表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

2001年9月

 夫の不倫が発覚した。


 吉岡レイコは、夫の携帯電話に、不倫の証拠が残っているのを見つけた。


 夫が風呂に入っている間、あまりにもしつこく鳴っていた。J-POPの着信メロディで、うるさかった。


 思わず折りたたみ式の携帯電話を開いて出てみると、女の子声がした。すぐに切れたが、これは浮気だと直感が伝えていた。


 悪いと思いながらも、メールや着信履歴などを見てみたらビンゴだった。最近携帯電話は、写真が撮れるようになったが、バッチリと女と夫の写真もあった。


 レイコはすぐに携帯電話を元の場所に戻して、リビングのソファに座って気持ちを落ち着かせた。


 テレビをつけると、何かドラマが放送されているようだったが、その音は耳に入ってこない。


「うちの旦那、死なないかな」


 思わず本音が漏れる。思えば夫は、浮気性だった。大手出版社で漫画の編集者をしていて、女は選べる環境だった。不倫相手は、担当漫画家のアシスタントのようだ。


 夫は高校の先輩で、向こうから告白してきた。レイコは、自分で言うのも何だが見た目は良い方だった。浜崎あゆみにちょっと似てると言われたら事もある。


 高校時代の夫は、なかなか優しく交際も楽しかった。大学も一緒に進み、レイコの卒業前に結婚した。去年の話である。


 新婚といっていい時期にこの仕打ち。部屋を整え、服を用意し、料理も作ってあげた。仕事も家の近くの海苔メーカーの事務職につき、夫を支えるつもりだった。ゆくゆく子供が生まれる事も想定し、お金も極力使わず、慎ましい生活もしていた。だからと言って美容に手抜きはしたく無く、毎日メイクをし、髪もセットしていた。


 浮気は想定内だった所もある。あのチャラい男が、入籍したぐらいで落ち着くとは考えられない。


 それでも、腹が立って仕方がない。ぐっと奥歯を噛み締め、目の前で放送されているドラマを見据える。


「え?」


 しかし、ドラマの映像は突然変わった。アメリカで同時多発テロの様子が流れていた。世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んでいた。まるで映画のワンシーンのようで、現実感がない。今は夫の浮気でそれどころでは無いのに、レイコは画面に釘付けになっていた。


「なにこれ?」


 ちょうど、そこに風呂上がりの夫が現れた。もうパジャマし姿で、全く無防備だった。髪も全部乾いていないようで、ポタポタと水滴も垂れていた。


「なんかアメリカでテロがあったみたい」

「ふーん。何か作り物っぽいな。興味ないし」


 夫はそう言い残すと夫婦の部屋の方へ行ってしまった。浮気が発覚した事など、まるで勘づいていないようだった。


「確かに作り物っぽいわね」


 再びテレビ画面を見てみるが、だんだんと現実感が薄れてきた。正直、夫の浮気の事など考えたくは無い。このテロについて調べてみる事にした。


 家にはパソコンがあるが、夫が仕事用に使っているものなので、これは利用できない。この日から図書館、本屋などに行き、陰謀論と言われている物を調べてみた。


 中にはファンタジー、オカルトとしか思えないものも多かったが、不倫のショックから逃れたいレイコは、のめり込んでいく。別に楽しくはなかったが、そこそこ時間潰しにもなった。


 テロは、アメリカ政府と軍の自作自演という陰謀論もなかなか面白かった。その界隈で有名なジャーナリストの本が面白く、順調に著作を集めていった。


 テロの陰謀論を調べるのに飽きかけた時、そのジャーナリストの新刊を買った。それは牛乳、小麦粉、添加物の陰謀論が書かれたもので、食べ続けると発癌のリスクが高いという。特に大手メーカーの袋入りのパンは、会社の中の人でも食べない代物らしい。本当かどうかは不明だが、毎朝袋入りのパンを食べ続け、健康を害した人の事例も載っていた。牛乳も身体に悪く、戦後にアメリカ人がわざと広めたと書いてあった。


 そんな本を読みながら、これで夫を殺せないかと考えてみた。殺せなくても健康を害する事は、可能ではないか。


 頭の中の冷静な部分では「ありえないって!」と言っていたが、健康に悪いものを毎日食べさせる事は可能だった。夫は食に無頓着だし、添加物や栄養素の事なども全く調べない。バレるリスクは、低そうだった。


 レイコは、図書館や書店で食品添加物や健康に悪い食べ物を調べる事にした。


 結論としては、添加物の多い食事で夫を殺す事は不可能だったが、健康状態をじわじわとと悪くさせるのは、不可能とは言えない。実行して見ることにした。


 とりあえず、毎日夫に作っていた弁当を作るのを辞めてみた。最近は、残される事も多かったし、作りがいものなかった。浮気相手とファストフードでなにか食べている方が、楽しそうだ。携帯電話には、浮気相手と一緒にファストフードを食べている画像も残っていた。


「ごめんね。もう弁当は作らないけど、あなたは何でも好きなものを食べていいわ」


 レイコは聖母のような優しい笑顔を作って、夫に言った。レイコの思惑など知らずに、夫は無邪気に喜んでいた。


 こうして毎朝、袋入りの菓子パンと牛乳を与えた。一方レイコはどんどん少食になり、昼ご飯に1日1食生活になった。陰謀論本によると、1日3食は食べ過ぎで、健康に良く無いらしい。オーガニック栽培の野菜なども取り寄せ、こっそり陰で食べていた。夫と一緒に袋入りの菓子パンを食べる状況になっても、後で全部吐き出していた。


 それでもレイコは、全くの健康だった。健康診断で引っかかる事もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ