最終話 始まりの日
× × ×
「そうか、シロウは死んだか……」
王様は、玉座に跪く俺たちに向かって呟いた。一国の王とは、こんなに一人の民を尊ぶモノなのだろうか。それとも、二人の中に何か絆があったのだろうか。その目には、わずかに涙が浮かんでいた。
「すまぬが、他の者は席を外してくれ」
そう言って俺たち3人以外の人間を部屋から追い出すと、少しの間だけ窓の外を眺めて涙を流した。しかし、やかて落ち着くと、煤がついたデータの書類とシロウさんがまとめていたアトムとアルケーに関する考察の論文。そして、提出した成果報告書に目を通しながら俺たちに一つずつ質問をした。
……クロウは、この場にいない。あの3人の元へ帰って、これからはギルドでの知名度を使って研究員を集い、世界の寿命を延ばすための方法を探すチームを発足したからだ。因みに、メンバーあいつ以外全員女。
最初は忙しいからここに来るのは無理だと断られたが、一番の理由は。
「王の顔など見たら、ムカついてくるだろうが」
やっぱり根に持っているみたいだった。まぁ、それくらいがあいつらしくていいと思う。ホーリーセイバーは壊れて、返還する必要もなくなったからな。
「金、要らないのか?」
「要らない。もう掃いて捨てるほど持っている」
「そうか」
「だが、このシロウの日記は俺にくれ」
そこには、俺たちのプロフィールや実績。そしてその日の活動内容やそれぞれの関係が記されている。俺は、最後までその中身を見ることはしなかったな。
「多分、スキルに関する報告があるだろ。それだけ、こっちに寄越してくれ」
「そこまではいらん。俺に関する項目だけでいいんだ」
言われた通りに、クロウに関係のある部分を破いて手渡す。
「……キータ」
「ん?」
「俺には、無詠唱は出来なかった」
そして、クロウは別れも言わずに帰っていった。きっと、もう二度と出会うことは無いだろうな。あいつは、俺とは住む世界が違うから。
「……よろしい。それでは、この書類は学会へ提出するように手配しよう。キータ、アオヤ、モモコ。本当に大義であった」
「王様。不躾ながら、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか」
「申してみよ」
「エンゼルプレグやウェイストの件は、どうなさるおつもりなのでしょうか」
「どうにも出来ない。しかし、何れにせよ火が消え次第に地獄を発掘して調査をする必要がある。自ずと、明るみに出るだろう」
「それについて、どうお考えですか?」
「……魔王は滅びたのだ。もう、王は必要のない存在なのだろうな」
一瞬だけ、俺の目を見た。宗教の弾圧なんて、影でより凶悪な信徒を増やすだけだ。そして、それはどんなことにでも当てはまる。分かっているから、王様はもう人が人を支配する時代を終わらせる気でいるのだろう。
初代の国王が、世界のために世界を統一したように。王様は、世界を自由に解き放つ。王としての、最後の役目。
「儂は、ウェイストの歴史の公表した後に隠居する。責任は、当然儂が背負おう」
そして、俺たちは王城を後にした。手には、一生を遊び呆けても使い切れないような大金の記された小切手。これが、俺たちへの報酬だ。
「それで、二人はどうするの?」
そう聞いたのは、高級なレストランなんかではなくいつも通っていたような大衆酒場。どこへ行きたいかと聞いたら、二人がここを指定したからだ。
「僕は、とりあえずフェルミンに行って貴族に平等活動の資金援助でもしながら、ハチグサの手伝いをします。あそこには、マリンもいますからね」
「私は……」
そう言って俯くと、一口ビアを飲む。
「私は、ずっと冒険者を続けます。メルベンで、シロウさんみたいに私よりも若い人を助けてあげようと思ってます」
「あ、それいいじゃん。僕もそうしよっかな」
随分と久しぶりに見た気がする、二人の笑顔。笑い声が止まったときに、ふと俺の隣の席に目線を移したのが分かった。
きっと、笑ってると思うよ。
「……キータさんは、どうするんですか?」
「俺は、トーコクで消防屋をやるよ。お金は、ちょっと贅沢できるくらい手元に残して、他はギルドにでも渡そうかな」
「ふふ。誰も遊んで暮らそうって言わないんですね」
「全部シロウさんのせいだよ。あの人が、あんな悲しい話しなければ僕だってギャンブラーになってたし」
それからは、互いに今まで話してこなかった色んな話を、夜がふけるまで楽しんだ。やがて、街の明かりが消え始めた頃に俺たちはそれぞれの道の前に立った。
「じゃあね」
「あ、なんかキータさん冷たい。頭撫でるくらいしてくださいよ」
「じゃあ僕も」
これ、やってる側も結構照れるんだよね。俺には、まだその貫禄がついてないみたいだ。
「えへへ。それじゃ、また」
「うん、また」
「……お疲れ様。元気でね」
歩き始めて、寂しくなったから一度だけ振り返る。すると、二人は道の途中に立ち止まって、声を殺しながら泣きじゃくっていた。
本当は、すぐに戻って慰めてあげるべきだって思う。でも、俺ももう前が見えなくて、一挙に押し寄せた思い出を振り切ることができなくて。だから、そうしてあげる事はできなかった。
これが、俺たちの旅の終わり。そして、この世界の始まりの日だ。
× × ×
「キータ。今日は何時に帰ってくるの?」
「多分、いつもと同じくらい」
「そっか。じゃあ、ご飯は食べないで待っとく」
「別に気にしなくていいのに」
そんなやり取りのあとに見送られて、今日も仕事場へ向かう。ヒマリのお腹には俺たちの子供。医者によれば、男の子であるらしい。
あれから5年。この世界のスキルの進化は凄まじかった。イデアやアトムを専門とする新たな学問から始まり、科学とスキルをミックスして生まれた新しい量子力学。そして、イデアの更にその先を目指そうとするある種哲学のような分野まで。あの旅の成果は、ありとあらゆる分野で活用されて、世界の技術を発展させていった。
その結果、レベルの概念は一切意味をなさなくなり、更に偶然見つかった新たな技術、『奇跡』が台頭することとなった。まだ詳しいことは判明していないが、奇跡は既存のスキルと大きく異なり、天使の力に似た全く別のアプローチで異能を発言させる技術であるそうだ。もちろん、俺には使えない。
あの頃の技術は、もう過去のモノだ。戦うことをやめた俺は、一線に戻ることは出来ないだろう。無論、戻る気はないけど。
アオヤ君やモモコちゃんとは、今でも一年に一度くらいは会っている。二人は実力を伸ばして、俺の手の届かないくらい強い存在になってしまったけど、それでも仲のいい友達だ。元々、あのパーティでもそんな感じだったしね。
ただし、無詠唱だけはいつまで経っても使い手が現れていない。これが、俺には不思議でならなかった。ひょっとして、俺ってば天才だったのか?
「……なんてな」
ヒマリと結婚して依頼、無詠唱でスキルを唱えることが出来なくなってしまっている。もしかすると、あれがホーリーボゥの奥義だったのかもしれないな。地味すぎて笑えてくるけど。
……まぁ、多分違うってのは分かってる。もう、命をすり減らして戦うって事を辞めたせいで、ヒマリや子供を守りたいって想いが生まれてしまったせいで、俺は純粋に物事を疑うことが出来なくなったんだ。どんな時でも、必ず二人のことを考えてしまうから。それがノイズになってるんだと思う。
まぁ、仕方のないことだ。
「おはようこざいます」
挨拶をして、消防屋のオフィスへ入っていく。中には屈強な男が2人と事務員のおばさんが1人。おばさんを除けば、確実に俺が一番格下だ。でも。
「キータ君、おはよう」
「おはようこざいます!」
「おはよう、キータ。今日もよろしく頼むぞ」
こうして、彼らは俺をリーダーとして認めてくれている。それが、たまらなく嬉しいんだ。
「みんな、おはよう」
そして、最後に俺は、自分の席の後ろに飾ってある錆びついたソードオフに挨拶を交わして、ジャケットを羽織った。
「ベルト良し、体調良し、気分良し。それじゃあ、行こうか」
呟いて、外へ向かう。今日も、俺のこの小さな世界を救うために。
読了、お疲れさまでした。楽しんでもらえたなら幸いです。
こんなんも書いたので、よかったらどうぞ。
アオハル・オブ・ザ・サイコ
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