第七話 人間界
「べトロたちが普通に過ごすことは出来ないの?」
できるのであれば鬼神たちのように過ごすことは出来ないだろうか。
ここでずっと過ごすのは可哀想な気がする。
「良いんですよ。べトロたちは普通には過ごせません。歩く度ベトベトという音が響いて不快ですし、小さな鬼神たちには怖がられます。その上体が大きく、邪魔になりますので」
それはさすがに酷いのではないか......?それとも酷いと思っているのは自分だけなのだろうか。
「それに、先ほど来ては行けないと言った場所があるでしょう。そこを守っているのです。万が一、あそこに誰かが入り込まないように監視する仕事を与えています。べトロたちは皆から怖がられているので、こんなに大量にいれば怖がらないものはいないでしょう」
納得はしていないが、べトロたちは嫌では無いようで、自分がこれ以上口出しする必要はないだろう。
先程まで倒れていたべトロが起き上がったところで、ここから離れることにした。
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次に到着したのが、立派な黒色のレンガ造りの塔だった。何階まであるのだろうか。かなり高さがある。
ここは城の近くで神通りが多く賑やかだ。鬼神王がいると鬼神たちは自然と集まってくる。
「ここでは何をするの?」
「人間界へ行って、人間を不幸にさせていきます」
「......不幸に......?」
シュヴェルツェがそう言うと周りは急に騒がしくなった。人間たちを不幸にさせるのは良くないことだから......そういう事で騒がしくなったのかと思ったが、鬼神たちは拍手をしている。
「鬼神王様ならきっと凄いわ!!」
「昨日は凄かったもんなー」
ここで一つ鬼神王は違和感を覚えた。なぜ皆がこんなに喜んでいるのか分からない。
人間は悪である神が作り出した生き物......そう聞いたが、どうしても神や人間たちが悪いものだとは思えない。けれど皆、神や人間は悪だと言っている。可笑しいのは自分なのだ。神は悪。人間も悪。それが正しい。
「どうやるの?」
「着いてきてください」
シュヴェルツェが塔の中へ入っていくと、鬼神王も後ろからついて行くかたちで塔の中へ入っていった。更に鬼神王の後ろから数名の鬼神たちも着いてくる。気になるのだろう。
鬼神王は中に入ると上を見上げた。しかし光が届いておらず、一番上までは見えなかった。
「ここまでだ」
いきなりシュヴェルツェの口調が変わり、驚いてシュヴェルツェを見た。見ると、先程からついてきていた鬼神立ちを停めている。自分に言われているのかと思い驚いたが、鬼神たちに言っているようで安心した。
「言われなくても分かってますよー」
「ヴェルさんに止められなくてもここで待ってるつもりでしたし!」
「そうそう!鬼神王の邪魔なんてしませんよ!」
まるで反抗期の子供かのように皆は口を尖らせて言う。シュヴェルツェに対する鬼神たちの態度は少し生意気な感じがするが、皆本気で嫌っているようには見えない。むしろ愛されていることがよく分かる。鬼神王はその光景が可愛らしく、クスッと微笑んだ。
そして足元を見る。いつの間にか足元には陣が描かれていた。元から描かれているものなのか、シュヴェルツェが描いたのかは分からないが、陣からはみ出ないようにそっと立った。数秒後、陣は輝き二神を包み込んだ。
「頑張ってください!」
「応援してますから!」
鬼神たちは手を振る。鬼神王はこれから何をするのかよく分かっていないが、笑顔で手を振り返した。そして眩しい光とともに二神の姿は消えた。
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目を開けると、そこは見たことがないところだった。......と言っても記憶が全て消えているため、一度来たことがあるのかどうかは分からない。けれど見慣れないところだった。
「なんか......眩しい......」
空を見上げると、まるで目が火であぶられているかのように痛かった。急いで目を閉じ、シュヴェルツェの方を見ると、光の残像らしきもののせいでシュヴェルツェの顔がよく見えなくなってしまった。
「太陽を直接見つめてはいけませんよ」
これが太陽と言うものか。だんだんとシュヴェルツェの顔が見えるようになってきた。太陽とはこんなに眩しいものだったのか。けれど、太陽の光を浴びるのは初めてでは無いようなきがした。
「ここは?」
「人間たちが住む人間界です」
辺りを見渡す。葉のある木々に囲まれている。下をみると、土の地面からは距離があった。どうやら今たっている場所は建物の屋根の上のようだ。
「僕って人間界に来たことある?」
「初めてだと思いますよ」
てっきり来たことがあるのかと思っていた。ならば太陽の光はどこで浴びたのだろう。まさか悪である神のいる世界ではないだろう。
(うぅん......?)
鬼神王は気になることがあった。我々鬼神が住む世界は『神界』。なら神が住む場所はどこだろう。神はもういないのだろうか。シュヴェルツェは前にこのことを話すとややこしくなる......みたいなことを言っていた。おそらく今の自分がいくら考えても、分かることは無いだろう。考えすぎて頭が痛くなってきた。
「大丈夫ですか?」
「うん。へーき。眩しいの慣れないね」
......と誤魔化した。自分は何もかも忘れてしまったため本当に不便だ。昔の自分を叱ってやりたい。そう思いながら鬼神王は一歩前へ進み、ここがどのような場所なのか確かめることにした。
赤い不思議な形をした建物がある。その建物は、門なのだろうか。その赤い建物の奥は暗闇に包まれていて何も見えない。また、木で作られたしっかりとした建物が並んでいる。
「ここは人間界の『神社』というものです。あの赤い建物は鳥居というのですよ」
「じんじゃ......?」
鬼神王は首を傾げた。
「はい。神々が作り出した人間たちが、神を祈るために作られた場所なのです。人間たちは神を信じ、神に祈る。神は願いを叶え、強くなる。もう神は居ないけれど、神が作り出した生き物を生かしておく必要は無い。ですので、私たちが人間たちを不幸にさせ、人間たちを減らしていくのです」
「なぜ不幸にさせるの?不幸にさせたら人間たちは死ぬの?」
シュヴェルツェは「はい」とも「いいえ」とも言わず微妙な顔をした。これは複雑そうだ。
「私たち鬼神は神が作り出した人間に触れることができません。神は神で、自ら作りだしたというのに人間界に行くことができません」
更にややこしくなった。なぜ我々鬼神は人間界に行くことが出来るのに、神は行けないのだろう。
「神へ対する怒りや不満の想いから生まれたと言いましたよね。鬼神は簡単に言えば人間によって生み出された......ということになります。なので人間界に行けるのです。人間の祈りは神界へ届く。そして再び祈りは人間界へ戻ってくる。そのためか、鬼神も神界と人間界を行き来できるのです」
ややこしい話だ。 理解しているつもりだが、本当のところ理解しきれていない。シュヴェルツェはあえてゆっくりと話してくれているが、理解しきれなかった。
「待って、神も鬼神も神界に住んでるってこと?」
「......そうなります」
シュヴェルツェはなにか言いずらそうに言った。どういうことかよく分かっていないが、シュヴェルツェが言いずらそうにしているため、これ以上聞くつもりは無い。
鬼神王は屋根の上から降りた。
すると、鳥居の方から十歳ぐらいの男の子二人が走ってきた。鬼神王は驚いて立ち止まった。人間と自分たちの姿は全く変わらない。目と鼻と口があり、髪の毛も足もある。同じ姿だ。
そして......角はなかった。
(人間って僕たちと同じなんだな)
ならば神はどうなのだろう。神々が作り出した人間なら神も同じような見た目なのかもしれない。
鬼神王は二人の男の子に触れようとした。すると自分の手が透けて、触れることが出来なかった。
どうやら人間たちから自分たちの姿は見えないようだ。
(そういうことか)
鬼神が人間に触れられない理由とはこのことだろう。まさか物理的に触れられないとは。二人の男の子は走って神社の賽銭箱の前に立った。そしてポケットから五円玉を取り出し、賽銭箱に投げる。そして手を合わせてお願いした。
「俺の父さんの病気が早くなおりますように!」
「"トシキ"くんのお父さんの病気が治りますように!!」
どうやら一人の男の子の名前はトシキというらしい。この二人は兄弟のように見えたが、違うらしい。けれど顔立ちは似ている。従兄弟だろうか。
(従兄弟......か......)
従兄弟......それはなんだか懐かしいような気がした。
「ねぇ、僕には兄弟とか......従兄弟とかいた?」
「......いませんよ。私たち鬼神には家族というものがありませんから。人間や神には必要ですが、鬼神にとって、父親や兄弟という存在は必要ないのです」
いなくても生まれてくる。そもそも家族や兄弟という存在を知らない鬼神だっているそうだ。
鬼神は視線を下に向けた。心が痛む。シュヴェルツェには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そもそもシュヴェルツェの名前すら覚えていなかったというのに、また悪である人間や神のことを覚えていた。
本当に自分が鬼神王なのか不安になってくる。......まるで鬼神ではないようだ。
(もうこれ以上余計なことは言わないでおこう)
シュヴェルツェは優しく教えてくれるため、呆れてはいないようだが、どうしても鬼神王は申し訳ない気持ちになってしまう。
「鬼神王様、ではさっそくやりましょうか。人間が去ってしまいますよ」
鬼神王は二人の男の子を見た。もう願いは言い終わったようだ。神は居ないのだからこの願いは叶うことは無い。それだけでも十分なのだが、鬼神の力を人間に送ることで人間は更に不幸となる。
やり方は簡単だ。鬼神の力が込められた光の玉を出し、それを人間に送る。
鬼神王はシュヴェルツェに教えて貰いながら両手から光の玉を出した。出したらそのまま人間の元へ行くのかと思ってたのだが、光の玉は手から離れてくれない。鬼神王は上下に振ってみたが、光の玉は動かない。隣でシュヴェルツェが笑ったような気がするが気にしない。
どうすれば良いのか分からない。そのため、とりあえずその玉にふぅっと息を吹きかけてみた。すると光の玉はふわりと浮き、男の子二人に届いた。光は激しく燃え上がる炎のようになり、二人にまとわりついた。どうやらこれで完了らしい。
「おぉ......」
シュヴェルツェは驚いているようだ。やり方が違ったのだろうか。
「人間へ送る際、鬼神の力が弱ければ弱いほど、光の玉は送りにくいのです。増しては息を吹きかけるなど......そんなことはできません。鬼神王様の力は恐ろしいですね」
鬼神王はなんとも言えなくなった。ただできると思ってやってみただけだ。
「じゃあヴェルはどうやってるの?」
そう聞くと、シュヴェルツェは両手から光の玉を出したあと、片手に移し、もう片方の手で風を呼び起こした。そして新たに神社に来た二十代ぐらいの女性に光を送った。
「こうしますね。息をふきかけても動かないのです」
「僕も次からそうしようかな」
明らかにシュヴェルツェのやり方の方がかっこいい。息を吹きかけるなんて子供みたいだ。
「鬼神の力が少ないものだと、一度では成功しません。一度で成功させることができているのですから、やりやすいやり方で良いのですよ」
「でもヴェルみたいにする......」
だんだん恥ずかしくなってきた。鬼神王は苦笑いをした。




