第39話 大車輪の国
× × ×
「あれが、ラシエル大陸か」
「デカいっすね~。ナロピア大陸より広いんでしたっけ」
「あぁ。またラクモウみたいな有力な情報を仕入れないと、一生地獄に辿り着けねえな」
「うっぷ……。ジロウざん、ぎぼじわるいでず」
言って、彼女は海に向かって水だけになった吐瀉物をぶちまけると、シロウさんに抱き着いて泣いた。船酔い、辛そうだね。
「だがらいやだっでいっだのにぃ……」
「ごめん」
その姿があまりにも可哀そうで、俺たちはつい、理由も分からずに謝ってしまった。
現在、俺たちはイビア海という大海原を駆ける船に乗っている。きっかけは、ラクモウに記されているカチョークラスの住むダンジョンを全て攻略した事以外に、もう一つ理由があった。
――俺に銃を売ってくれた行商人が言ってたんですけどね、彼の国には、凄いカラクリがたくさんあるみたいなんですよ。
そんな、チャカ君の言葉があったからこそ、俺たちは行く先を決められたってワケ。
カラクリとは、歯車やフレームなどのパーツを使った機械仕掛けのアイテムの事だ。そして、ラシエル大陸にあるチャンナンという街には、人工の義体を売っている商人が居るというのだ。
「ナロピアは、良くも悪くも王様の影響が強くて、技術を独占するような大企業や影響力のデカい宗教がありませんからね」
そして、王都から遠い事もあり、ラシエル大陸には強い魔物がたくさん存在している。少ない権力者の数に比例し、憲兵団や私設兵団があまりないせいで、冒険者ギルドに来る依頼も探検より街の防衛が多くなるからだ。
当然、そこに目を付けた強力な悪魔幹部の住むダンジョンも多く存在していて、何年も着々と地上征服の準備を進めている。間違いなく、これまでよりも激しい戦闘を強いられる事になるだろう。
因みに、シロウさんの生まれたウェイストは、ラシエル大陸の最南端に位置しているハズだ。
「どうせなら、武器か何か付けてもらいてえなぁ。フックとかさ」
「海賊にでもなるつもりですか」
聞いて、彼は隻腕をブラブラと揺らすと、ヘラヘラと笑った。
やがて、水平線の向こうにチャンナンの港が見えて来た。陸地に繋がる広い川の中腹に港があるようだが、俺たちの視線は、その更に奥にある非現実的な景色に吸い寄せられた。
「な、なにあれ」
「ずっげえ。デカすぎて、空から洪水が降って来てるみたいになってるっす」
雲を突き抜けた高いところから、とんでもない量の水が落ちてきている。水飛沫は、そこら一帯を包んで全貌を白く隠している。荒々しく削られた落下地点と、それにそぐわない川の緩い流れが、あの滝つぼの深さを物語っている。
「ルォーシヤ滝、だったか。すげえよな」
「それもそうですけど、あの水車なんすか?ヤバすぎません?」
「あれは、知らねえなぁ。前に来た時は、なかったと思うぜ」
その水を受けるように、ルォーシヤ滝の下には、あり得ないくらい巨大な水車が設置されていて、グルグルと勢いよく回転している。そして、連るような歯車と、それに接続された何かの仕掛け。張り巡らされているワイヤーは、街の中心の時計塔に繋がっているようだ。
やがて、船は港へ辿り着いた。そして、唸りながら目を瞑るモモコちゃんをアオヤ君が、彼女の鞄を俺が、ホーリーロッドをシロウさんが担当して抱えると船を降り、とりあえず一番近くにあったベンチに彼女を寝かせた。
「キータさん。見てくださいよ、あれ」
「凄いね。この街は、あの水車を動力に動いているんだ」
建物の扉や、用水路の橋、果ては高い建物を昇降する為の乗り物にまで、あらゆる場所にワイヤーと直結した仕掛けが付いている。どうやら、ボタンを押すと時計塔までカラクリが繋がって、自動で動かす仕組みになっているみたいだ。
それなのに、建物はナロピア大陸に多く見られるレンガ造りのモダンなモノではなく、木や石の壁に、瓦の屋根を被せた古風なモノだ。漆で塗った色が、雅な雰囲気を醸し出している。綺麗だ。
「うーん……。つらいよぉ……」
「お、気が付いたみたいだ。モモコ、水飲め」
短く返事をしてスキットルを受け取ると、小さく喉を鳴らして水を飲む。そうして休憩をしていると、街を眺めていたアオヤ君がふと口を開いた。
「てか、何か変じゃないっすか?」
「変って、何が?」
「なんか、僕と同じくらいの人たちが、みんなあの門に向かってますよ」
言って、アオヤ君は道の向こう側にある大きな門を指さした。確かに、門のある広場には人だかりが出来ている。
「あんまり、穏やかじゃねえなぁ」
「地図によると、あれはチーグァオ門というみたいです」
そして、あの門の向こう側には冒険者ギルドがあるようだ。ということは、あそこに集まっているのは冒険者という事なんだろうか。
「モモコが治ったら、見に行ってみるか」
「いいえ。その腕の治療が先です。絶対に、そっちが先です」
ここまで旅を続けて来た俺の勘が、今は止めておけと囁いている。あそこに行ったら、間違いなく厄介な事になる。
「……だがよぉ」
「ダメです。こっちのゲンブ通りという場所に、病院が集まっているみたいですから、そこに行きましょう。逆方向ですね」
言うと、シロウさんは無い腕を見て、「わかったよ」と呟いた。仕事に入る前は、やっぱり普通のおじさんだ。
TIPS
レフトについて:当然だが、レフトの一日は我々の世界の一日とは長さが違い、また季節や天候、重力に至るまであらゆる面で差異がある。しかし、生物が暮らしていける奇跡的なバランスを保っている事は確かであり、レフトの人間の体ならば、日常生活において何か不便が起きるという事は一切ない。名前や大きさは違えど、構成する元素の比率は、地球のそれとよく似ているという事だ。
時折、台風が発生したり、地震が発生したりするが、それはシャインの仕業でなく、ただ自然現象としてあるだけである。つまり、太陽があって、雲があって、海があって。そう言った理由がレフトにもしっかり存在しているのだ。
因みに、レフトの大陸は全てが開拓されている訳ではない。というのも、土地があまりにも広すぎて、そこまで活動する区域を広げる理由がないのだ。中には、勝手に旗を立ててそこで暮らしている世捨て人のような人間も存在するが、結局快適に暮らせる場所には人が集まってくるせいで、本当に孤立している者は少ない。
 




