番外編短編・2023年5月
夫を亡くし、自称・健康インフルエンサーとして名声を得ていたレイコだが、今は体調不良でほとんど何もできない毎日同を送っていた。
夫を亡くした時は、周囲から「可哀想な未亡人」扱いされていたものだが、今は全くそんな事はなかった。むしろ、人々から忘れ去られ、単なる老けたアラフォー女になっていた。収入も激減し、貯金で何とか食っている状態だったが、今年の年末を思うと、生活保護も覚悟している状態だった。愚かな女が一人で生きていけるほど、世の中は甘くはないようだ。
今はあの注射の被害者が一部のメディアに取り上げられるようになり、レイコなんかよりよっぽど不幸な目にあっていた未亡人も多いからだった。中には小さな子供をに残して無くなったものもいる。重い後遺症が残ってしまったものもいた。
しかも五類になったおかげで、アンチマスクやアンチ注射としての立場も危うくなってきた。
それに予言漫画家・笹野流子の人気も衰えず書店には彼女の本が山積みになっていた。この本によると2024年の夏にグレートリセットがおき、預金封鎖され、現金が使えなくなると書いてあった。その次の年には地震、噴火、原爆投下などの世にも恐ろしい事が書いてあり、都市伝説や陰謀論界隈だけなく、多くの人々の注目が集まっていた。
こう言った都市伝説や陰謀論好きに商売をしていたレイコだが、人気というものは残酷だった。一度飽きられ捨てられれば、インフルエンサーとしての復活は厳しい。レイコもそんな状況で、体調不良にもまいっていた。
この界隈では注射から、毒素が出て打っていない人も副反応や体調不良になると言われていた。特に証拠もない都市伝説だが、人間というものは思った以上に科学的にできていない。むしろ呪術的、見えないものもなぜか信じるようにできていた。
レイコもそんな都市伝説は眉唾物だったが、色々と思うところがあり、神社にお祓いに行き、寺にお札をもらいにいった。
夫のお墓もピカピカにし、彼の遺品も住職に供養してもらったが、体調不良は全くよくならない。先祖様も供養したが、全く効果はなかった。
やはり危険な抗うつ薬を毒のように利用した事の報いか。それでも製薬メーカーの陰謀を信じていたし、わざと治さない薬を作った方が経済的という方が腑に落ちる。今の電化製品でも服でも何でもそうではないか。資本経済の社会で薬だけが善で清いものとはどうしても思えない。
レイコは再び図書館にも足を運び、謎の体調不良の治し方なども調べたが、どれも腑に落ちない。
スピリチュアル風の書籍も世も漁り、体調不良の原因も探したが、どれも納得できない。
心に言えない思いがあるせいとか、嫉妬心が原因不明の体調不良とも書いてあったが、レイコはいくら考えても心当たりはなかった。
スピリチュアル本には、願っている事を完了系で言うと良いメゾッドもあった。
「願いが叶いました」
「喉の痛みが減りました」
「頭痛が消えました」
「だるさも消えました」
「ありがとうございます。感謝します」
何度も唱えてはみたが、何の効果もない。玄米菜食をし、肉も食べず、注射も打っていないのに、体調不良は相変わらずだった。
やはり界隈で言われているように、注射を打った人から毒素を被爆した?
だんだんと道ですれ違った人はコンビニの店員にも憎悪を抱くようになり、被爆対策としてマスキクや手袋も外せなくなり、ソーシャルディスタンスも守っていた。
インフルエンサーだった時代は、マスクや手袋、ソーシャルディスタンスを小馬鹿にしていたのに、同じ事をやっているのは、何という皮肉だろうか。
「ははは」
そんな苦笑してまうほどだった。それにレイコは、濃厚接触するほど親しい友人や家族などもいないので物理的に孤立していった。
ネットでもリアルでも居場所を失いかけた時、とある編集者から連絡をもらった。
インフルエンサーとしてそこそこフォロワー数がいた時に知り合った編集者だった。確か大手出版社の編集者で、あの笹野流子とも関わりが深いなどとも言っていたが、どうせデマだろうと思い、放置していたが。名前は本名は出さず、kという。ますます怪しくネット上のやりとりだけしていた。
「ある会合に出れば体調不良がスッキリ治る薬をあげるよ」
しかし、kはそんな甘い事を言ってくるではないか。
どうせデマだろうとも思ったが、何をやっても効果がないレイコは藁をもつかむ思いで、その会合に参加した。気づくと街の人々は、マスクも外し、平穏な日常に戻っていたが、この会合ではキツネやカラスのお面をつけて、顔を隠すスタイルだった。
それだけでも怪しい雰囲気。場所も都内にある雑居ビルの地下だった。薄暗く、埃っぽい。
「いやあああああ!
子供の悲鳴が響く。参加して後悔しかなかった。
ここでやっていたのは、黒ミサだった。いわゆる悪魔崇拝儀式だ。生贄の子供を惨たしく殺し、悪魔を呼ぶ。
レイコも子供の殺害を手助けし、もう逃げられなくなった。
会場には子供の悲鳴が響くが、良心も理性も全部飛んでいってしまった。血だらけの手は鉄の臭いがつき、全ての五感を狂わせていた。爪のなかにも血が食い込むが、これはちょっと洗っただけでは消せる事はできないだろう。
本当に悪魔なんて呼べるのか?
半信半疑だったが、目の前には白い天使のような男がいる。
参加者たちの願いも聞き、契約も結んでいた。
夢だと思いたいが、どう見てもリアルな光景だった。
『君の願いは何かね?』
声もハッキリと聞こえた。
逃げようと思ったが、その声の甘さや美しい見た目に、足が動かない。レイコは彼に魅了されてしまっていたのだった。天使でも悪魔でもどっちでもいい。レイコの心にある悪がそう囁いていて、その声に逆らえない。
「体を治してくれる?」
『いいよ。でも条件を聞いてくれる?』
「条件?」
『タダで叶えてあげるのは、虫が良くない? いわゆる代償をいただきますよ。トレードオフの方が公平でしょ?』
天使は歌うように言う。
「いいわ。契約すればいいんでしょ」
『君はものわかりがいいね!』
こうして悪魔、いや天使と契約を結んだ。同時に不思議な事が起き、体調不良もすっと改善されてしまった。
ただ、天使には金や動物の死体、時には子供の死体も要求され、全く逆らえなかった。
kに頼むと一緒に誘拐に行き、何とか各種死体は用意できたが、メンタルはボロボロになっていた。
いつか自分の死体も要求されるだろう。そんな気もするが。レイコはもう天使には全く逆らう事はできず、殺人を繰り返していた。
ちなみにkによると、この会合には警察幹部や大企業の社長もいる為、決して表には出ないという。上級国民特権というものらしい。
それは、まさに完全犯罪ではないか。夫を殺す為、あらゆる工作をしていたのがアホらしい。同時に世で成功する者の一部は、こうやって結果を得ていた事も知り、夢も希望も何もない。あの予言漫画家も警察も大企業もそんな背景があったとわかると、手品の種明かしをされたような気分だ。
それでも。
もう何人の死体を捧げた後、レイコは天使により頼む。
「もう一度人気インフルエンサーにしてください」
再び人気インフルエンサーに返り咲いたレイコだが、その心は全く幸せではなかった。
もう引き返せない。
自分の死体を要求されるまで続ける他なかった。
死んだ後は地獄かもしれない。たぶんそうだと思うが、夫が死んだ時には覚悟が決まっていた。
ニワトリが先か。卵が先か。
どっちが因果かはわからない。
これは夫の死のせいか、レイコが元々望んでいたものかもわからない。
最近は容姿だけでなく、学歴、恋愛、収入も遺伝子で決まるという調査もあるらしいが、はっきりとした科学根拠もないだろう。人間は思った以上に科学的思想では動いていないのだ。そうなったのもたった数百年の進歩んのこと。人類の歴史からすればほんの一瞬。科学と人間は、実はあまり相性は良くないのかもしれない。死んだ後の事も誰一人科学的証明などできないのだ。この究極な問いにはいくら天才科学者も答えられず、結局神を信じるものもいるという。
レイコも天国も地獄もあるような気がしていた。何の科学的根拠もなく、夫を死なせた事も、子供や動物を殺している事実からそう思っているだけだが。思い込んでるだけか。わからないが、そう思う。
それこそ因果関係は不明といっておこうか。
そうだ、そういう事にしておこう。