第百二十八話 父
桜雲天国の桜の花びらは枯れてきている。
まるで桜雲天国はそろそろ滅びる......ということを表しているようだ。
天麗華と天俊熙は街へ到着した。しかし天宇軒の姿はない。
どこへ行ったのだろうか......。
奥の方からは神々の悲鳴や鳴き声が聞こえてくる。鬼神はすぐ近くにいるようだ。
また焔光山で霧に覆われている時に聞こえてきたベタ...ベタ......という音が聞こえる。
それも沢山だ。
どれぐらいいるのだろうか。
「光琳!!どこにいる!」
「返事をして!」
二神は必死に叫んだが、聞こえてくるのは悲鳴や鳴き声のみ。
「......なっ」
天俊熙は下に転がっている死体を見て青ざめた。
「填可......明貴......」
それは昔の友人だった、填可と明貴の姿......もう目を覚ますことは無い。二神は腹部から血を流し、息をしていなかった。
「......くそ...光琳は......どこだ.........」
天俊熙は涙をこらえ、天麗華と共に前へ進むことにした。
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「宇軒様!来てはダメです!」
「殺されてしまいますよ!!」
天宇軒は一神で、騒がしいところまで来た。
辺りは血を流して倒れている神々ばかりだ。
息をしているものいれば、もう亡くなっているもの、苦しそうにもがいているものもいる。
護衛神の二神は血を流し必死に歩きながら天宇軒に言った。
「宇軒様!」
追いついた波浪が走ってきた。
すると......
「......っ!?」
「波浪!」
突然地面から黒い大きな針のようなものが出てきて、そのまま波浪を突き刺した。
体を貫通し、波浪は苦しそうにしている。
「宇軒様......すいません......」
「今助ける!」
「いいえ......お逃げ下さい......私の......命......な......ど......」
波浪は目を閉じた。
死んだのだ。
波浪を突き刺した針はゆっくりと地面に戻っていき、波浪はそのまま倒れた。
天宇軒は突然の事で頭が真っ白だった。
しかしここで突っ立っている訳には行かない。
もうすぐ近くに鬼神はいるのだろう。
「うわぁぁぁあっ!?」
先程の護衛神の悲鳴が聞こえ、天宇軒は急いで振り返った。
すると二神の護衛神の前に、黒い布を被りマントを着けたある神が立っていた。
「お前はっ!?」
「まさか.........っ!」
黒い布を被った神は右手から黒い光を出し、波浪のように二神の護衛神を突き刺した。
すると大量の血が天宇軒に飛び散った。
そして護衛神が死んだのを確認すると、黒い布を被った神はゆっくりと天宇軒の方に歩いてきた。
「なっ......」
いつの間にか黒い布を被った神の隣には......見覚えのある鬼神がいた。
それは......落暗だ。
天宇軒はこの鬼神が落暗と言う名前とは知らないが、玉桜山などで出会っているため顔はよく覚えている。
ではこの黒い布を被った神は誰だろうか......。
まさか......!
そう思った瞬間、黒い布を被った神は手から光を出し、黒い扇を作った。
そしてその扇を持って舞い始めた。
舞うと無数の針が飛んできて天宇軒は急いで扇を持ち結界を張った。
しかし直ぐに壊れてしまう。
天宇軒は結界を張り直したがまたすぐに壊れる。
舞いながら何度も結界を張り直し、自分の身を守ることだけに集中した。
黒い布を被った神の舞はとても美しかった。
しかしその舞からは殺意を感じられる。
「......ぐっ!」
突然、地面から黒い針のようなものが出てきて天宇軒を突き刺した。
強烈な痛みが全身に伝わった。
波浪や護衛神のように......ということはもう助からない。
黒い布を被った神は、天宇軒の前まで来た。
背丈は低く、まつ毛が長く女神のようだ......そしてこの目、この体格この顔は......間違えない。
「......光...琳......」
「......」
天宇軒がそう言うと黒い布を被った神は左手で布を外した。
布を外すと長い髪の毛が風によってなびいた。
この神は......天光琳だった。
髪を下ろし、前髪の左側は乱れ、左目が隠れてしまっている。
目には光がなく、美しい薄群青色の瞳はいつの間にか黒色に染まっていた。
そしてもう失うものは何も無いと言っているかのような表情を浮かべていた......。
また腕から首まで刺青のような黒い模様がある。
天光琳は変わってしまった。あの笑顔はもう見られないのだろうか。
「......光琳......お前...に...話したいこと...が......」
「はなし?」
天光琳の低い声が頭の中に響いた。
針のようなものは天宇軒の体を突き刺したままだ。血がぽたぽたと垂れる音がこの静かな空間に響いている。
「今さら遅いよ」
天光琳は天宇軒の話を聞こうとせず、右手に力を入れた。
すると天宇軒にどんどん針のようなものが刺さっていく。
「......っ.........、そう......だな、遅かった...」
天宇軒は悲鳴をあげることもせず、悲しそうな顔で天光琳を見た。
しかし天光琳は目を合わせてくれなかった。
(最後でも......目を合わせてくれはくれないんだな......)
「光琳......すまなかった......」
謝っても意味が無いことは分かっている。
(お願いだから......最後は...目を...合わせて...くれないか.........)
天宇軒はそう思いながら目を閉じた。
もう動くことは無かった。
(......ん?)
天光琳は何故か胸が痛くなった。
何故だろう。
「どうしました?光琳様」
「......いや、なんでもない」
天光琳は右手の力を緩めた。すると針のようなものは消え、天宇軒は自分の血溜まりに落ちた。
天光琳はうつ伏せで倒れている天宇軒の背中を踏んだ。
完全に死んでいる。
「光琳ーっ!」
「光琳!」
突然、前の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「うるさいな」
天光琳は天宇軒が息をしていないこと確認すると前へゆっくりと歩き出した。
天光琳は完全に我を失い、今までのように笑うことは無くなった。
「うわぁ!!」
「来るなぁっ!!」
聞き覚えのある声の方まで歩きながら、視界に入った神々を殺していく。
天光琳と落暗の後ろにはドロドロの生物もいる。
天光琳は怪しい笑を浮かべていた。
「なぁ......あの説話、知ってるよな......」
「あぁ。『鬼神と呼ばれる悪神が現れたら、神界は襲われ滅びる。そして世界から私たち神々は消え、人間たちは皆不幸になる』ってやつだよな」
崩れた建物の陰に隠れ、二神の男神が小さな声で話している。
「あいつらは鬼神なんじゃないか!?」
「本当に鬼神が存在するだと!?......確かに、説話通りだな......」
「それに、この説話にはもう一つあるだろう......」
二神は息を飲んだ。
「「"鬼使神差"......」」
あっさり亡くなってしまいましたが、宇軒さんの過去や光琳くんへの思いは後に解説するシーンをつくる予定です。




