第百話 夜中に
(眠れない......)
寝転がってから何時間経っただろうか。
目を閉じて寝ようと思っても眠れなかった。
何度も寝返りをし、寝ようと試みたけれどやはり眠れない。
天光琳はゆっくりと体を起こした。
体を動かせば体温が上がり、眠りやすくなるかもしれない。
そう思った天光琳はベッドから降り、簡単な外着に着替え、髪をひとつに結び、練習用の扇を持って部屋を出た。
......やはりもう冬なので寒い。
天光琳は一旦部屋に戻り、モコモコの羽織を持ってきた。
これでもまだ寒いのだが、体を動かせばあたたまってくるだろう。
誰かとすれ違わないようにそっと歩き、裏口から外へ出た。
外は静かで風が冷たい。
風が吹く度、桜の木から桜がヒラヒラと舞う。
普段は綺麗だと思う桜なのだが、風によって運ばれてきた桜の花びらが髪や羽織などに付き、天光琳は鬱陶しく思ってしまった。
天桜山へ向かおうと、中央入口の方向へ歩いていった。
天桜山は中央入口から左方向へ進んだところにある。
中央入口が見えてきた......と思ったその時。
中央入口に何者かの姿が見えた。
この背丈......この髪型......恐らく天宇軒ではないだろうか。
天光琳は桜の木に身を隠し、天宇軒が過ぎるのを待つことにした。
(どこへ行くのかな......こんな時間に......)
天光琳は不思議に思い、天桜山に行くのをやめ、こっそりと天宇軒について行くことにした。
(この方向は、塔へ行くのかな......でもなんで夜中に?)
そういえば天宇軒の服装は楽な格好ではなく、人間の願いを叶える時の服装だ。そして腰には扇をさしている。
なぜこんな夜中にやるのだろうか。
天光琳は気になって仕方がなかった。
予想通り、塔に到着すると天宇軒は塔へ入って行った。
さすがに塔まで入るとはちあわせてしまう可能性があるため、外で天宇軒が出てくるのを待つことにした。
塔の近くの茂みに隠れ、そこでしゃがんで待つ。
三分後
まだ出てくる気配は無い。
天光琳は落ちている桜の花びらを並べて模様を作ったり、顔を作ったりして暇つぶししている。
一時間後
そろそろ出てきても良い頃だと思うが......まだ出てこない。
桜の花びらを並べるのは飽きてしまったため、次は落ちていた木の枝で絵を描いて暇つぶしをしている。
もちろん、塔の出入口の様子はチラチラと見て確認している。
二時間後
桜の花びらを並べるのも、木の枝で絵を描くのも飽きてしまった。
そしてだんだん眠くなってきた。
もう諦めて帰ろうと立ち上がったその時。
塔から天宇軒が出てきた。
天光琳は急いでしゃがみ、身を隠した。
天宇軒は疲れきった様子で城の方向に戻って行く。
結局なぜこんな夜中に塔へ行っていたのかよく分からなかった。
......と、いつの間にか天宇軒の目の前にもう一神の姿が見えた。
......波浪だ。
波浪は焦っている様子だ。息を切らし......恐らく天宇軒が居ないと走ってここへ来たのだろう。
(何を話しているのかな......)
天光琳はそっと近くまで行った。
「宇軒様!今日は休んでくださいと言ったじゃないですか......また倒れてしまいますよ!」
「いつもよりはやっていない」
「いや......そういう問題ではなくて......。それに、貴方は......」
波浪がそう言った次の瞬間。
(あっ)
天光琳は木の枝を踏んでしまい、パキッと大きな音がした。
二神は天光琳が隠れている茂みに目を向けた。
「誰か......いるのですか?」
波浪がそう言って歩いてきたため、天光琳は姿勢を低くして、急いで逃げていった。
逃げる足音は間違えなく聞こえているだろうが、誰なのかはバレていないだろう。
「何者だ!」
波浪の声が聞こえたが、天光琳は振り向かず、そのまま走り去った。
「追いかけなくて良い」
「えっ......ですが......」
「たまたまここにいたものが、俺たちの様子を見て隠れたのだろう」
天宇軒はそう言ったが、波浪は納得していない様子だ。
あまり聞かれてはいけない話をする予定だったため、何者かが盗み聞きをしていたと思うとゾッとする。
それなのに天宇軒は追いかけなくて良いと言っている。
......まるで誰がいたのか知っているかのように......。
「宇軒様......誰にも言うなって言ったのは宇軒様ではないですか......」
「まだ話していないだろう?聞かれていないから大丈夫だ。......それにここで話し始めようとしたのは波浪ではないか」
「......あ。......申し訳ありません」
"ある話"をする時はいつも周りを気にし、誰にも聞かれないようにしている。
そんな天宇軒が盗み聞きを許すとは......。
「戻るぞ」
「はい......」
波浪は足音が聞こえた茂みを見つめながら天宇軒と城に戻って行った。
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その頃天光琳は。
「はぁ.....はぁ......」
(し......死ぬかと思った......)
体を軽く動かしに行こうとしたのに、まさかこんなに疲れるとは......。




