第二十三話 相談
「はぁ」
眠れない。シュヴェルツェにちゃんと謝らなければと心がざわついている。
あの後、風呂をでてから、シュヴェルツェを探したが、見つからなかった。城中メリーナと風呂の側近たちと探し回ったが、姿はなかった。どこへ行ったのだろうか。
(こんな時、相談相手になってくれる鬼神がいれば良いのに)
メリーナは十分相談に乗ってくれる。けれど今回の件についてはあまりメリーナに相談したくない。メリーナはシュヴェルツェが嫌いだ。シュヴェルツェの悪口が帰ってくる未来しかみえない。
鬼神王は溜息をつき、寝返る。
「......あ」
あることを思い出した。相談相手になってくれるか分からないが、話せる相手はいるではないか。
鬼神王は起き上がると、クローゼットから、上着を取り出した。そして上着を寝巻きの上から着ると、部屋の扉をそっと開いた。
(いくら探してもヴェルは見つからないんだし、ちょっとぐらい勝手に一神で出歩いても良いよね)
当然メリーナは眠っている。他の側近たちもだ。起こすわけには行かない。シュヴェルツェはここにはいないようだし、勝手に出歩いているところなど、見つかることは無いだろう。
鬼神王は足音を立てないようにゆっくりと歩き、城から出た。
向かったところは......べトロたちがいる森だ。ずっと薄暗いアタラヨ鬼神国は夜になると更に暗くなる。一神でこの森へ足を踏み入れるのには少し勇気がいる。鬼神王は手から光の玉を出し、辺りを見渡しながらゆっくりと進んでいく。茂みから突然大きな虫が飛び出して来ないだろうか。目の前から突然凶暴な動物が現れないだろうか。あらゆる恐怖を抱きながら、進んでいく。
(この前はここら辺にいた気がするんだけどなぁ)
べトロたちの姿が見つからない。沢山いるはずなのだが......一体も見かけることができていない。
(おかしいなぁ)
風が冷たく、体が冷える。今日はここにはいないのかと諦めて戻ろうと振り返った。そして二歩ぐらい進んだ......その時。
「...!」
鬼神王は地面から飛び出している木の枝に躓いてしまった。このままだと転んでしまう......。そう思った時。
「王......大丈夫デスカ......?」
「べトロ......」
べトロが体を支えてくれたのだ。鬼神王は姿勢を正すと、体を支えてくれたべトロの頭を撫でて「ありがとう」と礼を言った。べトロは嬉しそうにする。
「みんなはどこに行ったの?」
「ズット此処二...イマス.....」
べトロがそう言うと、茂みの方からべトロたちの姿が現れた。先程見てもいなかったような気がするのだが......
「王ガ我ラのコトヲ......探シテイタトハ知リマセンデシタ......ズット隠レテイテ......スイマセン」
べトロたちは普段から鬼神たちに怖がられてしまう。そのため、普段ものこのように姿を消して生活しているのだろう。
次からべトロたちに用がある時は、名前を呼ぼう。そう思った。
「王......何カアリマシタカ?」
「あー......分かる?」
「ハイ」
鬼神王の表情を見て何かあったのだと思ったのだろう。べトロたちは鬼神王を心配し、集まってきた。
「王困ッテル」
「我ラデヨケレバ話聞キマス」
「ありがとう」
とはいえここは木々が月の光を隠し、暗い。
「わっ」
急に体がふわりと浮いたかと思ったら、べトロは鬼神王を横抱きにした。どうやら月の光が届く明るい所へ案内してくれるようだ。自分で歩けるのだが......また躓いてしまうかもしれないと、心配してくれているのだ。この森は地面が平らでは無い。特に暗い夜など、危険極まりない。
(べトロたちは優しいな)
歩く度、べト......べト......と奇妙な音がする。
べトロ達のことを知らなければ、恐ろしい音に聞こえるかもしれない。けれど実はこんなに優しい。
五分後、水の音が聞こえた。ここは前来た滝のところではないが、別の滝が見える。木々は無くなり、月明かりに照らされている池。水の音が心地よく、リラックス出来るような場所だ。
べトロは鬼神王をゆっくり下ろした。そして鬼神王が座ると、べトロたちも鬼神王を囲むように座る。
「僕さ......ヴェルに酷いこと言っちゃったんだよね」
鬼神王は膝を抱えて座る。べトロは鬼神王の背中をさすったり、撫でたりする。ベトベトとした体が少し気になるが、べトロたちの優しさが伝わってくる。
「僕さ......自分のことがよく分からなくて、苦しいんだ。それでヴェルにあたっちゃった。ヴェルは昔の僕が言ったことをずっと守ってくれているのに、今の僕が知りたいからってわがまま言って困らせちゃった......」
鬼神王はため息を着く。
「どうすればいいのかなぁ」
鬼神王は顔をうずめた。
王であるものがこのように落ち込むのは少し格好悪いような気がするが、王も皆と同じ鬼神だ。皆と同じように落ち込むことだってある。......皆より大きな悩みを抱えているのだ。
「シュヴェルツェハ王ガ目覚メルノヲズット待ッテイタ」
「ソンナコトデ、嫌イニハ......ナラナイハズ」
「ソンナニ落チ込マナイデクダサイ」
「ソウデス。我ラ王ノ笑顔好キ」
べトロたちは鬼神王を励ます。鬼神王は顔を上げ、涙を浮かべながら微笑んだ。
「へへ......やっぱりべトロたちは優しいねぇ」
そう言って、右側に座っているべトロにもたれかかった。そのべトロはまるでずっと憧れていた人が抱きついてきたかのような反応をした。緊張しているのだろう。
「ふふ......」
鬼神王は可愛く思い微笑んだ。他のべトロたちは羨ましい、自分も......と鬼神王に近づく。
鬼神王はべトロにもたれ、目を閉じながら話し始めた。
「ねぇ。べトロたちは......昔の僕のこと、知ってる?」
鬼神王はあることを思い出したのだ。前、この森で会った時、べトロたちは鬼神王のことを知っていた。鬼神王が眠る前からいたと言う。ならば知っているはずだ。
べトロたちは次々と「ハイ」と返事をする。やはりそうだ。
「昔の僕、どうだった?」
「......シュヴェルツェ二......口止メサレテイルノデ言エマセン」
「言ッタラ我ラガ消エテシマウ......」
どうやらべトロたちはシュヴェルツェに口止めをされているらしい。言ったら消えてしまう......これはどういことだろうか。契約でも結ばれているのだろうか。
となればべトロたちにも聞けない。やはり昔の自分のことはどうしても知れないのだろうか。
「デモ昔......我ラハ王ヲ傷ツケタ」
「苦シマセタ」
「ゴメンナサイ」
「え?」
鬼神王もたれるのをやめ、べトロ達の方を見た。
べトロたちは悲しそうに見える。
反省しているのだろう。けれど何があったか知らない。
「何があったの?言えないなら大丈夫だけど......」
「我ラ誰カノ命令ニヨッテ動ク」
「命令通リ二動イタ」
「王泣イタ」
「王苦シソウダッタ」
「泣いた......僕が......?」
言えるのはこれだけだろう。べトロたちはこれ以上何も言えないと黙り込んだ。過去に鬼神王はべトロたちに苦しめられたという......。
(命令......)
一体誰からの命令だろう。何者かが命令をし、王である鬼神王を苦しめた。......となると、鬼神王よりも上の立場の鬼神なのだろうか。いや、鬼神王より上のものはいない。では"神"......か。いや、べトロたちは鬼神だ。神などに命令されても動かないだろう。
分からない。謎がもう一つ増えてしまった。
「じゃあさ、今の僕か、昔の僕、どっちがいい?」
これなら大丈夫だろう。聞けなくとも、せめてずっと気になっていたこのことだけは知りたい。
するとべトロたちは次々と答え始めた。
「今」
「今デス」
「今ノ王ノ方ガ好キ」
鬼神王は嬉しくなった。急に心が軽くなったような気がする。
「ケド、昔トアマリ変ワリマセン」
「ソウソウ」
「イヤ、少シ違ウヨ」
「笑顔」
「ソウ、今ハ笑顔ガ増エタ」
「笑顔......?」
昔の自分は今のように笑っていなかったのだろうか。
しかし笑顔が増えただけで、そこまで変わりはないという。それなら安心出来る。今の自分と大幅に違えば、昔の自分に申し訳ない。
「なんか安心した。ありがとう。こんな夜遅くに付き合ってくれて」
「我ラハ王ト話セテ嬉シイ」
「我ラ退屈」
「王ガイル時間、我ラノ幸セ」
「アリガトウゴザイマス」
そういうことならまた来ようと思う。べトロたちはずっとこの森で隠れていて退屈でしかないだろう。
「よし。そろそろ戻ろうかな」
鬼神王はそう言って立ち上がる。べトロたちは眠るのか分からないが、もし毎日鬼神たちと同じように睡眠をとっていたら、ここで長居する訳にも行かない。
「それじゃあおやすみ」
べトロたちは見送りをすると着いてこようとしたが、鬼神王は断った。
一神で戻れるから......それも理由の一つだが、他にも理由はある。
鬼神王が向かった場所は......立ち入り禁止の滝付近だ。
お久しぶり......と言っても3日ぶりぐらいの更新です。お待たせしました<(_ _*)>




