第45話 追放されたSSS級チート回復術師~美少女たちが復讐しようと言うので、仕方なく旅に出た~④(クロウ視点)
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このメルベンという街は、市民全員が協力して復興を目指している真っ最中だった。大工や職人が集まって、道路と建物を急ピッチで再建している。ボランティアなのか、広場では炊き出しを行う貴族の姿もあって、男も女も、みんな何かを忘れるために必死で働いていると感じる。
そして、街のど真ん中には、大きな穴が開いていた。彼らはそこにひたすら土を被せて、隠すような作業をしている。しかし、誰に訊いてもこうなってしまった理由を話す者はいなかった。噂ではシロウがいたと聞いているが、どうして冒険者ギルドもないこの街に訪れたのだろう。
そんな中、作業の指揮を取る一人の女の姿があった。周囲の作業員からは、リンゴさんと呼ばれている。彼女がここらのリーダーなのだろうか。ならば、シロウの事を知っているかもしれない。
「シロウさんなら、明日にはクレオという街に行くはず。そんな連絡が、娘からあったの」
「……娘?」
「あの人のパーティにお世話になってる、モモコという女の子が私の娘なのよ」
「あなた、あの猫女の?」
ヒナは耳をピクリと動かして、上目でリンゴを睨みつける。しかし、だから何だといった様子で彼女は笑いかけると、手を振ってから仕事の現場へ戻って行った。
「あいつがいなければ、クロウ様が蹴られる事も無かったのに」
ブツブツと文句を言うが、ヒナは言動とは裏腹に攻撃を仕掛けるような事はしなかった。でも、何となく分かる。理由は恐らく、あの目を見たからだ。
明るいのに、闇を感じる目。絶望して、何かを悟って誰かに期待する事を止めたようなあの目。見ていると、自分が見透かされているような気がして、強さとは関係なしにどうしても逸してしまうあの目。シロウと同じ、あの目。
彼女たちがこの街で何を見たのかと考えていると、突然街の外から魔物の群れがやってきた。数は、優に百を超えている。この旅の中で、幾度と見てきた光景だ。
ダンジョンを管理する悪魔幹部が消えて、支配されなくなった魔物たちが活発に動き始めたことで、最近ではこうして近隣の街を襲うようになっているのだ。だからだろうか。近頃は、冒険者ギルドには憲兵に勧誘するポスターが貼られているのをよく見かける。
「やれやれ。この街、冒険者はいるのか?」
思って杖を構えようとしたその時、街の中にベルの音が鳴り響いた。そして、それを聞いた彼らはスコップやつるはしを手に取ると、誰が指示するわけでもなく仕事を中断して、無言で魔物の群れへと向かって行ったのだ。
その戦闘は、凄惨を極めていた。
相手は、ゴブリンやスライムやハーピィ等の弱い魔物だった事は確かだ。しかし、あれだけの数を。それも、冒険者ではない一般人たちが撃退するだなんて、そんな話は聞いたことがない。だからこそ、この世界には戦う事を生業とする職業があるのに。使えるスキルもほとんど無いのに、傷付きながら、仲間が倒れるのを見ながら、彼らはやってくる魔物たちをただ無言で殺し続けたのだ。
それを見ていると、俺はどうしてか、力を貸してやりたくなってしまった。
「……みんな、彼らを回復してやろう」
「うん。……初めてだね。クロウが、自分から何かをやろうとするの」
そう言ったアカネは俺に倣い、傷付いて倒れる者を治療し始める。しかし、ヒナとセシリアはショックを受けて、動く事が出来ないみたいだ。
思えば、二人がこんな生々しい戦闘を見るのは初めてだった。そこには、冒険者特有の勝ち方に拘る美学は無くて、繰り広げられるのは今あるモノだけを使った卑劣で卑怯な戦い。理性はどこかに置いてきて、無意味な事は一切しない。あらかじめ仕掛けておいたのであろう網を引き揚げて、足に絡めてから頭を叩き潰す。ただそれだけの戦いは、得も言われぬプレッシャーと狂気を感じて。
どこまでも、シロウと重なった。
やがて、戦闘は終わった。矢面に立って挑んだ戦士は、指揮を執っていたと思われる巨大なハーピィに頭を啄まれたようで、脳漿を垂れ流しながら魔物の屍の上に横たわっている。傍らには、スコップではなく剣を持った死体が二つ。彼らは、冒険者だったのだろう。
「ヘヴケア。……大丈夫か?」
そんな訳が無い。もう、彼は助からない。スキルは、時間を巻き戻せるような代物ではないのだ。修復は、あくまでそこにある体に対して行われる。だから、俺がやったことはただ、彼の命を僅かに伸ばしただけに過ぎない。
「……ずっと、後悔していたんだ」
「なに?」
白目を剥きながら、虚ろに言葉を口にして、彼は俺のローブを掴んだ。
「キータさんの言葉を、実行出来なかった事。オッケとリツが殺されて、なのに戦う事すら出来なかった事」
「一体、何の話だ。今、キータと言ったのか?あんた、キータに何を言われたんだ!?」
しかし、もう俺の声は届いていない。
「なぁ、もしそこに誰かいるのなら、今度はトロサは逃げなかったと、伝えてくれないか。妻のお腹の子には、心の底から幸せになってほしいと思っていると、伝えてくれないか」
そして、彼、トロサは呼吸をやめて、静かに息を引き取った。
俺は、それから目を逸らしてしまった。どうしてだろう、突然、恐くなってしまったのだ。
俺は、間違いなく最強の冒険者のハズだ。もう少し早くここに辿り着いていれば、彼らを全員救う事だって出来たに違いない。だから、魔物に恐れたんじゃない。現に、魔物相手の戦いは、何度も経験してきている。彼らが頼みさえすれば、誰一人として死なない未来だってあったハズだ。
俺は、悪くない。頼まなかったこいつらが悪い。そうだよな?
「……クロウ、大丈夫?」
唯一動けたアカネが、後を追って俺の後ろに立った。目の前の亡骸を見て、少しだけ涙を流したのだろう。悲しさよりも恐怖が勝っているのは、振り返らなくても声で分かった。
「……アカネ」
「な、なに?」
「シロウは、どうして俺を追放したんだと思う?」
訊いたのは、この惨状を目の当たりにして、微かに自分に疑問が生まれたからだ。ここに来るまでの旅で、幾度となく否定して来たあいつのやり方を、理由を考えずにいたあいつのやり方を、少しだけ理解してしまったからだ。
「俺に救えないモノがあるなんて、どうして誰も教えてくれなかったんだ?」
言葉が、溢れてくる。
「俺は、最強じゃなかったのか?だって、どいつもこいつも言ってたじゃないか!俺は、最強の冒険者だって!俺の活躍を見て、俺を評価してくれて。誰も、誰も俺に出来ない事があるだなんて言わなかったじゃないか!!」
「クロウ、落ち着いて」
「落ち着けだって?だって、こいつら俺に助けを求めなかった!俺という最強の存在がすぐそこに居たのに、頼ろうとしなくて。だから、この三人が死んだのは俺のせいなんかじゃなくて!で、でも……」
なんだ。俺は、一体何を言いたいんだ?
自分でも、おかしな話をしているのは分かっている。支離滅裂な事を口にしているのは分かっている。それなのに、うまく思考を組み立てることが出来ない。自分が口にしたい事を、考える事が……。
「落ち着いて、クロウ」
言うと、アカネは俺の背中を抱きしめた。
「な、なぁ。ひょっとして、シロウは俺がこうなる事を知っていたのか?俺は、キータにすら劣っているのか?俺が守ってやってたハズのあいつに?じょ、冗談だよな。なぁ、アカネ。頼む、教えてくれ……」
しかし、彼女は答えず、代わりに「ごめんね」と呟くだけだった。
……待ってくれ。俺は今、キータにすら、と言ったのか?最初から、シロウには勝てないとどこかで知っていたのか?
嘘だろ?そんなワケない。そんな事、あるハズがない。
頼む、誰か俺の震えを、止めてくれ。




