臼井照明(二)「初陣」 そして 仙田未果(十四)「音がした場所へ」
立派な門をくぐれば庭にうねうねした坂道があるわ、道が石畳になっとるわ、竹林が植わっとるわ、名前のわからへん木が趣よく植わっとるわ、池はあるわ川はあるわ石はあるわ、所々にある灯篭風の庭園灯が全体をええ感じに照らしとるわで、ここはどこかの歴史ある庭園かと勘違いしそうになる。
キョロキョロと良き風景を見ながら坂道を上っていったら、家の一片が見えてきた。全体まで把握できひんものの、近所に聳える重厚で角ばった感じのする豪邸とは趣が異なり、まろやかで、自然と調和しとるような温もりが伝わってくる。材質とか職人とかの影響もあるんやろけど、住む人の心が一番影響するというから、二人はラブラブやったんやろなということも窺えてくる。てあかん、よき景観に意識を持ってかれ過ぎや。これから三人をどつき回せなあかんてのに。
侵入するつもりと言っとったから、まだ侵入してへんやろとは思うけど、どやろか。今んとこ特に殺気は感じられへん。
芝浦と谷川と、えーと垣内の三人。うち一人はさっき会ってるにもかかわらず、どんな顔だったか全く思い出されへん。他の二人の顔ももちろんわからへんから、三人の特徴が全くもってわからへんと言っていい。服装くらい聞いときゃよかったけど、出会った奴はみんな敵だと思えばええ話か。
正面に、おしゃれな木も見えてきた。囲うように道が円形状に広がって、奥が家の玄関になっとる。
でっかいのう。家の玄関に着いても、全貌が全く把握できひん。
この屋敷は『へ』の字型のように建てられとって、『へ』の出っ張った所がちょうど正面玄関、左に連なる建物のほうが短く、右に連なるほうが長いと聞いとったからある程度の想像はできる。円形状の道から左右に伸びる道もそう。せやけど裏庭に続く道がどっちなんかまでは聞いとらへんかったから、どっちに行こうか迷う。どっちも道がカーブしとって先が見えへん。見えへんだけに怖さが増すのうー。いなかったですと言って引き返したい所やけど、そんなん通じひんしな。
迷った時はと臼井は、指を舐めて風に当てる……。全くどっちかわからへん。でも行かなーあかん。せやから、行き止まりやったとしてもそんな歩かんくてすむ、短い左でええか。早く気づいてええし。と臼井は屋敷を右手に見ながら、腕を摩りながら、石畳を歩き始める。
さすがに家ん中まではまだ侵入してへんやろな。せやったらさすがに曇さんから連絡来るか。
いっやーそれにしてもひっろいのう。外からは全く敷地内がわからへんようになっとった。用心深さもかなり持っとんのやなあとしばらく歩いとったら、幅広のガレージらしき建物が見えてきた。まさかのはずれや。シャッターが一台分開いてるだけで、怪しい気配もない。と思いきや、石畳は続いているから通り越していけそうやわ。と臼井は屋敷沿いの石畳を進んでいく。
お、ホンマ裏庭に辿り着けたんとちゃうか。前庭があれだけ広い分、裏庭はそれほどないやろと思っとったら、一般的な一軒家がすっぽり入ってしまいそうなほどの池と、その周りに木々や石が配置よく植わっとって、右っ側にごっつい石段もある。オレンジ色の庭園灯が庭を程よく照らしていて、かなり情緒的。この石段の一番上がホンマの頂上という感じなのかもしれへん。なにがあるんやろか、ちょっと見てみたいのう。
あかん、また景観に意識を持ってかれる所やった。一旦立ち止まり、物陰に誰か隠れていないか確かめる。
ゾワっと身震いしたものの、恐怖心だけやったみたいや。誰もいーひん感じ。もう侵入していてもよさそうやけどな。とりあえず気をつけながら上に行ってみるか。見たい抜きにして、まだ庭があるかもしれへん。
臼井は石段の端にある灯りを頼りに、ごっつい石段を踏み外さんように一段一段、気をつけながら上っていく。
──バゴーンッ。いっきなり臼井の頭頂部にものすごい激痛が走った。
「イッタアアアあああ」
臼井はたまらず叫ぶ。
「なんやねん」
臼井は両手で頭を押さえるのと同時に上を見る。ごっつい石段の三段くらい上、頂上付近に人が一人立っている。ライトを目に当てられ全く誰かわからへん。気をつけてたのに、
「お前誰やね──」
バゴーンッ。とまた臼井の頭頂部に激痛が走った。
「イッタタタタタアア」
また臼井は叫んだ。押さえている手の上から叩かれ、手が死ぬほどイッタイやんけえとブラブラ両手を振りまくる。
ライトで眩む中、やっとこっちに向かってなにかを振ってくる姿が見えた。なめとんか。臼井は向かってくるなにかを掴もうとしたが、眩しいのと手が痛いのとで感覚がずれたのか、掴めずになにかとすれ違いになってしまった。
バゴォーンッ。
「イッタアアアアアアアー」
今までで一番の激痛が頭頂部に走った。コノ野郎ッ、ハゲるやんけえッ。臼井は石段をかけ上がり、誰かに向かって突進する。
誰かは突進を防ぐようにまたなにかを振り下ろしてきよる。
誰か知らんけどなあ、俺の立ち合いなめんなやッ。
ボンッ──。と頭を打たれる前に臼井の身体が誰かにぶち当たった。ぶち当たった勢いそのまま二人とも吹っ飛び、頂上を越えて石段の先にあった、大きなプールへと落下していく。
ドっボーンっ。臼井と誰かは、プールに着水した。
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仙田未果(十四)「音がした場所へ」
玄関を開けて董山さんのいる正門に向かい始めると、バッシャーンっ、と水に大きな石が落ちたんじゃないかというような音がした。
董山さん? が誰かとまた? もしかしてプール? 未果はターンして、裏庭に向かう。
文字数の都合上、臼井照明(二)「初陣」と、仙田未果(十四)「音がした場所へ」をセットで投稿させていただきました。