第十話 抜け出し
「暇だなぁ」
天蓋ベッド(貴族やお姫様が使っているカーテン付きのベッドのこと)に寝転がりベッドの天井をじっと見つめる。天井の模様がなんだか顔に見えてくる。泣いている顔、怒っている顔、笑っている顔など様々だ。......まぁそれぐらい暇なのだ。
「王ってこんなに暇でいいの?やることあると思うんだけど......」
「そうですね......今のところないと思いますよ。この国は平和ですし!」
たしかに平和、とても平和だ。争いごとは起きていない。喧嘩すら起きていないのではないだろうか。また貧困状態のものや餓死寸前の鬼神もいなければ、皆暮らす家もある。家族というものがないとはいえ、仲の良いもの同士で住んだりしている。
鬼神王がなにかしなくても、このアタラヨ鬼神は平和で包まれている。
「なら僕王じゃなくても良くない......?」
「いいえ!鬼神王様が王だからこそこの国は平和なのです。それに、鬼神王様が眠っている間、皆今のように笑って過ごしていなかったのですよ」
王が眠っているのに今のように笑えないだろう。
いつ目覚めるか分からない。もしかするとこのまま目を覚まさない場合も有り得る。そのため皆は不安だった。
それに、鬼神王が眠っていた湖は立ち入り禁止だった。行けるのはシュヴェルツェだけ。今どのような状態なのか知りたくてもシュヴェルツェは何も話してくれなかったため、知れなかったのだ。
「もー僕元気だし、遊びに行きたい」
「ダメですよ。ゆっくり休まないといけません!私がヴェルさんに怒られてしまいます!」
休ませろと命じられているのだろう。鬼神王は口を尖らせた。
(過保護だなぁ)
ここでずっとダラダラする方がストレスが溜まる。そもそもプレッシャーや責任感を感じている訳ではない。そのためちっとも苦しくない。誤解されているだけなのだ。
「暇すぎるよぉ。ねぇ、こっそり行こうよー」
「んー......分かりました。ヴェルさんには秘密ですよ?」
「いいの?!」
冗談で言ったつもりなのだが......
「はい!鬼神王様が、こんなに行きたがっているのに、これ以上ダメとは言えません!」
「やったぁ」と喜んで鬼神王様はベッドから降りた。王であるのに子供のような喜び方である。
「外は冷えるのでこれを」
紺色のもこもこがついたマントだ。今回は肩は出さず、首元にマントをつけた。とても暖かい。メリーナも上にマントをつけて、二神の準備は整った。
メリーナは音を立てないようにゆっくり扉を開ける。「大丈夫です、いません!」と小さな声で言った。二神はそっと部屋を出る。誰にも見つからないようにそっと。これはまるで忍びのようだ。
(忍びごっこ......)
何故かこの言葉が頭に浮かんだ。忍びごっことはなんだ?このことだろうか。
「あっ」
メリーナは急にピタッと止まった。鬼神王様も止まる。耳をすませると足音が聞こえてきた。その足音はどんどん大きくなっていく。こちらに向かっているのだ。
二神は焦った。隠れられるようなところは近くにない。またしばらく分かれ道がなく、戻るにしても途中でバレてしまう。鬼神王は窓に目を向けた。
(ここから飛び降りよう)
そう思い鬼神王は急いで窓を開けた。二神が一度に通れるほど大きな窓だ。メリーナは鬼神王が何をしようとしているのかすぐに分かった。
「いくよ!」
「ま、待ってください!!」
待っていたらバレてしまうでは無いか。足音はどんどん大きくなっていく。もう角を曲がってきそうだ。鬼神王はメリーナの右手首を掴み、窓から飛び降りた。地面まで約二十一メートルもある。これは人間では助からない。けれど鬼神王には浮く能力がある。これを使えば......
「あれ?」
少し浮いたと思ったら急に加速して落ちていく。二神は悲鳴をあげる。このまま落ちていけば地面に叩きつけられて即死だ。それだけは絶対に嫌だ。
もう地面はすぐ近くだ。鬼神王は右手で急いで浮く能力を自分とメリーナに使い、二神は地面スレスレで浮くことが出来た。なんとか怪我することはなかった。けれどこの状況に理解しておらず、二神は息を整えるのに精一杯だった。
「死ぬかと思った......」
「すいません......私には浮く能力がないのです......」
鬼神王は驚いた。てっきり鬼神は全員浮く能力があるのかと思っていたのだ。そのため、自分しか浮かせなかった。もしメリーナがないと知っていたら二神分浮かせるようにしただろう。なぜもっと早く言ってくれなかったのか聞こうとした......が、メリーナはあの時言おうとしていたのかもしれない。『待ってください』その一言を聞き流してしまったのだ。
「違うよ、待たなかった僕が悪いから」
二神は立ち上がった。メリーナは「お怪我はないですか?」と聞いてくれたため、鬼神王は「大丈夫」と苦笑いしながら答えた。
そして再び誰にもバレないように急いで城の門を抜けていく。なんとかバレずに出ることができたところで、メリーナはあることに気づいた。
「鬼神王様、そういえば顔を隠した方が良いかもしれませんね」
鬼神王様が普通に街で歩いているだけでも、鬼神たちは集まり、騒がしくなってしまう。おそらく城にいるシュヴェルツェにバレてしまうだろう。
鬼神王はどうしようか迷ったが、マントにフードが着いていることに気づいた。そのフードは少し大きめで、被ると目元まで隠れてしまう。それでは歩きにくいため、少しあげ、額が隠れるぐらいまで調整した。
「これなら大丈夫かな!」
「大丈夫だと思います!」
メリーナは隠さなくてもよいのだろうか。メリーナは鬼神王の側近だ。メリーナがばれれば鬼神王もバレてしまうのではないか。......と思ったが、いつも城にいるため、鬼神王の側近たちや鬼神王、シュヴェルツェ以外、あまり顔を合わせたことは無い。
そのため、メリーナは顔を隠さなくても、鬼神王の側近だとバレることは無い......ということだ。
二神は街へきた。街は賑わっている。鬼神王はメリーナとはぐれないように気をつけながら街を歩いていく。また、お祭りではないのに、街には屋台が広がっていた。焼き鳥や唐揚げ、ポテトなどの揚げ物の匂いが鼻をつつく。
「美味しそうですね!なにか食べますか?」
「うん!......あー......やっぱりやめとく」
なにか食べたいと思ったが......口内炎のことを思い出し、諦めた。メリーナは「そうですよね。また来た時にしましょう!」と言った。......少し悲しそうな表情だ。
「メリーナはなにか食べたい?」
「い、いいえ!そんなことないですよ!」
本当はメリーナが一番食べたそうにしている。鬼神王は申し訳ない気持ちになったが、メリーナは王が我慢しているのに自分だけ食べるのは嫌なのだろう。
二神は特に目的はなく、とりあえず歩いていく。メリーナは今までの街へ出た回数は片手で収まるぐらいだ。そのため、街のことはよく知らない。
「本当に平和だね」
皆は笑顔で楽しそうに過ごしている。泣いているものや怒ってるものは見つからない。鬼神王は長椅子に座っている若い鬼神たちに目を向けた。なぜ目を向けたのか。それは自分の名前......ではないが、『鬼神王様』という言葉が聞こえてきたからだ。
「鬼神王様がお目覚めになってから、皆元気になりましたよね」
「そうね。それにとてもお優しい方で......」
「この前、私が焼いたお菓子を受け取ってくださったんですよ!」
「なにそれ、ずるい!!」
鬼神王は貰ったお菓子は全て食べている。どれも美味しくて、丁寧に作られていた。食べないなんて勿体ないぐらいだ。
「こんな私が焼いたお菓子、受け取ってくれないかもしれないって思ってたんです。でも笑顔で受け取ってくださったのです......!!『ありがとうございます。帰ったら美味しくいただきますね』って!!」
「きゃーっ!いいなぁいいなぁ!」
そう言いながら脚をぱたぱたと上下に揺らし、興奮している。鬼神王にお菓子を渡した鬼神も両手を上下に揺らし、嬉しそうに語っている。
そして聞こえてくるのはそれだけではなかった。
「この前、ウチの子が迷子になってさ。見つけてくれたの誰だと思う?......鬼神王様なんだぜ!!」
「本当か!?鬼神王様さすがだなぁ」
「俺もこの前、鬼神王に助けてもらったぜ!大雨で俺の家の目の前にある木が倒れてきちゃってよぉ。んで、鬼神王様が木をどかしてくれて、家まで直してくれたんだ!俺なんかに鬼神の力を大量に消費してまで助けてくれるなんて、鬼神王様は本当に凄いよな」
「前、私は普通に歩いてたんだけど、急に強風が吹いて建物の飾りが降ってきたんだよ。結構大きくて当たったら死ぬかもしれないぐらいのやつね」
「えっ......どうなったんだ?」
「鬼神王様が助けてくれた。片手で風を起こして一瞬でな」
「えぇー、かっこいい!」
鬼神王は恥ずかしくなり、フードを深く被った。鬼神たちは口を開けば鬼神王のことを言う。
よくシュヴェルツェと鬼神王で街へ行くのだが、その際、王だと言うのに神助けは自分から進んで行う。そのため鬼神王に対する好感度がさらにあがったのだ。
メリーナは耳元で「人気者ですね」と小さな声で言った。そしてまるで自分が褒められているかのように嬉しそうに微笑んだ。
しかし次の瞬間。その笑顔は一瞬にして消え去った。皆幸せそうで笑顔で包まれていた街に、ある鬼たか神の悲鳴が聞こえた。賑やかだった街は一瞬で静かになる。
「何があった!」
一神の鬼神が叫ぶ。悲鳴が聞こえた方を見ると、そこには数名集まっていた。
メリーナちゃん良い子!




