第43話 アマクダリの堕天使
「キータさん。もしかして、シロウさんはこうやって内部の敵を炙り出すためにわざと嫌われるような事をしてたんですかね」
「いや、流石にそれはないと思うよ。元々はここのギルドの仕事の斡旋基準がおかしいって話だったんだし」
多分、ルシウスがシロウさんを見た時の歪んだ表情を見て、何かを察したんだろう。本当に最初からの計算だとすれば、完全に人間辞めてるよ。いくら何でも、感情が無さ過ぎる。
「答えろ、コラ。ゲンコツで血ぃ噴くって事は、悪魔じゃねえんだろ?」
「ひ……っ!止めてくれ!おい、誰か助けてくれ!はにゃが折れてるんだ!お前ら、にゃんとかしろよ!」
すると、受付嬢や案内のスタッフの姿が突然変異し、ダンジョンで見かけるシャインの姿となった。見るに、どうやら全員シュニンクラスのようだ。
「お前ら、そっち頼むわ」
「やめろ!私は絶対に話さないぞ!」
「うるせぇよ、人間ナメんな」
言いながら、シロウさんはルシウスを引きずって受付の裏の部屋へ入っていった。まぁ、こっちの悪魔たちは受付してる時からビビってたし、大した敵ではないだろう。
「わっかりましたよ〜。キータさん、僕に任せてください」
「そうだね。バフを掛けるから、殲滅をお願い」
モモコちゃんの攻撃は場所ごと吹き飛ばしてしまうし、弓の攻撃はこの狭い場所じゃ不適切だ。ここは、アオヤ君が適任だろう。
「モモコちゃん、そういえば悪魔見てもおかしくならなくなったね」
「お父さんもお母さんも、生きてましたから」
「ふぅん。偉いね、ちゃんと我慢できて」
「もっと言ってほしいですけど、別に我慢してる訳じゃないですよ」
そんな話をしながらアオヤ君の戦闘を見ていた時、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「……あのさ、今も奥義って発動できるの?」
「分かりませんよ。メルベンでの一件以来、そんなに強い悪魔と戦ってませんし」
過ぎったのは、嫌な予感だった。だって、モモコちゃんの奥義には大きく恨みが関わっている。その根幹を成す部分が無くなったのなら、当然技だって出ないはずだ。
「モモコちゃん、ホーリーロッドの声、聞こえる?」
すると、彼女は不安げな表情を浮かべて、こう言った。
「聞こえません。あれ、どうして?何も聞こえないんですけど」
しまった。奥義を使わないで戦う事が、こんな形で裏目に出るとは。ここに来るまで、気が付かないだなんて不覚だ。それに、二人の奥義がないと、ブチョークラスの悪魔を倒すのは無理に近いんじゃないか?
「早く、シロウさんに伝えないと」
そう思って、アオヤ君に迫る二体を後ろからダガーナイフで突き刺し、彼がトドメを刺したことで無事に事態は収まった。確か、この部屋に入っていったはずだ。
「シロウさん!大変です、モモコちゃんが……」
瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、ゲロを吐きながら跪くルシウスと、それを冷たく見つめるシロウさんだった。
「な、なんでも話しますから。だから、それだけは……」
「おう、じゃあ話せよ。どういう理由で情報の統制なんてしてやがる。あと、テメーは何者なんだよ」
「わ、私はアマクダリです。ギルドの仕事を揉み消していたのは、近隣の魔王軍を強化する為です。冒険者に狩られてしまっては、シャインも兵隊を育成出来ませんから」
「……お前、堕天使かよ」
なんか、凄いことになってるんだけど。というか、アマクダリって何?堕天使って何?
「じゃあ、金を集めて武力を強化してるってのは嘘か」
「は、はい。それは、冒険者たちの間で流れたデマ情報です。レアドロップのアイテムは、我々で調達できますから、病院にはカモフラージュの意味で譲渡していたんです」
そして、この人はどうやってその堕天使の口をこんな短時間で割らせたんだ?
「し、シロウさん」
「おう。悪いな、戦闘任せちまって。片付いたか?」
「はい、アオヤ君がやってくれました。ところで、今の話は?」
「あぁ、みんなにも順を追って説明させるよ。おら、歩け。ここに来てる冒険者たち全員の前でやるんだよ」
「ひぃ!蹴らないでください!」
そして、ルシウスはホールへ戻り、しどろもどろに話を始めた。
「ま、まず、私は人々が崇拝する偶像から生まれた天使です。信徒の信仰心が極限に達すると、偶像より言伝をする使者が現れるのは、知ってますよね?」
全然知らなかった。影響力のデカい宗教のあるラシエル大陸ならではの産物なのだろうか。
「本来であれば、言伝をした段階で天使は偶像に帰るのですが、顕現している間に何らかの理由で偶像が失われた場合、帰る場所が無くなって私のようにこの世界で生きる事となるのです。それが、堕天使です」
「それで、アマクダリというのは?」
「魔王に仕える堕天使のことだ。俺も、実物を見たことは無かったけどな」
どうやら、そういう理由で現世に留まっている天使は、意外と多いみたいだ。
そして、天使はその宗教で定められた神の定義に則る術式を扱う事ができるため、ただの人間よりも特別な力を有しているらしい。ルシウスで言えば、生物の見た目を思い通りに操作できるとのことだった。
「あのデカい水車と仕掛けも、お前の仕業か?」
「はい、この街の貴族に伝えたのは私です。あれは、魔王様が生み出した科学という技術の産物です。私たち堕天使は、そんな科学の力を使って街を占領し、その恩恵で街の民たちを支配するように魔王様から命令を受けているのです」
「へぇ。道理で、たった十数年であんなとんでもねえモンを作れたってわけだ。銃を作ったのも、お前たちか?」
「私たちと言いますか、魔王様です。はい」
新しい知識ばかりで驚いたが、実を言うと俺は別の事を考えていた。それは、ルシウスが何もかもを包み隠さず話すという事は、魔王よりもシロウさんを恐れているということになるんじゃないかという疑問だ。
本当に、何を話したんだろう。少しだけ、俺の彼への感情の中で、恐ろしさが勝った瞬間だった。
TIPS
冒険者ギルド:冒険者ギルドとは、冒険者を募って仕事を斡旋する民間の企業である。元々は自治団体として存在し金銭のやり取りは行われていなかったが、統一国家の誕生と共により活動の幅を広げる為、当時の自治を実質的に治めていたランドレーンという男が最高責任者の席に着く事で、新たに一つの企業となった。ギルドという名称は、その頃の名残である。
しかし、その関係は王家と密接であり、半ば公共団体として活動している節がある。事実、冒険者ギルドの仕事の依頼主には政府があり、そのどれもが新しい冒険者を育てる為のファーストステップとして機能している。具体的には、他の街への郵便配達を依頼したり、極端に依頼が少ない場合に憲兵への協力依頼を出したりと言ったモノだ。(因みに、冒険者ギルドはその見返りとして、儲けの一部を街や教会へ寄付している)
企業化した理由は、世界情勢を鑑みて冒険者ギルドのような仕事を斡旋する場を無暗に増やす事を抑制し、混乱を防ぐためである。その代わり、魔王軍が滅んだ暁には冒険者ギルドは分解して斡旋の独占をやめるという制約となっている為、ルシウスの言ったような「慈善事業ではない」という考えは冒険者ギルドの理念にやや反している。
 




