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雨野鈴架(一)

 あー、あっ。お腹減ったっ。移動疲れもいい所、ほんと。ここに来る前まではもっと早く仙田理に辿り着けると思ってたのに、なに、この無駄に広すぎるゲーム場は。と鈴架すずかはつなぎのフードを頭から外して、林の中に落ちている倒木によっこいしょと座る。そりゃ聞いてたけどさ、こんなに広いなんて思わないじゃん、普通。

 南門の門番二人をやっつけて侵入して、屋内にある非常階段のような階段をずっと下って、途中にあった踊り場に見張り番が二人いたからそいつらもやっつけてまたずっと下って、膝ガクガクしてきちゃうじゃんとさらに下ったらやっと終点で、おっきな扉のサイドに立つ門番をやっつけておっきな扉をよっこいしょと開けたら、緑の草原と青い空がぶあっと目に飛び込んできてびっくりした。膝ガクガクしてきちゃうじゃんていうくらい下って来たのに、やるね曲芸過激団。さすがに本物じゃないだろうけど本物の青空を見ているかのように天井は高く、青く、自然光に近い光は白昼そのまんまで、ここは人工的に造られた山林だとどんから聞いていなければ、ホント世界は広いなと思わされていたかもしれない。

 草原の感触も天然に近いじゃんと踏みしめていると、パンパンと銃声のような音が聞こえてきた。草原の遥か先にある、森のように木々が立ち並んだ場所からだった。

 森の中から物凄い勢いで一つの塊が出てきたらすぐ三つの塊がまた出てきて、さすがに遠くてなにが出てきたのかもわからなかったけど、あとから出てきた塊がパンパンと音を鳴らしながら移動していることで、獲物を三人の人間が追いかけているんだなと見当がついた。鈴架のほうに近づいてくるにつれ追いかけられているのも人間だとわかって、けっこう距離が近いのに、弾が当たっている気配がなく、よっぽど撃っているほうが下手なのか、脅しだけなのか、音からして空砲ではないはずで、近距離で逃げ続けるその光景にちょっと目を奪われた。

 どんどん鈴架に近づいてくる四人。シルエットがだんだん濃くなってきた。見間違いじゃない、四人とも人間だ。脅しでもない。撃たれてもいない。四人の必死さが、まだ顔も判別できないほどの距離にいる鈴架の所まで伝わってくる。おもしろい、あんなに撃たれてるのに撃たれない人間初めて見たと思ったら、逃げている人間と目が合ったような気がした。

 途端に逃げている人間がカーブを描くように折れ曲がり、Uターンして森のほうへと帰っていく。追っかけている人間たちも同じような軌道を描いて帰っていく。

 森に四人が消えて少しして、音が聞こえなくなった。さすがに撃たれたのか、逃げ切ったのか、ただ音が聞こえなくなっただけなのかはわからない。

 静かになった草原には、人一人、動物一匹いない。鳥ももちろん飛んでいない。こんな所にいたら、狙撃され放題。でも、狙われている感覚もない。

 さっきの四人の中に仙田理がいたらどうしよう。ちょっと見入っちゃい過ぎた。とりあえずあの四人が消えた辺りを目指すことにして、周囲に気を配りながら歩きに歩いて緩やかな傾斜を上って下って上って下ってを繰り返してどれくらい歩いたか、森が近くなってきて木々の輪郭がだんだんわかってくると、森というよりか密林と言ったほうが適していて、全く木の先が見通せない。こんな場所から物凄い勢いで出てきたということは、さっきの人らはこの密林をかなり熟知していることになる。

 草原から密林に入り、生い茂る草木をよけながら落ち葉などの感触も確かめながら仙田理を追い求め、密林を抜けて林に出て、沼地や砂漠などいろんな地帯を抜けていって、よっこいしょとこの倒木に座るまで、どれくらいの時が経ったのか、とにかく疲れたよと鈴架はお腹のポッケから水筒を取り出して、ごくごくと水分補給しようとしたら、ごく、だけで終わってしまった。汗を掻くほどでもない微妙な蒸し暑さが、知らないうちに体力を消耗させ、水分を欲させていたのかもしれない。曲芸の思うツボだ。川や果実はなかったから、ここでの水分調達はできないとみていい。

 鈴架は水筒をポッケにしまい、代わりに二個持ってきた非常食用の飲むゼリーを一個だけ出して、チューッと吸う……。んー、身体に栄養が染み渡っていくのがわかる。

 仙田理はどこにいるのか。人にはけっこう会ったのになあ。鈴架はほぼ空になった飲むゼリーを一滴残らずチューチュー吸う……。

〈あからさまな侵入成功〉という連絡を曇にした時も、曇から仙田理がどこにいるのかピンポイントに教えてくれる連絡はなく、そういえばそうだったと、これからはちょっと不便になるなと思いながら捜索する勘を養おうと第六感を働かせても、今まで働いていなかったその勘が早々に働くわけがなく、曇からそこそこ気をつけるようにと言われていた奴らに気をつけながら、林の地帯を枝から枝へ猿のように移動していたら、猟銃を杖代わりにして、左脚を引き摺りながら歩いている人間を発見した。着ている迷彩服は所々血で赤黒く染まっていて、引き摺っている左脚のズボンはほぼ血に染まっている。あの人もしや。鈴架は今にも倒れそうなその人間が木の根元に座り込もうとする隙を狙い、鈴架はバサッとムササビのように枝から飛び出して、その人間の前ギリギリに着地すると、バッと猟銃を奪ってすぐに筒先を向け、木の根元に座り込もうとした人間の動きを静止させた。

 おケツを木の幹にあて、中腰の恰好で止まっているその人間は、角張った輪郭の中に細い目と団子のような鼻があり、地下の微妙な蒸し暑さをより蒸し暑くさせる感じの中年男で、中岸洋二と名乗った。

 さっき草原で逃げてたよね? 鈴架が言うと、中岸はまた会うと思ってた。と嫌そうな顔をし、最後を悟ってか遺言なのか、ただの話好きなのか、話を勝手に始めた。

 中学の時にひどいイジメに遭った中岸は、転校した。転校した先の学校でまた陸上部に入って、イジメとは無縁の順風満帆な学校生活を送った。

 八百㍍で全国レベルだった中岸は、スポーツ推薦で陸上の強い高校に入学する。入部して五日目、顧問とマネージャーである生徒との禁断の愛が発覚し、顧問は退職。部は存続するも密告した部員が顧問の指導が受けられなくなったじゃないかとイジメの標的となり、見て見ぬ振りしかできない自分に耐えられなくなった中岸は、イジメの主犯格である人間のシューズを便器に突っ込み、それを同じ陸上部の部員に目撃され、イジメの標的が変わる前に陸上部を去るどころか高校も退学した。

 特に吟味せず、それほど陸上が強くない高校に転入すると、陸上部の顧問が中岸を知っていて、顧問に何気ない感じで八種競技を勧められ挑戦すると、三年の時に八種競技で全国優勝。

 大学は自ら強豪の門をたたいてみんなと汗を流すも記録は伸び悩み、陸上競技から引退して、陸上とは無縁の会社に就職。

 身体を動かすことは好きだったため、朝二十キロのランニングをしてから会社に行き、帰りはジムで汗を流して筋力トレーニングに励むという毎日。身体が鍛えられれば鍛えられるほど、自分はなにになりたいのか、日々の生活に疑問が生じ始め、中岸が会社に足を運ばなくなったその日、コンビニから物凄い勢いで出てきた万引き犯に遭遇。中岸はバイクで逃げる犯人を追いかけ捕獲、警察署から感謝状を贈呈される。

 贈呈式に居合わせた警察関係者たちと話をする度、よくバイクで逃げる犯人を自分の足で追いかけて捕まえられたねと持て囃され、あの時はただ必死で。と受け答えるのが精一杯だった中岸は、他者とは違う、なにか洗練された印象の男と二人で話すうち、「なんとなく犯人の逃げるルートを想像できてしまったんです」と初めて言うことができると、もし今の生活から逃げ出したいのなら、ここに連絡をくださいと、洗練された男から一枚のメモを渡される。

 逃げるという言葉が気に障っても、今の生活に疑問があった中岸は、メモに書かれていたアドレスにメールを送った。

 すぐに返信が来て、貴方には逃げた場所で力を発揮するという素質が備わっている。逃げる犯人のルートをなんとなく想定できてしまったことがその証。

 しかし貴方は最大限に自分の力を活かしきれていない。なぜなら逃げた場所で逃げ続けなければ貴方の素質は開花されないから。あなたならできる。万引き犯を捕まえた時よりも、もっと圧倒的な力で人を救うことが出来る。ぜひ、私どもと共に世界を守りましょう。

 最後に書いてあった駅名の場所に行き、指定された電車に乗った中岸は、仙田理と同じようなステップを踏み、今に至る。

 小さい頃から足が速いことぐらいしか取り柄がなかった。だからといって、世界を守ることに興味があるわけじゃない。ただ疑問のある生活から抜け出したかっただけ。でも今は、ここから抜け出したい。と中腰のままだった中岸は、左脚の痛みが限界だからか、歯向かう気はないという雰囲気を前面に出して、団子のような鼻まで曲がってしまうんじゃないかというほど極限に顔を顰め、木の根元にお尻をつけた。

 なにが世界を守るだ、頭おかしいだろと一度参加を断わると、人間の指が一本、中岸宅に送られてきた。仰天した中岸は飛び上がってその場から逃げた。でも、逃げ切れるとは思えなかった。

 中岸はイヤイヤ参加し続け逃げ続け、いつのまにかベテランの域に入り、ゲームの内情を嫌でも知るようになっていった。

 曲芸過激団のトップは団長でも、このゲーム場のトップは『松』という集団に属する団員たちで、神がかり的な強さを持っている者がほとんど。下部に『竹』、『梅』、無所属と続き、基本的に『梅』と無所属にあたる団員たちが第一警備にあたっている。

 第一警備員たちの主な仕事は参加者がちゃんとルールを守っているか監視すること。例えば個人戦なのにもかかわらずチームを組んでいないかだとか、持ち込み禁止の爆発物を持ち込んでいないかだとか、その他諸々のルール違反を犯していないかどうかを直接、またはカメラを通して常にチェックしているということだった。

 警備員たちは中岸と違い、世のため人のためと正義感を胸に秘め、防衛大出だったり軍人上がりだったり、他からスカウトされて曲芸過激団に就職してきたような者たちばかりで、皆規律を重んじて職務を全うしている。でも、働き蟻の中にも働かない蟻がいるのと同じように、例外の者もいた。

 中岸はチーム戦で一緒になった情報通の者から、気に入らない参加者を陰で甚振りつけている警備員がいることを聞かされたことがあった。中岸自身何十回と参加している割に、その場面に遭遇したことはなかったのに、今日、中岸は密林の中で遭遇した。五人の警備員が参加者である一人に対し、『俺たちは行者を強くさせなきゃいけない義務がある』と称し腹筋をやらせ、号令とともに腹筋ができなかったら上から行者の腹を踏ん付ける。一回できないごとに五人の警備員が一斉に一人の行者の腹を踏ん付ける。針のついた靴で何度も、何度も。

 中学の時の記憶が鮮明に蘇り、号令をかける主犯格の男の顔が、自分をイジメていた主犯格の男に見えてしまった中岸は、引き金を引いていた。

 五人全員真っ赤になるまで撃ち続けた。初めて、中岸が人を殺した瞬間だった。

 参加者である行者が警備員に危害を加えることはルール違反。中岸がやったことはすぐ公になり、他の警備員から逃げに逃げ、殺しに殺し、南門は見通しのいい草原になっているため警備が手薄、ここから逃げるならそこしかない。

 草原を見渡す物見櫓は密林の中に八つ、それぞれ一組ずついる狙撃犯を全員殺し、もう少しで逃げ切れると思った矢先、中岸は鈴架と出くわした。『あいつからも逃げられない』と感じた中岸は、方向転換した。

 武器なんて持っているもんじゃないと中岸は呟いた。人を殺したことを後悔しているようだった。家族もいるらしく、今頃はきっと……、と曲芸過激団の手に落ちてしまったようなことを心配していたから、中岸に理由は話せないけど、きっとそれどころじゃないと思うから大丈夫だよと中岸を安心させると、本当か? 本当なんだな? と鈴架の目を見てきた中岸に対して鈴架がうなずくと、中岸はそうか、よかったと呟いて、だらりと頭を下げた。

 中岸をどうするべきか。聞くと、ある程度の傷なら治ってしまう六滝のことは知っていた。でも力のことを詳しくは知らない。当然『力』はなく、興味もない。嘘を吐いているようにも見えない。たぶん、一人も殺していなかったからステップ4に行けなかった。疑問のある生活から抜け出したかった中岸は、今ここから抜け出したいだけ……。

 中岸は、拘束するに値しない。でもその前に、長くいるんだから仙田理のことをよく知ってるかもと仙田理のことを聞いたら、鈴架の期待とは裏腹に、中岸は仙田理のことをちょっとも知らなかった。それから、あと警備員はどれくらいいると聞くと、わからない。だが『松』の連中とは一人も出くわしていないから、まだ全員残っているはずだ、確か十二人いると答えた。

 へえー、そっか。『松』にはきっと、『力』を持った者たちがいる。さすがの中岸も『力』のある者には敵わない。『松』に出会わないのは、中岸の思いが外的に作用してるから。イジメを今日目撃したのだってそう。仙田未果の依頼も相まって、中岸の思いが遂げられる絶好の機会となって示現した。さすが、万引き犯を捕まえただけのことはあるのかも。やるね中岸洋二。

 だとしても、中岸を拘束しなきゃいけないことにはならないから、ありがとう。もう聞くこともないから好きな所に行って。鈴架は仙田理を探しに来ただけだからと中岸に告げ、猟銃を下ろすと、中岸は半信半疑な表情のあと、顔を顰めつつ、ゆっくりと木の幹を支えにして立ち上がった。

 これも返すね。銃床を中岸側にした猟銃を、中岸に差し出す。でもこれで私を撃とうとしたり、また私と会ったりしたら、家族と離れ離れになるからと忠告する。

 わかった。中岸は言葉の意味を深く受け止めた感じで猟銃を受け取ると、ありがとよとだけ言って、血の滲む左脚を引き摺りながら、カク、カクとゆっくり南門がある方角へと歩いていった。

 中岸の他にも、いろんな人に会った。ギャンブル依存症に悩む人、アルコール中毒の人、世界一になりたい格闘家、銃マニア、解剖学を探究するサラリーマン、生から死への瞬間を見たくなった葬儀屋さんなど、一日でこんな大勢の人に会ったのは初めてだから、正直よく覚えていない人のほうがほとんど。なのに中岸洋二のことをよく覚えているのは、強い思いを持った人間だったというのもあるだろうけど、鈴架にもそういう、逃げたい力があればよかったのにな、と思っていたからだろう。

 昔、まだ阿阜里の地にいた頃、この衆生の世界にはいろんな物があって、いろんな人がいるということを知った時、自分のいる場所がすごく狭いと感じた。すぐにでもこんな場所から抜け出して、たくさんのものに触れて、世界の広さを実感したかったのに、それができなくて、もどかしい気持ちでいっぱいの時があった。まだ小さくて、一人で暮らしていく力がなかったというのもあるけど、一番は、すぐにそうしてしまったら、誰のためにも働くことが出来ない人になってしまうとわかっていたから、動くに動けなかった。

 中岸は、これといった修練もせずに、強さを増しながら逃げ続けている。ホント、凄い。

 とか言って、人のことを羨んでいる場合じゃない。仙田理を捜索しなきゃ。

 鈴架は一滴も吸えなくなった飲むゼリーの袋をポッケにしまってケータイを出す……。

 もうこんな時間。なのに暗くなることもなく、明るいまんま……。ここが地下だと思えないのが痛い。長居すれば体内時計はどんどん狂って、余計に身体が疲弊していくことになる。さっさと見つけるぞ。とケータイをしまう。

 ん? なんかいい匂い。鈴架は鼻をクンクンと鳴らす。幻じゃない。炭火のいい匂いがしてる。てことはもしかして、焼肉? 食い溜めにもってこいじゃん。

 鈴架は倒木から立ち上がる勢いでジャンプし、木の枝に乗ると、カンガルーのフードを被って、やっぱ猿かムササビのつなぎにしておけばよかったと、匂いがする方向に向かって枝から枝へ伝っていく。

 薄い靄がかかり、さらに枝を伝っていくと、木々の間から白いモクモクとした煙が見えてきた。これは、きっと誰かが焼肉中。

 鈴架は程よい距離に来た所でサッと地面に降り、身を屈めて植物の陰に隠れながら、気配を消して慎重に匂いの出所まで這うように進んでいく。

 そろそろ、という所で止まり、草陰からこそっと覗く……。

 あっ、鉄板にお肉が乗っていて、いい感じに焼けている。でも無人……。もしかして焼肉中に襲われた? あり得る。こんないい匂いしてたら人が寄って来ないわけがない。

 もしや罠? そうだ罠だ。周りに誰か潜んでないか集中して様子を探る。その探りに限界はあるけど、誰もいない。毒の罠だったらどうしよう。んまあその時はその時。

 今一度領域を広げ誰かいないか探り、枯れ枝なんかを探したりなんかして、ポンと台の近くに放り投げてみても、誰かが動いた気配さえ感じない。

 いける。鈴架は地面をタンっと蹴る。バサッと草木をかき分けてお肉が焼かれている台に一直線、タンタンタンと走ってタンッと飛ぶ。

 げ、まんまとやられた。低空に飛んでいる鈴架に、左右から一人ずつ、鈴架を挟むように向かってくる気配。

 来た。バサッと草木の中から太刀を振り翳している者が二人、鈴架の眼前に現れた。鈴架は飛んで宙に浮いているため勢いを殺せない。

 ズバッ、と同時に振られた二本の太刀をかわすために鈴架は頭だけ下げると、二本の太刀がカンガルーの後頭部を通り過ぎていった風まで感じる。鈴架はタっと焼肉台の近くに着地するとくるっと反転し、タンタンタンと地面を蹴って太刀を振り翳した者らに突進していく。二人はすでにしっかりと大地に足をつけ、鈴架を迎え撃つために太刀を中段に構えている。着物姿に目出し帽のこいつら、おでこに『松』って刺繍がしてあって、おまけに『力』も持っている。

 でも、今の振りでわかっちゃった。ブラウンの目出し帽もグレーの目出し帽も、鈴架の敵じゃない。同じ『建武けんぶ』の力でも、格の違い見せてあげる。

 鈴架は突進する勢いを強め、タンッと飛んだ。まずは右に立つブラウンの目出し帽。

 ブラウンの目出し帽は鈴架が自分の攻撃領域に入ったからか、飛んでくる鈴架の胴目がけ太刀を水平に振ってくる。

 鈴架は太刀をガードするため左腕を上げた。その行動にブラウンの目出し帽が一瞬たじろいだ気がした。それでもそのままブラウンの目出し帽は太刀を振り切ってくる。

 ガチっ、と鈴架は左腕一本で太刀を受け止めると、明らかにブラウンの目出し帽はたじろいだ。鈴架は太刀を受け止めた左腕を外側へ振り払うと、ブラウンの顎目がけ右の掌底をおもいっきりぶち込む。

 ガコンッ、とブラウンの顎が外れる衝撃を噛み締めながら振り抜くと、ブラウンは遥か彼方に吹っ飛んでいく。タっと着地した鈴架は間を置かずに少し離れて立つグレーの目出し帽目がけタンッ、と飛ぶ。

 グレーの目出し帽もちゃんと鈴架の動きを捉えている。グレーの目出し帽は太刀の先端を鈴架に向けて突いてきた。身長百五十六㌢の鈴架の腕と太刀じゃさすがにリーチが違いすぎる。グレーの目出し帽が突いた太刀の刃先が鈴架の腹部にあたった。でも大丈夫、鈴架が前へ行く勢いとともにぐにゃりとその太刀が曲がっていく。

 さっき太刀を腕でガードしたの見なかった? 鈴架は飛んでる勢いそのまま反動をつけて、グレーの頭に自分の頭を打ちつける。

 ガゴーンッ。と頭と頭が衝突した衝撃音が鳴り、鈴架の頭突きの威力でグレーの目出し帽は遥か彼方に吹っ飛んでいった。

 所詮まがい物、『阿阜里あふりの力』なめんなよ。と着地した鈴架は、カンガルーのフードを脱いだ。

 ……よく考えれば当たり前だけど、鈴架の目につく所にブラウンの目出し帽もグレーの目出し帽もいない。ちょっと遠くまで飛ばし過ぎちゃったかも。あーあと後悔しながら、まずはブラウンの目出し帽を拘束するため、鈴架はてくてく歩いていく。


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