第百二十七話 本当の思い
一ヶ月経った。
中には探すのをもう諦めている護衛神が数名いる。
桜雲天国の神々は「天光琳は誰かに殺されて死んだ」「天宇軒に殺された」もしくは「自殺した」と言い、皆いつも通りの生活に戻った。
鬼神は一ヶ月間現れていないし、天光琳が死んだことにより世界は平和になったのだと皆は喜んだ。
しかし天宇軒たちはまだ探し続けている。
何となく......天光琳は生きているような気がするのだ。
天宇軒は城の屋上でため息をついた。
『もう何も聞きたくない』
最後に聞いた天光琳の言葉だった。
こんな言葉を最後にしたくない。
まだ......生きていて欲しい。
すると、街の方が急に騒がしくなった。
「た、助けて!」
「逃げろ!!」
「お願い......助けて!」
「来ないでっ!!」
何が起こっているのだろうか。天宇軒は目を細めた。
「悪神だ!!」
「凄い数......」
「天国はもうおしまいよ......っ!」
(悪神だと......?)
悪神とは鬼神のことだろう。桜雲天国の神々は悪神が鬼神だと言うことを知らない者が多い。
「波浪、皆を大広間に集めろ!」
「御意!」
近くにいた波浪にそう命じ、天宇軒は急いで城の大広間に向かった。
「宇軒様!」
「俊熙!君も大広間へ来い!」
「はい!」
天俊熙とすれ違った。天俊熙も騒ぎに気づいたようだ。天俊熙は天宇軒とともに大広間へ走っていく。
数分後大広間に皆集まった。
騒ぎに気づいているようで不安そうな表情を浮かべている。
「光琳お兄様は......」
「大丈夫だ......」
天李静は目に涙を浮かべていた。
天俊熙は天李静の肩に右手を置き、落ち着かせようとしたが、天俊熙も落ち着きがない。左手は強く握りしめている。
すると廊下がバタバタとうるさくなった。
護衛神が数名走ってきたのだ。
「宇軒様!ダメです!悪神たちに攻撃は効きません!」
「既に数名殺されています......このままでは天国は滅びます!!」
天宇軒は下唇を噛んだ。
「他国へ逃げるのは......」
「逃げちゃダメだ。俺たち天家一族は天国を最後まで守り抜くべきです!」
天李偉が青ざめた顔でそう言うと、天俊熙は必死にそう答えた。
天宇軒も頷いた。
「そうだ。天家一族。この命をかけて国を守り抜こう」
皆は強く頷いた。
王一族が逃げるなんてありえない。
例え攻撃が効かなくとも、鬼神に殺されても、国を守るために命をかけて戦えばそれは王一族の役目となる。
すると、辺りは急に暗くなった。
急いで外の様子を確かめに行くと、空は黒い雲で覆われていた。
鬼神の説話通り、この世界は鬼神によって滅ぼされるのか......。
......そして説話のもう一つの話......"鬼使神差"。
鬼神に取りつかれた神界の神が世界を滅ぼしたという......。
嫌な予感がする。
(......光琳!)
天宇軒は走り出した。
「ちょっと貴方!」
「兄上!」
天万姫と天浩然が止めたが聞かなかった。
そして天麗華と天俊熙も走り出した。
酷く焦った表情を浮かべている。
「光琳お兄様!」
「李静、貴方は行っては行けないわ!」
「お姉様、離してっ!」
天李静も走り出そうとしたが、天李偉が止めた。
「お姉様は光琳お兄様のことが嫌いなんでしょ!?だから今も助けないし、探しもしなかった!」
「ち...違うわ!」
天李静がそう言うと、広場に残っている皆は天李偉を見た。
天李偉は焦った。
「李静は光琳お兄様に助けてもらったの!!だから助けたい!このままだと光琳お兄様が死んじゃうの!だから離して!」
「......っ」
天李偉は離さなかった。
心配なのだ。姉として。
鬼神は強い。そして攻撃も効かない。それなのに行くということは死にに行くようなものだ。
大切な妹がそんな死に方をして欲しくない。
すると天語汐がゆっくりと歩いてきた。
「......李偉、離しなさい」
「...は...母上!?」
なんと天語汐は離せと言うのだ。
娘が死んでも良いのだろうか。
「私たちも行くべきよ。逃げるのは......天家の恥なの」
「......そう、だけど......」
天李偉は納得しなかった。
「もう......今日、皆死ぬって言っているようなものじゃない......」
天李偉は涙を浮かべた。
「私は嫌よ!......まだ生きたいの!いつもみたいに皆でご飯を食べて、また花見会をして......皆で笑い合いたい......そして...光琳に謝りたい......」
天李偉は天李静の腕を離した。
しかし天李静は走り出さず、驚いて天李偉を見つめている。
「光琳を探さなかった訳じゃないの......。私が光琳を嫌っていること...李静は知っているから恥ずかしくて探してないフリをしてた。......でも本当は探していたの」
天李偉は天李静の前では探していないフリをしていたのだ。
しかし本当は夜中に城から抜け出し、一神で探していたのだ。
天光琳がいなくなったのは、喧嘩した天俊熙、いつも塩対応をとる天宇軒のせいだけではない。
天光琳をかげでいじめていた自分も悪いのではないかと責めるようになった。
「私......光琳が嫌いなの......嫌いなのに......何故かいつも光琳のことを思ってしまうの......」
自分は本当に光琳のことが嫌いなのだろうか。
もう分からなくなってしまった。
「このままで終わりたくない......ちゃんと謝りたいの!」
しかしいくら探しても天光琳は見つからない。
「李偉。行こう」
震わせている天李偉の肩に天浩然は手を置いた。
「父上......」
「大丈夫だ。死ぬ前に会える」
天浩然はどこか悲しそうな顔をして微笑んだ。
今日死ぬという結果は変えられないかもしれない。
しかし死ぬ前に天光琳に会えるなら......それで良いかもしれない。
「分かったわ。......李静、私も行くわ」
「お姉様......」
「俺たちも行こう」
「えぇ」
天浩然と天語汐も走り出した。
(......光琳...)
天万姫も走り出したが、途中で止まった。
天俊熙も天麗華も天宇軒も天李偉も......皆自分のせいでは無いかと責めている。
......しかし本当の原因は......
(私なんだ......私が......失敗したから......)
この事件が起きたのも全ては天万姫のせいだ。
昔......聞いたことがある。
人間たちの神に願いを叶えて貰えなかった怒りや不満から鬼神は生まれる......と。
鬼神が生まれたのは天光琳なんかのせいではない......自分のせいなんだ......と。
天万姫は目に涙を浮かべ、走り出した。




