第51話 追放した回復術師が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た③
声を掛けると、クロウは目を丸くして俺を見た。
「……お前、キータか?」
「そうだよ。見違えた?」
質問には、答えない。だから、俺は後ろにいたアカネの顔を見たが、彼女は目線を伏せて持っていた槍を強く握りしめるだけで、やはり返答はなかった。
「ど、どけよ。俺は、シロウに用があってここまで来たんだ」
「……ですって、シロウさん」
クロウたちの姿を見たからか、いつの間にかシロウさんは俺の後ろに立っていた。アオヤ君は特に反応もなく水を飲み、モモコちゃんは首を回して向こうの……ヒナだったか。彼女を見ている。いや、ちょっとガラ悪すぎるよ。
「どうしたよ、クロウ。また髪が伸びたな。でも、今度は一発で分かったぜ」
鞘に入ったホーリーセイバーを地面に刺して、寄りかかるようにしてそう訊く。
「なんだ、わざわざこんなトコロまで助けに来てくれたのか?」
言われ、クロウの目が揺らいだが、その場に踏みとどまって言葉を返した。
「そんなワケないだろ。俺は、お前を殺すために旅をしてきたんだ」
「……そうか」
ため息は、きっと俺にしか聞こえないくらいの、本当に小さなモノだった。しかし、シロウさんはホーリーセイバーを手放して指の関節をボキボキと鳴らすと、俺の前立って。
「キータ、お前が正しかったな」
悲しそうに、呟いた。
「……残念です」
小声で返して、首を横に振る。
……あなたは、優しすぎます。
俺には、分かるんです。背景のない謎の自信が。知らないからこその無敵感が。待っていることの楽さが。背負わないことの幸せが。
でも、シロウさん。あなたには、分からないんですよね。そうやって卑屈に生きていくことしかできない人間の、心の奥底深くにある醜さが。誰よりも辛いことを知っているせいで、堕落することが出来なくて、だから必ず光を探して。そこに進む意思を持ち続けてしまうんでしょう。
ダメなんですよ。どれだけ強力な力を持っていても、根本的なところで戦えないんです。逆境が訪れると、戦うよりも前に折れてしまうんです。知りもしないことを叩くのは、そうしていないと今ある幻想すら打ち砕かれるからなんです。人の心が分からないフリをするのは、分からなければ何をしてもいいという、子供の頃からの考えが抜けていないからなんです。だから、悪意もなく子供の遊び場にやってきて、力を見せることしか出来ないんです。例えそれが、どれだけ虚しいことだと気付いていても。
俺は、そんなヤツの気持ちがよくわかります。ですから、あの時に言ったでしょう?無駄だって。
……でも、あなたは見捨てないんでしょう。分かってます。
「よし、クロウ。やろうぜ。お前には、大人としてここらで一発お仕置きをしてやらなきゃならんな」
「な、な、なんだと?」
やっぱり。当然、クロウはそう反応しますよ。
「もう、俺がお前に言える事は何もねえよ。次の戦いも控えてっから、能書きは無しだ」
「なら、どうして剣を手放すんだ?」
「必要ねえからさ。お前は使っていいぞ、遠慮すんなよ」
そんな言われ方をすれば、クロウが武器を持って戦う事なんて絶対にないのに。この人は。
「聞こえなかったのかよ。ほら、来いよ」
「シロウさん。それは流石に、マズいんじゃないすか?」
言葉を失って震えるクロウの代わりに、アオヤ君が口を挟む。
「だって、あいつめちゃくちゃ強いって、キータさんも言ってたじゃないですか。ボス戦の前にそんな事したら……」
「やらせてあげよう」
歩み寄るアオヤ君を手で制して、そう言った。
「正気ですか?シロウさん、マジに死にますよ?」
「アオヤ君。君にはこれが、戦いに見えるの?」
「それは……」
……本当に、何なんだろうね。俺には、構ってもらえない子供が駄々を捏ねているようにしか見えないよ。
「それに、どうせ何も起こらない」
「……は?」
「問題は、むしろそっちじゃない?」
言った時には、既にヒナがモモコちゃんに飛び掛かって、剣を体に打ち付けている。それをホーリーロッドで受け止めると、ほとんどゼロ距離で睨み合って火花を散らし、俺たちから離れるとモモコちゃんは即座にスキルを唱えた。いつもに比べて、随分と弱い炎だ。
「あつ……っ」
しかし、ヒナはその炎に飛び込んで、一直線にモモコちゃんに斬りかかる。だが、それをローブの下に隠していたセカンダリのダガーナイフで受け流して、カウンターで顔面に強烈な蹴りを叩き込んだ。
吹き飛んで、ヒナの顔面からは血が出ている。しかし、モモコちゃんはそれを見下ろすと、期待外れと言わんばかりの態度で、冷たく言い放った。
「……弱いね」
「うるさいッ!」
尚も攻撃を繰り出すが、そもそもモモコちゃんはスキルすら使っておらず、棒術の要領でホーリーロッドを扱って、華麗に攻撃をいなしている。そして、随所で蹴りを入れられて、遂にヒナは地面に膝をついてしまった。
「ヒナ。あんた、私たちを追ってる間は何をしてたの?」
「あんたを殺す練習に決まってますよ!」
「ふぅん、そうなんだ。でも、あの時と全然変わってないね」
「……殺す」
「無理だよ。あんたじゃ、絶対無理。全部全部、クロウに任せてたんでしょ?」
そして、モモコちゃんは初めて、杖の先端を宙に向けた。
「スキル、ライフレア」
唱えて、火球を召喚する。以前までは真っ赤だった炎が、まるで脈打つ心臓のように、強く、強く、桃色に光っている。
彼女は、この3日でどれだけの鍛錬を積んだのだろう。ラインを探す素振りすら見せなかった。あれが、新時代のスキルか。
「クロウは、負けるよ」
「黙れ……」
「あんたたちのせいだよ。性欲の捌け口にしかなれないような無能がいっぱしの仲間面するから、クロウはあんな風になったんだよ」
「黙れっていってるんですよ!」
「あんなの、いくら力があったって何も恐くない。シロウさんに勝てるワケもないし、止めてあげれば?」
「黙れェ!!」
飛び掛かったが、しかしモモコちゃんは自嘲気味に笑って、その炎を放った。
「ヒナっ!!」
クロウは、スキルを唱えて桃色の炎を止めようとするが、しかしもう、それはクロウの常識の通じる術ではなかった。レベル3のスキルすら、進化を遂げればあの天才にも触れられない力になる。目の当たりにして、俺はこの世の無常さを痛感した。
「あつ……っ!?ヅァァァァァあああぁぁ!!!」
転げ回って苦しそうに呻くが、炎は次第に精神すらも焦がしていった。動きが、どんどん遅くなっていく。
しかし、ヒナがクロウの方に手を伸ばした瞬間に、モモコちゃんは杖を振って炎を消した。完璧に、操っている。
「私は、シロウさんほど優しくない。邪魔をするなら、今度は黒焦げにするから」
気を失ったのだろう。ヒナは、剣を手放して突っ伏すと、そのまま動かなくなってしまった。当然、向こうの陣営はもう、動く気配すらない。
「……なんで」
呟くクロウ。
「なんで、こうなるんだよォ!!」
聞いて、シロウさんはホーリーセイバーを拾うと背中を向け、「行くぞ」と呟いた。




