董山曇(九)「正門前」
今ここで喧嘩に発展してもと思った三村さんは、話すのをやめてしまったが、親友というのもいいもんだなー。と董山は先日送られてきた、真ん丸のおからドーナッツを一つ頬張り、もぐもぐと噛み締める。
今更思うことでもないが、人と人が出会えば、自然となにかしらの影響を与え合うことになる。受け入れられるか、受け入れられないかで人間関係は決まり、受け入れられるものが多ければ多いほど人間関係は良好となり、親友や恋人といった形になっていく。
それでも人間は全てを受け入れることができないから、時として衝突しなければいけない事態に陥ってしまう。
仙田夫妻はどういう形になることかと、董山はもう一つおからドーナッツを頬張り、もぐもぐと噛み締める。
三村さんが言うように、未果さんがそうなる可能性もなくはない。だがその生活は長く続けることができないだろう。今回を境に理の欲望を満たしてくれる人も場所もなくなる。これほどまでに企画運営している団体はそうそうないから、理は自分で新たな場所を探さなければならない。今の理の交友関係じゃ、探し出すためにかなりの時間を費やすことになるだろう。その間、理の欲望は溜まりに溜まっていき、欲望を制御できなくなると、飯塚紗季が恐れていたような事態へと発展し……。
飯塚紗季。魅力溢れる人妻をなくしてしまった。鈴架がドキッとした笑顔を実際に見たかったものだ。と董山はおからドーナッツを頬張り、もぐもぐと噛み締める。
飯塚紗季、五十一歳。ラクトンいっぱいの、五十一歳。夏にはTシャツ短パン、つばひろの麦わら帽をよく被っていた五十一歳。魅力溢れる五十一歳の飯塚紗季と、朝日が昇る中手をつないで、公園を散歩したかったのに、もうできないなんて。
董山はもう一つおからドーナッツを頬張り、もぐもぐと飯塚紗季を噛み締める……。
──なんだ? ルームミラーやサイドミラーに車のライトが反射して、ルームミラーで後ろを見ると、一台の車がゆっくりと董山の車に近づいてくる。
もう少し飯塚紗季を噛み締めていたかったのに、見慣れた丸い感じの車が、門のど真ん中に止めてある董山の車の、真後ろに停車した。ライトを消して、バタンと運転席を降りてきたのがサイドミラーに見えた。臼井だ。こっちに向かって歩いてくる。
じゃあしょうがないか。と運転席側のドアの前に立った臼井と話すため、窓を全開に開ける。
「おうお疲れ」
董山は臼井に声をかけ、持っていたおからドーナッツの袋を差し出す。
「お疲れさんす」
つなぎを着ている臼井は、ガサゴソっと袋から二つ取り、口に入れた。
「けっこう早かったな。監視の片づけと修理にもっと時間がかかるかと思ってた」
「ほんまっすか?」
もぐもぐの感じではなく、ハッキリとした声の臼井は呑気にピザを食べてた監視班をどつき回したことや、修理中に来たバイク便のことなどを話した。
監視班はともかく、今も気になっているというバイク便の男のことが董山もひっかかり、「ちょっと待ってくれ」今調べるからと董山はドーナッツを食べ、臼井の不随意細胞に残っているバイク便の男の顔を頼りに、バイク便の男を探す。すぐに見つかった。「わかった。あのバイク便の男は、芝浦拓弥という曲芸過激団の団員だ」
臼井は目を見開き、「ほんまっすか」(よかったあなにもしてこんで)「ふー」と自分を落ち着かせるように、頬を膨らませて息を吐いた。
臼井のなんも起こらんで欲しい思いが影響したのもあるだろうが、「あの場は楠木さんの怪しさが平和をもたらしたようだ。リトルキャンディーが三人しかいない情報を知っていたのにもかかわらず、楠木さんをまだ知らぬメンバーの一人だと思い込み、二対一は分が悪いと感じそのまま帰った。臼井だけだったらなにかしらの交戦はあったかもしれない」
「うーわー。楠木さん様様やな」(すごいなあの兄ちゃん)
「臼井が監視班をやる時に一度見失ったが、コンビニに寄ったろ? そこで偶然見かけ、芝浦含め四名様のおいでということになった」
(あっちゃあー)おでこに手を当てた臼井は後悔するように顔を顰め、「そうでしたか」と自分が通ってきた道を見た。(寄らんときゃあよかった)さすがにここで一悶着しなくちゃいけなくなると察し、臼井は後悔の念に駆られている。
「だがまあ手間が省けていい。四名様は消えた渡来の行方を追う役割だったが、ここが仙田邸と気づき、未果さんや俺らもまとめて捕獲することになった」
「まとめてっすか、欲張りな奴らっすねえー」
んーまあ確かに。「したらとりあえず俺は、まだ待機している三礼の楢崎哲郎を聴いておくから、臼井は」知らしめに置いといたうちの一人、「谷川誠二と」新たな「垣内奏馬、芝浦拓弥の三人を頼む。三人は裏庭から侵入するつもりだ」
臼井は一瞬止まった。「……三人もすか?」
めっちゃ不安そうな臼井に、「心配ない。その三人は国花警備保障の訓練しか積んでない、一般人だ」と伝える。
(おお、それならなんとかなりそうやわ)少しホッとした表情を浮かべた臼井は、「了解っす」と笑顔で親指を上げた割に、(こっわいわあ)と仙田家の敷地を見上げるように一旦見てから、「懲らしめてきてやりますかね」と自分を鼓舞するように、着ていたつなぎのフードを被った。後ろから、ひょっこりと豚の頭が現れる。「絶対これ、バカにしてはりますよね」と勢いよく豚のフードを外した。
董山は「フッ」と吹き出して、「だろうな。俺なんて見ろよ」董山もフードを被る。「マントヒヒだぜ」
「ぶっ」臼井はぶたっぱなを鳴らし、「よくお似合いで」と笑ったあと、「それじゃ張り切っていってきますわ。景気付けに、もう一個貰っていいっすか」
「おお」
董山が袋を差し出すと、「いただきます」と臼井はガサゴソッと三つ取り、口に入れてすぐ「よっしゃー」と自分を奮い立たせるようにハッキリ声を出し、「ほないってきますわ」とぽっちゃりぎりぎりの身体をピンと伸ばし、(あーいやでもこっわいわあ)と仙田家の敷地に入っていった。
ぽっちゃりぎりぎりの背中を見ながら、まあ大丈夫だろ。と董山はおからドーナッツを一つ頬張り、もぐもぐと噛み締める。
確かに、もう水面下での戦いが始まっている。
気の合わない『右辺』と『左辺』のケンカに、巻き添えをくらったともいえる仙田夫妻。
依頼人として出会った未果さんに、男として、リトルキャンディーとして、よりよい人生を送れるようサポートしていきたいと言ってしまった以上、未果さんには明るい未来を手にしてもらわなければ困る。じゃないと未果さんを抱けない。その上、理が未果さんを殺しかねない。人妻が一人いなくなっただけでもやるせないのに、また一人人妻がいなくなってしまったら、と考えただけでも末恐ろしい。きっと、理を許せず殺してしまう。曲芸じゃなく、仙田家殲滅。我ながら、なにやってんだということになる。
仙田夫妻、リトルキャンディー、双方よりよい未来を手にしていくには、未果さんのパワーアップは必須事項。実現のため、未果さんのあそこにも触れなければならないだろう。アソコだけ触れられれば大満足なんだが、そうもいかないのが現実という所か。恥を知れという言葉を武器に、鈴架や臼井からいろいろ罵られ、仲間外れにされても困る。
ちゃんとよりよい未来を形にしていくことができるよう探偵の業務もこなしながら、未果さんを抱けるようがんばらないといけない。
まずは、未だに電話できていない三村さんに電話しなければ。二人の会話を聴き入ってしまったりだなんだで、風呂場とかにある盗聴器の処理をお願いできないまま、四名様がおいでの事態となってしまった。かなり反省。後回しにして未果さんに発見でもされたら元も子もない。三村さんに電話をするということで、いろいろ察してはくれるだろ、と董山は三村さんに電話をかける。




