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短編・神様の薬

 最初は、気軽だった。


 なんせ「鬱は心の風邪」と言われていたし、エッセイ漫画や芸能人の発言を見て、軽い気持ちで精神科の門を叩いた。


 駅前の綺麗なビルにある精神科は、患者で混み合っていた。そのせいか不明だが、診察はわずか五分だった。


 違和感を覚えつつも、毎朝の鬱症状がしんどく、仕事にも支障が出ていた。医者に出された薬を飲めば、たちまち元気にると信じて疑わなかった。


 最初は確かに良かった。よく眠れたし、元気になれた気がした。しかし、五年と十年薬を飲み続けるようになると、効かなくなっていた。


 眠りたいのに、ギンギンと目が冴えて寝られない。そのうち自殺願望も出てきて、職場にも行けず、首になった。


 その後は、福祉の世話になりつつ生活していたが、生活できるギリギリの低賃金。どことなく福祉の連中もバカにしていることが伝わり、気分が悪い。


 そんな時は、よく公園にいった。緑に囲まれた公園に行くと、少しは癒された気がした。売店で買ったアイスを食べながら、ぷらぷら散歩する。溶けたアイスが、地面に落ちると、蟻が群がっていた。


 そんな様子をまじまじと観察していると、何故か今の自分とオーバーラップしていく。精神科医、看護師、薬剤師、製薬メーカー、そして福祉士。アイスにたかっている蟻一匹一匹が、彼らの姿と重なる。


「もしかして、抗うつ薬ってまずい?」


 なぜかそんな考えが頭に浮かぶ。そういえば、医者は副作用などのリスクは一秒も説明していなかった。


 私はその足で図書館へ向かい、抗うつ薬について調べていた。


「は?」


 閲覧室は他に誰もいないが、大声を出しそうになる。


 読んでいた本によると抗うつ薬の副作用が、自殺。薬で心のリミッターが外れ、海外では犯罪にまで発展しているケースも紹介されていた。


 心当たりがある。福祉で出会った同じ病気の仲間は、わけのわからないポイントでブチギレたり、やたらと失礼な事もズバズバ言っていたりしていた。


 手の震えも止まらないものもいた。薬が合わずに、酔っ払いみたいにフラついているものもいた。


 何より、完治している人も見た事がない。全員目が死んでいるし、人間らしい喜怒哀楽も奪われてボーっとしているものもいた。


 危機感を持った私は、断薬することにした。


 突然全部断薬すると、さらに悪化し、犯罪に発展したケースも本に乗っていたため、少しずつ少しずつ減らしていった。


 一言で断薬といっても地獄のような日々だった。頭も痛くなるし、禁断症状も出ていた。


 医者には一応相談していたが、「副作用自殺」について話すと、急に早口になり、カタカナ用語を連発。「ネットや陰謀論を見るな」と逆ギレされ、ますます不信感が募る。


 福祉もなんの当てにならない。結局税金を中抜きしている貧困ビジネスだ。どこかで中抜きと搾取があり、患者は金銭面への不安でさらにメンタルが悪くなるという負の循環が出来上がっている。


 一人で断薬していく日々は、孤独でもあった。誰も頼りにならない。


 抗うつ薬に薬害訴訟なども調べてみたが、結局薬を飲んだ患者の自己責任。元々心が疲れているものが飲む薬という事もあり、卵が先か鶏が先かわからない。


 こんな事している間に仕事のブランク期間も更新し、キャリア面でも不味い状況になっていた。


 結局どこも利権、搾取、中抜き。


 断薬が成功した頃には、メンタルも身体もボロボロになっていた。


 安易に薬を飲んだ事、精神科にかかった事を効果したが、もう遅い。


 この事で、人の嫌な部分を思い知った。一見清らかな薬も、医療も福祉もとんでもない毒だった。しかも善意でコーティングしているからタチが悪い。いかにもあなたの味方という優しい顔で近づく悪魔だった。


 それは何でもそうなのかもしれない。カルト被害者やアルコール中毒者も似たような扱いだろう。レールから外れ、穴に落ちた人間の救済は何もない。自己責任で終了。


 一つ救いがあるとしたら、疫病騒ぎの注射を打たずに済んだ事ぐらいだろうか。散々抗うつ薬に苦しめられた私は、ワクチンが良いものには全く見えなかった。この薬害も騒がれているが静観していた。


 自分が苦しんだ時、誰も助けてはくれなかった。医療利権の酷さも身をもって知ればいい。


 そんな他人の不幸も願うような自分が嫌で、再び死にたくなってきた。どうせブランクもあって新しい職場も決まらない。薬漬けと断薬で失った時間は、あまりにも長かった。


「そうか、死のう」


 荷物を処理し、一人自殺スポットに近いホテルに泊まった。最後に遺書をここで書き、命を断つつもりだったが。


 ホテルの引き出しには、聖書が入っていた。外国人客向けに置いてあるのかと、ペラペラとめくる。さして興味もないが、福祉施設で一人クリスチャンがいたのを思い出していた。その人は「人間は全員クソだけど、神様だけは信じられる」と言っていたっけ。


「だったら、神様。私を救ってください……」


 なぜか聖書をめくっていると、泣きたくなってきて、必死に助けを求めていた。


「もうダメです、神様。薬で潰された時間はあまりにも長い……。身体も心もボロボロです。もう他に誰も頼れない……」


 聖書にはポタポタと涙が落ち、汚れていた。


『そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。』


 聖書の文字が涙でふやけて見えない。


『そのお受けになった傷によって、あなたがたは癒されました』(第一ペテロ・二章二十四節)


 もうどうでも良い。とにかく楽になりたかった。


 いつの間にか泣きつかれ、聖書を開いたまま眠ってしまった。


 翌朝、目が覚める。


 心に溜まっていた落ち込み、鬱、自殺願望などが嘘のように綺麗に消えていた。


「あれ?」


 窓の外から、朝の眩しい光が降り注ぐ。


 本当に神様がいるとしたら。


 助けを求める声を聞いてくれたのだろうか。あの聖書の言葉は私にとって薬だったのだろうか。


 再び、聖書を開き、あの言葉を探した。


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