第44話 道は、科学の匂いのする方角に
「そ、それじゃあ約束です。私を、匿ってくださるんですよね?」
「……命は助けてやる。匿ってやるとは言ってねえよ」
「はぇ!?さっきと話が違うじゃないですか!」
「それに、お前の力は利用させてもらうぞ。王都に行って、城に侵入している堕天使を監視しておけ。向こうのツラは、分かってんだろ?」
「こっちの話を聞いてくださいよ!私は、自由にしてくれるというから答えたのに!」
「そんなワケねえだろ。第一、ここで働いてた人間を追放して、シャインの兵力を強化して近辺の街を危険に晒して、それでテメーだけ助かろうなんざムシが良すぎるだろうが。殺されねえだけ感謝しやがれ」
「あ、あなた、本当に人間なんですか?いくら何でも、外道過ぎますよ……」
「オイ!」
叫んでド突くと、シロウさんは再び胸倉を掴んで顔を近づけた。
「テメーを、ウェイストに連れて行ってやってもいいんだ。あそこの住人は、『エンゼルプレグ』を忘れてねえぞ」
「ひ……っ。わ、私は関係ないのに」
「ねぇこたぁねえだろ。あれがあったから、テメーはこうして生きていられるんだろうが」
エンジェルプレグ。またしても、聞いたことのない話だ。しかし、ルシウスの怯え方ははっきり言って異常だ。恐らく、天使と関係のある事件の事なんだろうけど、それがウェイストにどんな影響を及ぼしたのだろうか。
でも、それを訊く勇気は、今の俺には無かった。
「わ、分かりましたよ」
「シロウさん、こいつがうらぎ……」
「裏切るワケなんてないですよ!変な事言わないでくださいよモモコさん!いや、本当です!本当ですよ!?」
「分かってるよ。安心しろ、命はマジで守ってやるから。王様と騎士団長以外には、お前の事は黙っておくように掛け合う。自由時間にでも、何か他に信じられるモノを探せ」
「うぅ、どうしてこんなことに……」
そして、彼は集まっていた人たちの元へ向かい、一人の女冒険者に話しかけた。
「お嬢ちゃん、貴族の知り合いとかいねえか?」
「お、お嬢ちゃんじゃないよ。……直接じゃないけど、僕の友達に水車のエンジニアをやってる子がいて、その子が貴族の息子を知ってるよ」
「そうか。よかったら、その子の所に案内してくれないか?ついでに、友達とやらも紹介してくれると助かる」
「どうして?」
「ルシウスが居なくなって生活水準が下がったんじゃ、誰も救われないだろ」
× × ×
「いっダァアァ!!」
「我慢するネ。あと三回、今の痛みくるヨ」
「あ、あぁ。やってくれ……ッあァ!!」
一週間後、俺とシロウさんは再びメイメイさんの所に訪れていた。今日は非番。アオヤ君とモモコちゃんは、どこかでゆっくりと過ごしている筈だ。
「あ、ごめんネ。サイズ大きいから、いつもより接続神経が二本多いの忘れてたヨ」
「マジかよ。ぐ……っ!!」
シロウさんの悲鳴を聞いたのは、初めてだった。一体、どんな痛みを味わっているんだろうか。
「はい、術式終了アル。お疲れさま」
額に汗を滲ませる姿は、今までのどんな戦いの後よりも苦しそうだった。
「……あぁ、ありがとな、メイメイ」
「気にしなくていいヨ。シロサン、オトサンを元に戻してくれたし、街の仕事も増やしてくれたし、こちらとしてはバンバンバンザイネ。代金半額大出血サービスアル」
「助かるよ……。いってぇ」
あの後、俺たちはルシウスと手を組んで水車の運用をしていた貴族たちの元へ向かい、これからも設備を使い続けるように説得した。しかし、そもそも貴族はルシウスが堕天使である事は知らなかったらしく、本気で街の為を思って水車を運用していたのだという。だから、特に何かを頼んだわけではなく、これまで通りにしていて欲しいと、ルシウスの口から伝えるのみとなった。
「シロウさん、腕の調子はどうですか?」
「あぁ、良好だ。結構、問題なく動くぜ」
言うと、彼は義手の指を動かして、俺の肩を揉んだ。義手は、鈍い銀色のフレームにむき出しの骨のようなパーツを幾つかはめ込んだ、まるでこの街の仕掛けをコンパクトにしたかのような、独特で機械的な見た目をしていた。
「オトサン、凄く喜んでたアル。シロサン、キタサン、大好きネ」
「気にすんな」
冒険者ギルドの仕事は、リーエンさんを含むダウンタウンの住人たちが請け負うことになった。どうやら、ここに住み着いていたのは仕事を失った冒険者やギルドの職員だったらしい。要するに、消されたと言われていた人たちは、ルシウスの追手を振り切ってここに身を隠していたから、地上では見られなくなっていたという事だ。
そして、今日には既に、半数以上の人たちが地上に住居を移している。それでも、この場所を気に入って居続ける事を決めた人もそれなりにいるみたいだけど。
「メイメイさんは、ここに住むんですか?」
「住まないヨ。オトサンも仕事あるし、私は婿探しに別の街に行くネ。ちょっと遅めの、一人立ちアル」
「そうですか。いい人が見つかると良いですね」
「ウン。ところで、義手の整備キット、買わないカ?100万ゴールド、ローンも可ヨ」
「買わないと、どうなるんだ?」
「半年くらいで錆びついて、動き悪くなるアル。キットは、ここでしか手に入らないヨ」
「……アコギな商売だ」
そして、シロウさんは100万ゴールドでキットを購入して、彼女の元を後にしたのだった。義手を安くしてくれたのは、このせいなのだろうか。恐ろしく、強かな女の人だったなぁ。
「しかし、凄い技術ですね」
「銃や歯車の技術を応用して、メイメイが発明したって言ってたぜ。遠い繋がりとはいえ、勇者が魔王の力で助けられるとは思わなかったよ」
「それに関してはメイメイさんが天才なだけですし、別にいいんじゃないですか?」
「まぁな。ところでよ、ついでと言っちゃなんだけど闇市でこんなもんを買ってみたんだ」
言って、彼が鞄から取り出したのは、チャカ君の使っていた銃よりも銃身が短く、そして横に二つ銃口が並んでいるモノだった。
「ソードオフって言うんだってよ。至近距離でぶっ放せば、生き物の頭くらいは吹き飛ばすパワーがあるらしい。弾丸も、何発か買ったよ」
「お、いいですね。実は、俺も色々と買ってみたんですよ。特に、これは爆薬って言うんですけど、複製出来れば色々とパワーアップ出来そうです」
言って、シロウさんに黒い粉を見せると、彼はそれを指先で擦った。
「相変わらず、買い物上手だな」
「素材を組み合わせれば、弾丸も作れるみたいですよ。昨日お店の人に作り方を聞いてたので、ちょっとやってみます」
それに、少し試してみたい事もあるんだ。シロウさんの弾丸を作るついでに、実験してみよう。
「マジかよ。キータはホント器用だな」
「それほどでも」
話をしながら地上に上がって、昼食を済ませてから俺たちは解散した。
次の街への出発は明日。ルシウスの話によると、地獄への入口に近づくにつれて科学力が発展していると言われているとの事だったから、それを道しるべに進んでいけばいいはずだ。
ただ、有力な情報が手に入ったのは嬉しい誤算だけど、あいつでも場所を知らないだなんて。魔王は、本当に慎重な性格をしている事が垣間見える。一体どんな奴なのだろう。
しかし、目下の問題は、モモコちゃんの奥義の件だ。一体、どうすればいいだろうか。何とかして、新しい戦闘のスタイルを考えなければ。
そんなことを思って、俺はたった今、思念を受信したホットラインクリスタルを手に取った。
「もしもし、ヒマリ?」
最初は、なんてことない話をしていたんだけど、いつの間にか声色は真剣なモノになっていって。一瞬だけ訪れた静寂の後に、こんな事を言ったんだ。
「……キータ。お話、聞いて欲しいんだ」




