第百三十三話 老師
「......老師...」
草沐阳だ。まだ生きていたのか。草沐阳は息を切らし、服は血だらけである。
なんとか逃げ切ったのだろうか。しかしもう体力はないように見える。
「光琳......こっちへ来い...。ソイツと一緒にいちゃダメだ」
もうそのセリフは聞き飽きた。
皆ダメと言うが、そもそも居場所を無くしたのは皆ではないか。
それにもう天光琳は大勢の神を殺している。
これはもう神ではない......悪神だ。
悪神になった天光琳は落暗のもとから離れたとしても、神界のルールにより封印されてしまう。
ならば悪神として楽しい人生を送ろうじゃないか。
「行かないよ」
「何故だ......神を殺して楽しいか......?光琳はそんな神じゃないだろう......」
「楽しいよ、凄く。だって、今まで僕のことをいじめてきた奴らが死んでいくんだもん。楽しすぎてたまらない」
草沐阳は目を大きく見開いた。
天光琳がそんなことを言うはずがない。
小さい頃から天光琳の面倒を見てきた.....。こんなの天光琳ではない。
草沐阳は扇ではなく剣を構えた。
天光琳は右手から黒い光を出し、黒い光は剣の形と変わった。
「光琳......俺はお前とは殺し合いたくない」
「......」
草沐阳は落暗に視線を向けた。
落暗は後ろで天光琳に力を移している。
(全てはこいつのせいなんだ。こいつを倒せばきっと......)
草沐阳は落暗に向かって走っていく。
そして落暗の前へ行くと剣を振り下ろした。
しかしその直前で天光琳が横から庇い、天光琳の剣で弾かれた。
(重い.....)
最近天光琳と剣術の修行をしていなかった。
天光琳の一撃はとても重くなっていた。
そして今まで草沐阳は天光琳に負けたことがなかったのだが、今は天光琳の攻撃から身を守ることしか出来なくなってしまった。
これは鬼神の力のせいなのだろうか。
それもあると思うが、今までの努力を見ているとこれも努力の結果だと思える。
......しかし師匠として負けてはいられない。
天光琳に怪我をさせるつもりはない。そのため、剣さえ手から離れてくれれば良い。
草沐阳は力強く剣をぶつけた。
これでよく天光琳は剣を落としていた。
......が、今はどうだろうか。
パキっと何かが割れる音がした。
なんと草沐阳の剣にヒビが入ってしまったのだ。
(まずい......)
そう思った瞬間、天光琳の強力な一撃が草沐阳の剣にぶつかった。
すると剣は割れ、破片がパラパラと地面に落ちた。
と、同時に天光琳は草沐阳の右肩を斬りつけた。
草沐阳は右肩を抑え、しゃがみ込んだ。
武器はこれしか持ってきていない。
武器が置いてある小屋の付近にはドロドロの生物がいて行くことが出来なかった。
草沐阳は立ち上がり剣を捨て、扇に持ち替えた。
すると天光琳も剣を今度は扇の形へ変えた。
「合わせてくれるのか。......さすが光琳だ」
我を忘れているような状態でも、天光琳の優しさが見えてくる気がした。
扇と剣では戦い方が違う。
天光琳は無意識だったようで一瞬戸惑った様子を見せた。
「もうやめよう......殺しは光琳に似合わない」
「......」
天光琳は迷いがあるのか攻撃をせず下を向いている。
すると落暗が天光琳のもとへ歩いてきた。
草沐阳は扇を使って落暗に攻撃をした......が、落暗は左手で結界を張り、攻撃は弾かれた。
そして落暗は天光琳の肩へ手を置き、なにか囁いている。
そして話終わると天光琳は殺意のある目で草沐阳を見つめた。
「光琳、ソイツの話には乗るな」
何を言ったのかは分からない。しかし良いことでは無いだろう。
今の天光琳は落暗に洗脳されていて、何を言っても皆は敵で落暗が仲間だと思うだろう。
落暗を倒すしかないのだろうか。
草沐阳は舞い始めた。
天光琳ではなく、落暗に向かって攻撃をする。
しかし天光琳は落暗を庇うように攻撃をする。
落暗は結界を張り、草沐阳の攻撃が落暗に当たることは無い。
そして今まで神の力を使えなかった天光琳なのだが、小さい頃からずっと舞や修行を続けてきたため、鬼神の力が使えるようになると比べものにならないぐらい強かった。
舞いは美しければ美しいほど威力は高い。完璧と言っていいほど美しい舞をする天光琳の威力は恐ろしいほど高いのだ。
天光琳は鬼神の力で作りだした無数の針を草沐阳に向かって放った。
「......!」
草沐阳は避けようとした......が、何故か手足が動かなかった。
(糸!?)
いつの間にか手足に糸が絡みついていた。
黒い糸とはいえ、細いため糸が絡みついたことに気づかなかった。
「ぐっ......」
草沐阳は避けることが出来ず、全て刺さってしまった。
激しい痛みが身体中に伝わり、立っていられない。今すぐにでもしゃがみたいのだが、糸のせいでしゃがむことが出来ないのだ。
しかし足が震えてきちんと立つことができない。そのため体重が全て糸が絡みついている手首にかかる。
手首は糸によって切られてしまうのではないかと言うぐらい強い痛みが走る。
草沐阳は扇を落としてしまった。
天光琳はゆっくりと草沐阳に近づいた。
「強く...なったな......」
草沐阳はカスカスの声で言った。
天光琳は表情を少しも変えず、右手に鬼神の力で作った剣を持った。
「ははは......まさか......教え子の光琳に...やられる......とは......」
草沐阳は悔しそうに......いや少し悲しそうに苦笑いをした。
そして目を閉じた。
もう死ぬ覚悟は出来ている。
「さようなら」
天光琳は草沐阳の胸を狙って斬りつけた。




