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雨野鈴架(二)上編「奇襲」

 もう疲れた。思いの外あの二人がこれでもかと遠くへ飛んでいっちゃったのと、あのお肉がおいしくて、焼かれてないやつまでいっぱい食べて、思ったより食べ過ぎちゃったことが余計に身体を疲弊させている気がする。お腹パンパンなせいか、やけに喉も渇くし、

 あ、無意識にポッケから飲むゼリーを出して潤そうとしてた。ダメダメ、もう栄養過多なんだから。しまっておかないと。

 鈴架は木の根元にお尻をつけ、幹に背中をくっつける。

 理捜索の第六感て、こんなに働かないもんかなあ……。それでストレスが溜まって食い気に走っちゃって、さらにやる気がなくなって、どんどん勘が働かなくなっているのはあるよねきっと。

 それを聴いて察したどんが、メッセージを送って来てくれないかケータイ見たら、お、ほんと来てた。臼井からも来てる。音消しにしといたから、曇のはけっこう時間が経っちゃってる。と曇のメッセージを開ける。

〈お疲れ。案の定そこそこの奴らが理を拘束した〉げ、そっちっ?〈明日の午後二時、奴らは理を囮に未果さんをライブハウスへ誘き出し、ついでに俺たちもそこで始末する気だ〉えー。〈鈴架、今までよくがんばったと言って理が今どこにいるのか教えるのは簡単だが、どうだ? そっちの状況は〉そっちの状況はって、どうせならこっちの状況を聴いてから連絡してきてよね。……と逆ギレしてもしょうがない。

〈ごめん。理の情報を未だ〉──鈴架の後ろに殺気? と文字をタップしていた手を止める。しかもこの感じは、白の修験者しゅげんしゃ。全く気づかなかったじゃんと振り返ると、サバイバルナイフが鈴架の右後方から喉元目がけ振り下ろされてくる。

 間に合え、と鈴架はキリクを心の真髄に浸透させ、一瞬で金鼓こんくを創り出すと、下界に降りたくても降りられなかった思いを呼び起こし、心の真髄にできた金鼓をカンと一度打ち鳴らす。七仰二礼ななぎょうにれい,《白智はくち》爆轟。

 ボンッと降りたくても降りられなかった思いが爆発し、大地を揺るがす精根,《白智》の礼へと身体が昇華された鈴架は、ケータイを持っている手を裏拳として振り上げる。

 パンッと危機一髪、鈴架の裏拳が修験者の手首に当たった。その衝撃でサバイバルナイフとケータイが地面に落ちる。修験者がたじろいだと感じた鈴架はその隙を逃さず、反動で振れた自分の腕を利用して裏拳を今度は修験者の顔面目がけ振り上げる。

 スッ、と修験者は鈴架の裏拳を右にかわした。かわされることが念頭にあった鈴架は攻撃の手を緩めることなく立ち上がりながら身体を捻り、左手で掌底を作って修験者の右頬目がけ放つと、バンッと掌底と右頬が出合い頭のように衝突した。充分な手応えに、また遠くへ飛んでっちゃっても困るから、近くの幹に当たるよう狙いを定めて掌底を振り抜くと、修験者は頭から後方に吹っ飛んで、狙い通り近くに立つ木の幹に側頭部を打ちつけ、落ち葉の積もる地面に落ちて、少し転がった。

 木の幹はずれるように折れ、近くの木をいくつか巻き添えにして、ドスン、ドスンドスンと地面に倒れた。

 鈴架は倒れた修験者を気にしながらケータイを拾う。よかった割れてない。壊れてもなさそう。と折れた木の折れ目に視線を移すと、鉄筋コンクリートでできているような材質が剥き出しになっていた。

 へえー。と仰向けに倒れている修験者のとこまで向かいながら、途中まで打っていた文面の続きを見て、〈ごめん。理の情報を未だ〉の続きに〈に掴めてない〉と打ち、〈状況は最悪〉さっきは教えてもらう気満々だったけど、やっぱ癪だから、〈でも急がなくていいなら自分で見つけたい〉と修験者の動きにも注意しながら文面を完成させて、曇にメッセージを送る。

 微塵も動いていなかった修験者は、ゆっくり動き始めて手をつき膝をつき、白い息を吐きながら、四つん這いになって起き上がろうとしている。そこそこ気をつけろと言われていたのは府羽大星ふわたいせい杉谷俊行すぎたにとしゆきで、性染色体は二人とも男。この修験者はどう見ても女。手合わせした感じからして、根源であるキリクの流動が不安定で、《白智》の礼がしっかり扱えていない感じ。

 修験者の女と、目が合った。真っ赤に充血してる。頬もげっそりやつれちゃって、泥がついているというだけじゃ言い表せない顔色。唇も荒れに荒れ、口端も白くなり、運動量の割にしっかりとした栄養がとれていないことが窺える。着ている警備服のような上下もボロボロ、所々できた穴から、肌やアンダーシャツが見えている。

 鈴架はいつでも修験者に攻撃できる領域で立ち止まると、「カンガルーかと思った?」と白い息を吐きながら、未だ四つん這いでいる修験者に尋ねた。

「……あらやだ。カンガルーじゃなかったのね」

 修験者は、本来のトーンとは思えないトーンで、かなり掠れた声を出した。

「残念だったね修験者さん。栄養はしっかり取らないと」

 鈴架は修験者の腹目がけ右脚を振る。ボンッと修験者の腹に直撃した右脚を、また木の幹に直撃するよう調節して振り抜くと、修験者はクルクル回転しながら吹っ飛んで、ちゃんとまた木の幹に当たって枯れ葉の地面に落ちると、また木も同じような折れ方をした。鈴架はまた近づいて、同じ領域で立ち止まる。

「名前は?」

 ……うつ伏せで、顔を横に向けている修験者の女は、なにも答えなければ鈴架のほうを見もしない。反撃に気をつけつつ、ねえ、聞いてんの? というふうに一つに結んである長い髪を掴んで、修験者の頭を持ち上げようとしたら、ごっそりと髪だけが抜けた。ヒっ、と鈴架は驚いて髪を放し、後退りする。この修験者、もう崩壊が始まってる。

 鈴架は手に残る髪をパッパしながら、「もう戻ったほうがいい」と忠告する。「じゃないとあなた、死ぬよ」

「……だから?」

 鈴架を横目で睨んだ修験者は、太腿に隠し持っていたナイフを鈴架の足元目がけ振ってきた。警戒していた鈴架はタイミングを合わせてナイフを踏みつけると、修験者はすぐにナイフを手放し、一気に立ち上がって鈴架に拳を一振り、二振りと振ってきた。

 鈴架は二振りともかわし、「人の忠告はちゃんときいたほうがいいよ」と修験者の足元を払い上げ、宙に浮いた修験者の身体を瓦だと思って手刀を振り下ろす。

 ドンと地面に叩きつけられた修験者に、前方宙返りした勢いで踵落としをお見舞いする。

 ボコッと修験者のお腹に直撃し、修験者は反動でくの字型になった。加減したから意識は吹っ飛んでないはず。

 鈴架はくるっと後転して立ち上がり、「名前はもういいからさ」それよりか、「なんでそんなズタボロなの」とダメ押しに、修験者のお腹目がけまた足を振り抜く。

 修験者は吹っ飛び、木の幹にあたって落ち葉の上に落ち、少し転がった。

 転がって止まった修験者は、お腹を押さえながら、「……私の名前は、曲芸過激団『松』所属、飯塚紗季」と掠れながらも大きな声を出した。

 すごい時間差。『松』かなとは思ってたけど、「なに? ケンカ売ってんの」売ってるか。鈴架は倒れている飯塚紗季のもとへ歩いていく。

「あらやだ。当たり前じゃない」とやっぱ返ってきた。「それにその勝ち誇った態度、気に入らないわね」

「勝ち誇った態度とってるつもりないけど、いいじゃん、実際に勝ってるんだから」

「負けたつもりはないわ。これからよ」

 紗季はまたゆっくりと動いて、四つん這いになった。

 まだやるんだ。紗季に近づいた鈴架は、飛ばない程度に紗季のお腹に蹴りを一発入れる。

 ボコッとあたると、ゲホっと紗季の口から大量の血が出て、弾みでバタッと倒れた。

 倒れた紗季の口からまだ、白い息が出ている。崩壊が始まってるのに、《白智》の礼でいられること事態すごいけど、「さすがに止めないと死ぬって。わかってるよね」とまた忠告する。

 お腹を押さえながら蹲っていた紗季は、鈴架の言葉を聞いていない感じで、ゆっくりと動いてまた、四つん這いになった。

 まだ戦う気?「私はあなたを殺すつもりはない」

「だから? 止めろといいたいわけ?」

「そう」

 と強い口調で意志表示したら、

「なんで私があなたの言うことを聞かないといけないわけ? かわいいからってなんでも言うこと聞いてくれると思ったら大間違いよ」

 とさらに強い口調が返ってきた。

「思ってないし」

「嘘を言いなさい」

 紗季の全身がぷるぷるふるえているだけで、四つん這いの状態から立ち上がれる気配はない。

「なに、紗季は死にたいの?」

「死にたいと思ってる人間が、こんなことすると思う?」

 まだ紗季は立ち上がれず、ぷるぷるふるえているだけ。

「生きたかったら、止めるでしょ普通」

「普通ってなに。大っ嫌いな言葉」

「あっそう」めんどくさい人。「なら普通を説明してあげるとね、百位までのランキングがあったとすると、五十位くらいの人のことっ。わかった?」

「フッ」と笑った紗季は「ゴホッゴホッ」と咳き込んで、また血を大量に吐いた。「……もう。笑わせないでくれる。立ち上がれないじゃない」

「笑わなくても立ち上がれないって」

「私が五十位の女だから?」

 紗季は四つん這いのまま、まだ頑張ろうとしている。

「よくわかってるじゃん」

「五十位の女でも立ち上がれる所、見せてあげるわ。感動巨編だから見てなさい」

「別に感動しないよ」

「感動しないの? あなたは生まれたての小鹿が立ち上がっても感動しないの?」

「しない」鹿は食料だったし。「紗季が小鹿だというんならちょうどいい、血を飲んで喉を潤したいから、私は小鹿を狩るまで」

「ちょっと、私は美味しくないわよ」

 鈴架は紗季の笑いを誘ってくるような言葉に誘われて、思わず笑みを浮かべてしまった。「飲むわけないじゃん。立つ気ある?」

「あるわよ。見てなさい」

 紗季は地面から手を放した瞬間、ゲホッと大量の血をまた吐き、その拍子で頽れた。

 なんだもう。「立ったらちょっと感動したかもしれないのに」

「先に言ってくれる? 待ってなさい」

 懸命に言っておきながら、よけい血まみれになった紗季は、身体を動かさない。さすがに限界みたいだね。

「そういうあなたは、何位なのよ」

 それでもまだ白い息は出ている。

「何位って、ランキング?」

 頽れて横向きになっている紗季は、ゆっくりうなずいた。

「そうだねえ」鈴架は首を傾げてから、「総合順位はちょっと難しいけど、なんだかんだいって紗季とそんなかわらない」と首を戻す。

「普通ってこと?」

「そう」

 鈴架は膝を折って、その場にストンとしゃがむ。

「そんなわけないでしょ」紗季はしゃがんだ鈴架に視線を合わせた。「あなたの攻撃、ビンビン響いてきたんだから」

「それはちょっとありがとうだけど、嘘は言ってないかも。ジャンル別で三位まであったとすると、二位だしね」

「……上がいるのね」

「うん、悔しいけど。何年か前に抜かれた」

「それはよかったわ」

 カッチーン。

「気に障ったみたいね。いいわよボコボコにしても。できるものならね」

 動けないくせに、めっちゃ強気。「したい所だけど、しない。無意味に死なれても困るからね」

「失礼ね。私は死んだりなんかしないわ」

 動けないくせに、すごい自信。「いや死ぬから」しゃがんでいた鈴架はお尻をつけて、体育座りをする。「手出しはもうしない」と態度でも示すため、『堰壁せきへき』を唱えた。「絶対止めたほうがいい」

「見縊られたものね。いくらなんでも、私が勝つ」

 鈴架から白い息が出なくなったのを見て言ったみたいだけど、「勝てないって。空元気も嫌いじゃないけど、今ならまだ間に合うから」と言って無理矢理飲むゼリーを飲ませるのは鈴架の箴言しんげんじゃないし、一応とっておきたいというのもある。だから説得するのが一番かもだけど、この短時間で説得を受け入れてくれるタマでもなさそう。「このまま死なれても困るんだよね。私は紗季を来迎堂らいごうどうに収容しなければいけない」

「……来迎堂?」紗季は目だけを一旦反らして、「どこそこ」とまた鈴架を見た。

 知らないんだ。「刑務所みたいな所」

「いいわねおもしろそうね」

「じゃあ一緒に行ってくれるんだ」

「おもしろそうねと言っただけよ。なんにも悪いことしてないじゃない」

「阿阜里の力を持ってる」

「あなただって持ってるじゃない。ビックリしたんだから」

「私はいいの」原住民(天人師)だから。

「なんで?」

「知りたかったら調べてみれば」

 紗季はじっと鈴架の目を見て、「……あなた、いくつなの?」と聞いた。

 ……あ、そっか。「さっそく調べ始めたってやつ?」なんか微笑ましい。

「仕事は怠らない主義なんでね」

「そうみたいだね」年齢くらいいっか。「私はね、二十六」

「へえー。けっこういってるのね。学生かと思ったわ」

「言われると思った」

「ほらみなさい、自分可愛いと思ってるじゃない」

「思ってないって」鈴架は横になっている紗季に向かって、手をブンブンと振る。「会う人会う人よく言われるからってだけ。紗季は?」と話を振る。たぶん同い年くらいかな。げっそりとか服とか、言葉遣いが邪魔しちゃってるけど。「いくつなの?」

「あなた、女性に年齢を聞くものじゃないって教わらなかった?」なにそれ。という間を挟める余裕もなく、「だいたい年齢で私のことを量らないでくれる? そりゃ身体の衰えは感じるけどね、まだ心はピチピチの十七歳なの」と捲し立てるように言った。

 ちょっと呆気にとられ、あんまり話が入ってこなかった。だいたい崩壊寸前なのに、「喋るのしんどくないの」

「なに言ってるの。しんどくないわよ。私のどこにそんな陰気なものがあるっていうのよ」

 鈴架はやや目を細める。「紗季の見た感じ全部」

「嘘言いなさい」

「あわかった」鈴架は目をぱっちり開けた。「しんどいから、愉快を演じてるわけだ」

「なにも演じてなんかないわ。人を詐欺師呼ばわりしないでくれる」

「詐欺師呼ばわりまではしてないけど。だったら年齢くらい教えてよ」

()()()()()って。いいわね。若いって。若いだけで得があるのよね」

 紗季は羨ましそうに言った。

 てことは、「紗季は年上? 全然見えない。若いっていう質感がめっちゃあるね。ほら」あれなんだっけ、若い女性から出るあれ、そうだ、「ラクトンいっぱい感じる」

「あら、詳しい上に突然、嬉しいこと言ってくれるじゃない」げっそり顔色の悪い紗季の顔が、綻んだ。「なんかいやね、若いって言って欲しくてあなたの年齢を聞いたみたい。否定はしないけど」

「しないんだ」

「いいわ。年齢は教えられないけど、褒めて欲しい所を褒めてくれた代わりに、違うこと教えてあげる、雨野鈴架さんっ」

 ドキッ。それくらい知ってるよねとは思っていたけど、いきなり自分の名前を出されてビックリしてしまった。

「あなたはリトルキャンディーにいて、仙田理を見つけに来たのよね?」

 そ、そうだけど、「知ってるの? 仙田理」期待を込める。

「ええ知ってるわ」ほんとに?「顔写真だけだけどね」なんだ。「まだあのハンサムボーイを見つけられていないからこんな所にいるのよね?」

 グサっ。鈴架はガクッとし、「そうなんです」と丁寧語になってしまった。

「仙田理なら」紗季は鈴架の後方を見るようにして、「二、三㌔離れた洞窟の中にいるはずよ」とゆっくり指を差した。

「うっそガチほんと?」

 鈴架は目を丸くする。

「……ほんとよ。あっちね」紗季は差す指をちょんちょんと動かした。うんうんと鈴架はうなずく。「方角的には西になるかしらね」

 まさか、居場所を教えてもらえるなんて。こんなこと、「あ」と鈴架はお肉の罠を思い出した。「もしかして、喜んだ私が紗季を置いて、今すぐ理の所へ行かせようとしてる? 居場所も違うとか」

 紗季は上半身だけ上を向くような恰好になり、「……心外ね」と呆れた感じを出した。「私はそんなことする人間じゃないわ。あなたが後ろを向いた隙に、一発お見舞いしてあげようと思っただけ」

「なにそれ」よかった向かなくて。「それもそれでちょっと姑息だけど、まだ戦う気?」

「うるさいわね」

「じゃあいるっていうのも嘘?」がっくし。

「いいえ」紗季は鈴架の目を見ながら首を振った。「いるのはほんとよ」

「ほんとなの?」

「ええほんと。『松』のメンバー五人付きでいるでしょうね。うち大星とトシには気をつけて。別格だから」

 た、大星とトシって「もしかして府羽大星と杉谷敏行のこと?」

「ええそう、さすがリトルキャンディーね、名前まで掴んでるなんて。とは言わないわ。残る樋口は一般人、江丸えがん兄弟の二人は『建武』、あの兄弟は自由奔放だから一緒にいないかもしれないけど、いたとしても鈴架ちゃんなら蟻んこを踏み潰すようなものでしょうね」

「蟻んこは踏み潰さないけどね」例えかもだけど、ちゃんと否定しておく。そっか、それで曇はそこそこって言ってたんだ。じゃあほんとにほんとかな。「でもなんでそんな詳しい情報を私に? さすがにそこまでは知らなかった」

「実はね、あいつらと私、仲が悪くてケンカしてるのよ。死んでと思ってる。と言いたい所だけど」紗季は顔を顰めて、自分のおでこを片手で押さえた。頭痛がしてきたのか。「本当の気持ちを伝えると、鈴架ちゃんがかわいくてしょうがないからよ。かわいいと全部話したくなっちゃう」

「はいはい。さっき全然違うこと言ってたよね」

「あら、そうだったかしら」

 わざとらし。

 紗季は左手でもおでこを押さえた。かなり痛いのか。と思ったら、口端を伸ばして笑みを浮かべた。

「なに? 頭痛で頭おかしくなっちゃった?」

「失礼ね。かわいい子を前にすると、自然と笑顔になっちゃうものなのよ」

「はいはい、うそうそ」

「嘘じゃないわよ。本当にかわいいと思ってる。それだけじゃない。かわいさの中に美しさもある。そうそういないわよ、美しき輝きを秘めてる人って」

 美しき輝き?「それってキラキラしてるってこと?」鈴架の気持ちが前のめりになる。

「ええ。キラキラしてる」

 それちょっと、嘘でも嬉しい。

「また恥ずかしがる所がかわいいじゃない」

 やばい、照れが出ちゃってた。

 ──急に、殺気が襲ってきた。紗季だ。おでこに置いていた両手をハサミのようにクロスさせ、鈴架の喉元目がけ飛び込んでくる。うそ。さすがにちょん切られると鈴架は咄嗟にキリクを流動させ、《白智》爆轟と唱えた。ボンッと心が爆発した鈴架は抱えていた両足を振り上げ、紗季のクロスしている支点の手首を下から弾くと、自分の両手を地面につけ、もう一度抱えて反動をつけた両足を紗季の顔面目がけ突き刺す。

 ボスッと矢のように直撃した足が紗季の頭をぐにゃりと曲げ、紗季は低空に吹っ飛んで木の幹にぶち当たった。

 ヤバ。さすがに殺しちゃったかもしれない。こんな力残ってるなんて。凄い形相だった。だからやらざるを得なかった。ちょっとした隙を突かれた。

 ちょっと動揺してしまった鈴架は立ち上がり、心を落ち着かせるために深呼吸しながら、倒れている紗季のもとへ近づく。

 近づくと、仰向けに倒れている紗季は、ぐにゃりと首が折れ曲がっていても、鼾のような音で、ちゃんと呼吸していることがわかった。さすが阿阜里の地に宿る力、しぶとい。

 でも意識はないみたい。呼吸も弱い。

 紗季と呼んでも、掠れた強気の声は返ってこない。意識が飛んで自然とキリクの流動は止まったみたいだけど、今も崩壊は進んでるはず。無理矢理飲ませて止めるのも癪だけど、無意味に死なせるのも癪……。

 鈴架のポッケにあるケータイが、ぶるぶるふるえ始めた。出して見ると、曇だった。

「もしもし」と出る。

「おう。楽しそうだな」

「なにそれ」ちょっと苛立つ声を出し、「どっちも癪。迷ってこそ人間の証だ。なんて言ったらご飯をキウイ汁で炊いちゃうからね」と脅す。

「いやいや、それは勘弁してくれ。さっきの返事ついでに、どうするにしても、飯塚紗季のことをもうちょっと知りたいかなあーと思ってだな」

「へえー、私のことを気にかけてくれていたわけだ」

「当たり前だろ」

「もしかして、紗季は人妻?」

「なに言ってるんだ今の今まで拝礼を唱えてたんだぞそんなものわかるわけないだろ今ちょうど手が空いた所だからどうしてるかと気になってちょうど聴いたらちょうどそういう状況になってたから電話したまでだろうが」

「……動揺が見え見えだけど」

「そんなわけあるか。善意の気持ちで聴いたら人妻だったというだけの話だ聞きたくないなら切るぞ。さっきのはオーケーだから。ただし日付が変わらないうちにしてくれ。あいつらがそこにいると決めてる期限だから。じゃあな」

「あーちょっと待ってー」と鈴架は切られないよう食い気味に入り、「照れ隠しだよ照れ隠し。わかってるでしょ。ずっと曇からの連絡待ってたんだから」と身体をくねらせながら甘えた声を出し、「教えてください。紗季のこと」とお願いする。

「別に構わないが、一つ言っておくぞ、決して人妻が先行しているわけじゃないからな」

「わかってます」聴けなくても、人妻レーダーが働いたんでしょ。

「なに?」

「いやなんでもないです。教えてください。お願いします」

「まったく。教えるのは容易いが、いいか、知ることは喜びでもあり」

 ──でたと思って鈴架は「つまらなぬことでもある。でしょ? わかってるって」と先に言ってしまう。

「……ならいい」言いたいことがなにも言えなくて、ちょっと不満そうな曇は、紗季のことを話すにはまず、子供の頃のことを話さなければならないと、深く探っているのかちょっと沈黙があり、「なに?」と驚いた声を出すと、「いくぞ」と話し始めた。

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