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仙田未果(一)初めての衝撃編

 大学二年の春、あれからもう八年。友達の沙友里も一緒だった。その日は沙友里の家でお泊りをすることになっていて、バイト帰りに沙友里と二人で駅のスーパーで買い物をし、沙友里が住んでいるアパートに向かう途中だった。沙友里の彼氏の話を聞きながら、街灯の明かりを頼りに住宅街を歩いていると、明るくなったのと音で後ろから車が来ているのだということがわかり、左端によけて沙友里の後ろを歩いていると、車は未果たちの右側を通り過ぎることなく、ピタリと真横に停車した。大きな車だった。

 ゆっくりと後ろのスライドドアがひらくと、四、五人の男たちがドトッと勢いよく出てきて未果たちを取り囲み、これからドライブに行こうよ。と誘ってきた。前後が男たち、左右が民家の生け垣と車に挟まれていたから無視して通り過ぎるわけにもいかず、行かない。と沙友里がきっぱり断ると、えーいいじゃん。とドライブに行こうと言った男が沙友里の手首をバッと掴んだ。沙友里はやめてよ! と強く言って男の手を払いのけようとしたのに、沙友里が持っていたハンドバッグと買い物袋が道に落ちただけで、男の手を払いのけることができない。未果は助けなきゃと思って咄嗟に買い物袋を手放し、男の腕を掴んで沙友里から引き剥がそうと懸命に力を入れるも、男の腕はビクともしない。はいはい、できるわけないでしょ。という具合にもう一人の違う男が未果の腕を掴み、車へ連れ込もうとする。未果はヤダと思って踏ん張ると、そんなに行きたいのか、とまた違う男が未果の背負っていたリュックを潰すように抱きついてきて、未果は口を塞がれ、懸命にもがいてもビクともせず、未果の足が宙を浮き、無理矢理車に乗せられてしまいそうになった時、未果の後方で、

「君は突っ立っているだけなのか、いい身分だな」

 と、また別の男の軽い口調が聞こえてすぐ、

「イテテテテテ」

 と後方でまた新たな男の声がした。そのことによって男たちの動きが止まり、自然と未果は振り返ることができると、車の左側面の後方辺りで、スラッとした背の高い男がもう一人の男の顔を鷲掴みにしているのがわかった。

「……もしかして君たちは、連続で女性を誘拐している人たち、なのかな?」

 顔を鷲掴みにしている背の高い男が、軽い口調で尋ねた。

 顔を鷲掴みにされている男が、背の高い男の手を引き剥がそうと懸命にもがいているだけで、誰も、背の高い男の問いに答えない。

「……みんな無視ってやつか」

 スラッとした背の高い男は拗ねるような、やや悲しげな声を出した。

「オラッ」

 もがいている男が瞬間的に声を荒げるのと同時に、右脚を振り上げてバシッと背の高い男の膝辺りを蹴った。

「……フっ」と蹴られた背の高い男は、わざとらしく鼻から笑った。「今の蹴り? は『そんなの答えられっか』っていう意思表示でいいのかな?」

 バシッと今度は無言で、もがいている男がまた同じ場所を蹴った。

「……はぁーあ」背の高い男は溜め息を吐いた。「今の蹴り? は『そうだよッ』という意思表示でいいのかな? だとすると、俺が君の脚に蹴りを入れることになるが、それはそれでいいのかな?」と変わらずに軽い口調で尋ねた。

「オラッ」

 もがいている男はまた蹴りを入れた。三度目もまた同じ場所。

「いいだろう、ちょうど蹴りというものを教えたい所だったんだ」

 ドンっ、という重たい音が鳴って、背の高い男が鷲掴みにしたまま、もがいている男の膝辺りを蹴ったんだろうということがなんとなしにわかった。それは街灯の中で見えづらかったというわけではなく、今三回ほど見た蹴りとは全然違うスピードの蹴りで、たまにボクシングなどの試合をテレビで観ている時の、ボクサーのパンチがどこに当たったのかはっきり見えないのとおんなじような感覚があって、間近で起こったことのせいか、とても迫力があった。

「おいおい、困るよ、ちゃんと立ってくれないと」

 今まで背の高い男に蹴りを入れていた時の威勢はどこに行ってしまったのかというほど、もがいていた男は膝の側面辺りを押さえながらなよっとしている。背の高い男が鷲掴みにしている手を放してしまえば、そのまま倒れてしまいそうだ。

「しょうがないなあ」

 ドンっ、とまた背の高い男が膝辺りを蹴ったんだろうということがなんとなしにわかった。蹴られただろう男は、鷲掴みにされている顔を支点に、地面と水平にまで身体が振れた。

 振れた男の身体が戻ってくると、男の両手がだらりと下がって、正気が消えたかのようにくたっと、吊るされたタコのようになった。

 未果は蹴られたわけでもないのに、なんだか自分の膝を押さえたい衝動に駆られている。

 背の高い男は鷲掴みにしていた男の顔を投げ捨てるようにして放すと、男は道端にバタッと倒れた。

 そのことが合図になったのか、ハッ、とした未果は自分の足が地面についているとわかり、男の腕を引き剥がして男たちから遠ざかろうとしたのに、簡単に引き剥がすことができただけでなぜか足は動かず、すぐ左にいる沙友里を見ることぐらいしかできなかった。目が合った沙友里も直立したまま一歩も動かない。沙友里の周りには未果と同じように二人いて、自分と同じようにされていたんだろうということが沙友里の服の乱れ具合からなんとなく想像できた。

「……えっと、確かこいつは、サークル長の長浜」スラッとした背の高い男は放り投げた男を指しながら、「だったよな?」と相変わらずの軽い口調で尋ねた。スラッとした背の高い男は法被にもんぺのようなズボンを穿いていて、昔の、というか、お祭りのような恰好をしている。

 ……近距離にいる男たちは、誰もなにも答えない。男たちは、皆同じパーカーに、光に反射するビブスを着ている。道端に倒れている長浜という男もおんなじ。

「……え、なに、君たち耳が遠いわけじゃないよね」法被姿の背の高い男は、少しだけ大きな声を上げながら、「な、箕輪」と未果に抱きついていたであろう男の肩をポンとたたいた。

 肩をたたかれた箕輪はビクッとするも、その手を払うように肩を動かした。でも、背の高い男の手が払われることはなく、まだ箕輪という男の肩の上に乗っている。それをまた振り払おうと箕輪が肩を動かした時、「──ッタッ」と言葉にならない短い叫び声が聞こえ、箕輪が身体を捻るように素早く移動した。それでも背の高い男の手は箕輪の肩から離れていない。「ンアアアー」低い呻き声を上げながら箕輪は背の高い男を避けるように車の後方の広いスペースに出て、必死に背の高い男から逃れようとしている。街灯の加減で、背の高い男が箕輪の肩をおもいっきり掴んでいるのか、指で突いているのかはっきりわからない。

「……君たちは、連続で女性を誘拐しているんだよね?」

 尋ねた背の高い男の手は、必死に逃げる箕輪の肩から一度も離れていないのは確か。

「……そうだ」

 呻きながらの声だったけど、未果にはそう聞こえた。

「やっと、認めてくれたね」

「ッタアァッ──」

 必死に逃げていた箕輪の呻き声が瞬間的に上がったのと同時に、肩からガタっとしゃがむように膝が折れて、勢いそのまま地面に倒れた……。

「今、認めたよね」

 法被姿の男は倒れた箕輪の片腕を掴み、箕輪を引き摺りながら未果たちのほうへ歩いてくる。

 引き摺られている箕輪は、ピクリとも動かない。

「君、ではなく、君たちと俺は言った。てことは、君たち全員が、何人もの女性を誘拐しているってことになる」

 法被姿の男は、倒れている長浜の横に箕輪を転がした。

「……ハ?」

 沙友里がいる側から、ケンカ腰の声が聞こえた。

「それは、惚けているととっていいのかな?」法被姿の男が未果と沙友里をすり抜け、言った男に同じようなことをするのかと思ったら、未果のすぐ近くにいた男の腕をサッと掴んで引き寄せると、パーカーの男の腹にパンチした。……違う。よく見ればパンチじゃなくて、柄を握っていることからして、パーカーの男の腹にナイフを刺したんだ。うそ?

 法被姿の男は、ドアノブを回すように手首を捻った。それと同時に、パーカーを着た男の呻き声が未果の耳に突き刺さった。

 法被姿の男がナイフを身体から抜くと、パーカーの男はどさっと頽れた……。

「あとは君たち二人だけだ」と静かに言った静かさがちょっと不気味だった。「運転手の矢野くんはもうすでに車の下で居眠り中だ。嘘だと思って、下を覗いてみてくれ。俺の言ったことが現実としてやってくるから」

 さあ、さあ、と法被姿の男の掛け声に押され、沙友里側に立つ二人は目を合わせて、一人が恐る恐る地面に手をついて下を覗くと、本当に倒れていたのか、顔を引き攣らせながらもう一人の男の顔を見た。

 パーカーを着た二人の雰囲気が、変わってきた。

「なんで俺がこんなことを君たちにするのか、知りたくないか?」

 法被姿の男はナイフを法被の懐にしまった。

 ……二人は目を見合わせ、二人とも小さくうなずいた。

「おお、素直でいいね。俺はな」法被姿の男は未果を通り過ぎ、沙友里を通り過ぎ、「君たちに自首して欲しいと思ってるんだ」と8の字を描くように、男たちの周りを歩き始めた。「『僕らは十一人もの女性を誘拐し、監禁し、みんなで犯しています。そのうち三人はもうこの世にはいません。うち二人は僕たちが殺してしまい、一人は自殺してしまいました』と包み隠さずに。……もし、自首が嫌だというのなら、俺は君たちを皆殺しにしなくちゃならない。できれば皆殺しは避けたい選択だ。だから俺は四人に暴力を振るった。君たちが俺の言うことをきいてくれるよう願って。本当は三人でやめておくつもりだったんだが、まだ素直になってくれそうもなかったんでやむをえず、金沢くんをナイフで刺した」

 未果の視界に光が射し込み、沙友里の家のほうを見る。車のライトの光だ。車のライトがパーカーを着ている二人にあたり、ビブスが反射してキラリと光った。

 法被姿の男は、二人の間で止まった。

 ブーンと、一台の車が静かに音を立てながら通り過ぎていった。止まることもなく、減速することもなく、カーブの先に消えていった。

 ポン、と法被姿の男は、ビブスが光った一人の肩をたたいた。

「……自首、してくれるかな?」

「……はい」

 軽くたたいただけだったみたい。

「なんだ、なにか不満そうだな」

「いえそんなただ」

「ただ?」

「いやその不満とかは全然ありません」

 ビブスが光った男は慌てるように否定した。いつ力を入れられるのか、ビクビクしているんだろう。

「とかはってことは、あるってことだと認識するんだが」

「いえそれは誤解です」

「なんだ、言ってみろ。言ったからといって暴力を振るったりしないから」

 ……肩に手を置かれている男はなにも言わない。

「……よしわかった。言わないと暴力を振るうことにしよう」

「あれです」とすぐに口を開いた。「その、……タイミングよく現れたということは、僕たちの行動を、把握していたということですよね?」

「そんなことか」法被姿の男は肩から手を放し、8の字を描くようにまたゆっくり歩き始めた。「そうだ。一週間ぐらい前から君たちのことを把握している。信じられないか? 今までずっと完璧なはずだったのにって。ああ、君たちは完璧だった。今回もそうだ。防犯カメラのない地区を見つけ、歩道のない場所を見つけ、民家と道路の間に生け垣がある場所を見つけた。女性のすぐ近くまで車を寄せ、犯行のスペースを狭くして万が一武闘派の女性にあたったとしても、人数と力で勝負すればいくら相手が玄人でも力で圧倒できる。しかもこの道はカーブしていて見通しも悪い。すぐに攫ってしまえばそうそう目撃されることもない。行動を起こすには絶好の場所。さらに君たちは抜かりがないから、ベランダでタバコを吸っていたとか、住人がいきなり出てきて鉢合わせしてしまったとか、さっきみたいに車が通りかかったりとか、なにがきても怪しまれないように皆お揃いの服と反射ビブスを着て、服装を印象付けるようにしている。犯罪をする奴がわざわざ目立つものを着たりしない、という思い込みを利用して。おまけに、『防犯パトロール中』というステッカーまで車に貼り付け済みだ。素晴らしいね」背の高い男は歩きながら拍手した。「君たちはまず人ではなく、場所を選ぶ。次に状況、そして最後に人。駅やコンビニ、スーパーで人選をするわけじゃなく、ここと決めた日を二日作り、運よく通った女を襲撃する。今の彼氏に悩んでいようが、男にモテ過ぎて困っていようが関係ない」

 ……え?

「通らなかったら通らなかったで自分たちの運が向いてなかったと襲撃はあきらめ、他の場所を探す。欲望で満ち満ちてるのに、女に執着しないなんて本当に素晴らしい。嫌味で言ってるんじゃないぞ、俺の本心だ」

 法被姿の男は、例えとして言ったのだろうか。沙友里は今の彼氏に悩んでる……。未果は……、困ってる……。まさかね。

「事件となってもまず交友関係からじゃ辿り着けない。カメラもない。駅や他のカメラに君たちの乗る車が映っていても、警察はなにも怪しいと思わない。乗っているのは盗難車でもない、ちゃんと車検の通った自家用車ときた。ケータイも忘れずに切られてしまえば、捜査は難航を極めることになる。にもかかわらず、世間では事件にもなっていない君たちを突き止めた俺って凄くないか? おっと、つい自分の凄さをアピールしてしまった。だが致し方ない。この世に現れた事物は、俺たちの手にかかれば隠しようが無いということだ」

 情報が、急にどっときて、未果の頭はちょっとぐちゃぐちゃだけど、男たちの表情からして、まるっきりでたらめという感じがしない。

「あの」と割って入るように言葉を言い放ったのが沙友里でビックリ。「なんで、このビブス集団が犯人だとわかったんですか?」さすが沙友里。

「それはね」と沙友里が急に入ってきたことになんの違和感もなく、「せっかく聞いてくださったのですから答えますと、天性の勘というやつです」と法被姿の男は歩くのをやめることもなく、手を後ろに組んで丁寧な感じで言った。

 へ? 天性の、勘……。未果は初めて法被姿の男の顔を見た気がした。ギラリとした黒目に、太い眉毛、口髭を生やし、ライオンの鬣のような髪型をしている。

「いや、生まれ持った動物的本能とこの場合行ったほうが無難でしょうか」とギラリとした黒目と未果の目が急に合って、未果はすぐに目を逸らす。「あーなんかあっちで欲望のニオイがするな。出所はどこかな? とそのニオイを辿っていきます。犬みたいにくんくんと。歩き回ってニオイの出所がちゃんと確認できたら、ワンと吠えずに我慢する。ひっそりと、着実にそのものの動向を探り、仕留められる所でやっと、ワンと吠える。それが今というわけです。誰にでもあるとは言いませんが、このビブス集団? も似たようなものが働いていると思います。ここと決めた日に必ず女性が通っていますからね。自覚はなくても、ニオイを嗅ぎつけている証です。まあ俗にいう、第六感みたいなものですかね、ええ」とギラリとした黒目の男が笑うと、ほっぺたに縦皺が入った。

 確かに、そういう勘を人は持っているというけど、未果はそこまでの勘を感じたことがないから、うんわかるとは言えない。

「よかったな村井くんに岡崎くん。君たちの聞きたいことがよく聞けたんじゃないのか? そろそろいいかな? 自首してくれると言ったよね? どう自首するつもりなのかな?」

 ギラリとした黒目の男は二人を見るようにして立ち止まった。

 二人は目を合わせ、「……電話、します」と一人が答えた。「……あの、落としたら困るので、ケータイは車の中に置いてあるんです。取ってもいいですか?」

「さすがだね。どうぞ取ってくれたまえ。とでも俺が言うと思ったか? 村井くん。車内にある拳銃で俺を脅し、仲間を車に入れるのを女性陣に手伝わせ、足早に逃げる魂胆は見え見えだぞ」

「そんなことはしません。本当なんです」

「嘘だと思うならと言って、俺にケータイを取らせる気なんだろ? 中から開けられない構造にもできるこの車に俺を閉じ込めて逃げる。あーそうそう、万が一のための逃亡ルートもしっかりと考えているんだっけか。車は盗まれたと言えばいいもんな」

 ……村井は図星を言われたような雰囲気。

「ここまできて生き残ろうとするなんて、第一志望の大学に落ちた甲斐があったってもんだな。だが、もうすべて調査済みなんだ。才能溢れるこの俺を前にして、君たちに出来ることはもう残っていない」

「そうですよね」

 村井じゃない男が口を開いた。

「岡」

「もういいよまなぶ。抵抗するだけ無駄だって。自首しよう」

 岡はパーカーを捲ってウエストポーチからケータイを出し、操作し始めた──。

 いきなり、ドシンと重たいものが地面に落ちたような衝撃があった……。蹲るように倒れている岡の手首から下だけがコンクリートの地面に埋まっているのを見るまでは、なにが起こったのかさえわからなかった。



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