自分の姿を鬼神たちが見ているのだった。鬼神王はそれを思い出し、素早く立ち上がった。とても情けない姿を見せてしまった。誰しも疲れるものだが、王としてのプライドが許さない。
「では帰りましょうか。今日はいつも以上に鬼神の力を消費してしまったことですし、きっと体がびっくりしちゃったんですよ」
「いや、まだいける!」
「いいえ。ダメです。鬼神王は王なのです。無理をして倒れたりしたら......鬼神たちは皆悲しみますよ」
「でも......」
シュヴェルツェはこれ以上鬼神王に無理をさせるつもりはないようだ。もう既にアタラヨ鬼神国へ帰る準備をしていた。いつの間にか陣を描き、陣の上に立っている。
せっかく描いた陣を消させる訳には行かない。
鬼神王は小走りでシュヴェルツェの元へいき、陣の上に立った。そして光に包まれ消えていった。




