仙田未果(五)
どうしよう。ランチまで奢ってもらってしまった。しつこく支払うと言っても、それはそれで支払ってくれた董山さんの気持ちを台無しにしてしまうようで、あんまり言えないし、すぐに董山さんと別れるんだ、そのあとトイレに行けばよかった。ほんと、なにやってんだろう。理の調査代といい、なにからなにまでお世話になりっぱなしになってしまっている。
董山さんはエレベーターの下行きボタンを押すと、「ああそういえばこれ」と駐車場が無料になる券を未果に差し出した。
あのこれって、「もらってしまったら董山さんは?」
「僕のもあるんで大丈夫ですよ」
ギラリと光るオーラから発せられたとは思えない、なんというさわやかな声。本当だろうか。普通こういうのって一つのテーブル席に一つなんじゃないだろうか。それともここは、車一台に一つずつくれるのだろうか。ここであんまり疑うのもまた気持ちを台無しにしてしまうようで、しつこくは聞けない。本当に持っている。そう思えばいい。「そうですか。ありがとうございます」と未果は券を受け取る。
エレベーターが一階に到着し、ドアが開いた。誰か乗ってると思ったら、自分と董山さんの姿が大きな鏡に映っているだけだった。中には誰もいない。ボタンを押しながらどうぞという董山さんにすいませんと軽く頭を下げてからエレベーターに乗り込んで、やや奥に立つと、董山さんも乗ってきて階数表示のあるボタンの前に立ち、B1のボタンを押した。扉が閉まり、やや重力がかかった。
それほど広くないエレベーターに、董山さんと二人きり……。上がってくる時にはなかった、変なドキドキ感があるのはなぜだろう。
「あの」という董山さんの声に、未果はピクっとしてしまった。「大変申し訳ないのですが、これから少し、また危険な目に遭わせてしまうかもしれない状況になります。すいませんが、こう立っててもらえますか」と董山さんは扉の横、ボタンがある壁の角に背をつけるようにして立った。「絶対、指一本触れさせないようにしますので」
いきなりのことに、これから起こることがある程度想像できても、状況がうまく呑み込めないまま「はい」と未果は言われた通り、董山さんと入れ替わるように壁の角に背をつけて立った。
「ありがとうございます」董山さんはドアの中央に立った。「すいません、もう一つお願いが……」
な、なんだろう。
「僕がここを出たら、エレベーターが他の階に行かないように、ここで止めておいてもらいたいのですが」
エレベーターを止めておく。エレベーターを止めておく。と未果は復唱し、それくらいならできる。「はい、わかりました」と返事をする。
やや重力が未果の身体にかかり、B1に着いた表示が出ている。未果は、唾を飲み込む……。
「すぐ帰ってきますので」
エレベーターのドアが、──開いた。