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仙田未果(六)

 たぶん、目の錯覚でもなんでもない。エレベーターのドアが開くと思ったら、董山さんが消え、ハンマーをコンクリートに打ちつけたような重い音が、未果の身体に響いてきた。

 エレベーターのドアが全部開くと、鏡越しに董山さんの後ろ姿が見えて、董山さんの両脇に人が倒れているのが見えた時、董山さんはエレベーターのドアが開くのと同時に出て行って、あっという間に二人をやっつけたんだということが、今までのことからしてなんとなく想像できた。

 董山さんは、速い。速くて、強い。強過ぎると思ったその逞しい後ろ姿はなにかを踏み潰し、ピストルのようなものを手にして鏡から消えた。

 ピストル……。他にもいる……。そう思っても、怖さとか、不安さが全然やってこない。ほんと、未果は董山さんを信じている。

 理も、こういう安心感を与えたかったのかな。その気持ちはありがとうって思うけど、人を殺す興奮を味わって、中毒みたいになっちゃったら、意味ないよ。

 それもこれも、未果がきっかけを与えたんだった……。あの時変わっていれば……。あの時出会わなければ……。出張に行かないでって言っていれば……。と今更自分を責めても、もう遅い。理は二十五人もの人を殺害し、四十三人もの人に重軽傷を負わせてしまっている。

 エレベーターが閉まりそうなのを見て、未果は『開』を押す。

 未果を守るのを忘れて、だって。忘れないでよ。殺しよりも魅力がなくて悪かったな。人殺しをする理だって魅力ゼロだから。いやもっと、マイナス百点だから。絶対別れてやる。と唇を噛んでいる自分と、目が合ってしまった。なんていう顔だと目を逸らす。さっき車の中でこんな顔をしていたのかと思うと、とっても恥ずかしい。どうせ怒るならもっと迫力ある顔じゃないと、ただ睨めっこをしているのかと笑われるだけだ。

 本気で怒ったことなんて、あったっけかなとこれまでの人生を思い返す……。んー。ないかも。──と鏡越しに人影が現れたと思ったら、董山さんだった。ちょっとびっくりした。鏡越しに董山さんと目が合うと、董山さんが軽く会釈したので、未果も同じように会釈する。

「すいません、お待たせしました」

 もう終わったんだ。全然待ってなんか、と未果は首を振りながら、エレベーターに乗ろうとする董山さんがドアに当たらないよう、『開』を押す。

「ボタン、ありがとうございました」

 乗った董山さんは、中央付近で立ち止まった。

「あ、いえ」そんなお礼を言われるほどのことは。とまた首を振る。「それより、あの、こちらこそありがとうございます」安心感もそうだけど、「この人たちは」と鏡越しに倒れている二人を見て、「さっきの谷川って人たちと同じで、私を捕まえに来たんですよね。私の所為でお手間をとらせてしまって」

「いやいや違いますよ」董山さんは二、三度手を横に振り、倒れている二人を直に一瞥してから、「こいつらは僕のことも狙ってきています」と一瞬自分のお腹に手を当てた。「ですから未果さんの所為だけじゃありません」

「そうなんですか?」

「はい、なんていうんですかね、奴らは知られたくないことを知ってしまった人物を全員、葬り去りたいんですよ」

 全員を……。そっか、それだけ極秘にしているってことか。谷川って人たちがダメだったから、また新たな人たちを送り込んでってえ? 葬り去りたい? そんなことになるなんて、思ってはいたけど、そこまでってえ? ピストル、だもんね。「……それって、命が狙われている、ってことですよね」

「そうなりますね」

 董山さんは被り気味に答えた。

「そ、そうなんですか」そうですよね。ピストルですもんね。

「でもまあ大丈夫ですから。行きましょうか」

 え、あ、はい。

 軽い感じでエレベーターを降りた董山さんのあとを追うように、未果もエレベーターを出る。行くとは、どこへ行くのだろう。倒れている二人を尻目に、足早に歩いていく董山さんのあとをついていく。

 ふと、ビクッと目が覚めて、追いかけてくるホラー映画を思い出し、それはさすがに怖いかもと歩きながらちらっと振り返って倒れている二人を見てまた前を見ると、こつん、と、なにか硬いものに当たったことにまたびっくりして、それが董山さんだとわかって、ホッとした。

「ご、ごめんなさい」

「僕こそすいません。先にスタスタ行ってしまって。もう未果さんの車に着くまで寝ている人を見ることはありませんから、心配しないでください。では行きましょう」

 董山さんに前へと促され、未果は気持ち速めに先頭を歩き出す。どこへ行くのと聞こうかどうしようか迷って急いでいるみたいだけどそれくらい別に平気だよね、と通路を曲がった所で、

「あの、どこへいくんですか」

 と歩きながら首だけを曲げて董山さんを見る。

「約束通り、ファミレスまで未果さんを送り届けたので、僕はここで退きます」

 そう、そうだった。未果が怒ったから。

「ですが、先ほどお話した『曲芸過激団』の連中はまだいます。未果さんの車に取り付けられていた発信器は今外しておいたので、移動すればすぐに居場所を突き止められることはないでしょうが、くれぐれも気をつけて。それじゃあ僕はここで」

 未果の車の前に着くと、董山さんはシュイッとすぐに踵を返してまた来た通路を足早に戻っていく。なにかあったんだろうか、あ、

「あの、なにからなにまで、ありがとうございました」

 未果が董山さんの背中に向かって声をかけると、董山さんは背を向けながら手を振った。振り向く気も立ち止まる気もないみたい。

 なんだろう。ちょっとさびしい気がするのは。もう少し董山さんとお話をしていたかったような気がする。怒ったことにちょっと後悔。なんで怒っちゃったかな……。

 このまま家に帰ったら、正気でいられるだろうか。董山さんを引き止めたい。でも、董山さんを引き止める言葉が浮かばない。さっき言ったことは無しに、なんてかっこ悪くて言えないし。

「あのっ」

 とそれでも大きな声で呼び止めてしまった。角を曲がろうとした董山さんは立ち止まって振り返ってくれた。もう少し、一緒にいてくれませんか。なんて言い出せない。

「……どうしました?」

 なにも言わない未果を心配しているような声。

「董山さんもお気をつけて」と言うので精一杯。

「どうも」と董山さんはわずかに会釈をして耳のあたりを触りながら歩き出し、姿が見えなくなってしまった。と思ったらひょっこりケータイ片手に姿を現してくれた。「すいません、言い忘れたことが。できれば車での移動はなるべく大通りを避けて、裏道を通るようにしてください。情報を知れるものがいろいろとありますので。そこに気をつけてもらえればどこに行ってもらっても構いません。相手が居場所を突き止める頃までにはまた合流させてもらいますので、よろしくお願いします」

 さすがに、一緒にいてくれるじゃなかった。でもまた合流してくれるんだ。うれしい。「わかりました」と未果も大きな声を出す。

 董山さんは軽く会釈をして、ケータイをタップする感じでいなくなってしまった。

 ……少し待っても、見えなくなった董山さんがまたひょっこり姿を現してくれることはなく、ピピっとあきらめて自分の車を開けた時、あれ? また合流してくれるということは、理の調査だけじゃなく、まだいるという曲芸過激団から護ってくれるということだよね? だとしても、護衛してもらうのって、さすがに無償じゃないよね? いくらするんだろう。なんで行っちゃってから思いつくかな。もっとしっかりしないと。と未果は自分の頬をトントンとたたく……。

 止まっていてもしょうがない。とりあえずここを出よう。もらったサービス券が無駄になっちゃうかもしれない。と未果は自分の車に乗り込んだ。

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